第三十四話 銃声
「俺の言葉が聞こえなかったのか、降参しろと言ってるんだ」
同じ言葉を、マークは彼らに言い放つ。
「こいつらを降参させるのは無理だな」
だが、八百屋の亭主がゆっくりと体を起こし、マークに向けて言った。
「ここにいるのは、あの商店街で生きるために、泥臭く店を続けてきた諦めの悪い連中だ。俺達はあんたらみたいな戦争好きの兵隊さんと違って、死ぬのは嫌なんだよ。死んだら人生、大損だ」
八百屋の亭主と相対するマークは、再び言う。
「もう一度言う、死にたくなければ武器を捨て降参しろ。これは王宮からの命令だ」
「へ、王宮は嘘が下手だな……降参しても、処刑されて死ぬに決まってんじゃねぇか」
人生の崖っぷち、乾いたような笑みを浮かべ、八百屋の亭主は剣に風を発生させ、構える。
「良いだろう、ならば望み通り」
ミルヴァが剣を、八百屋の亭主の胸元めがけ構える。
「待ってください団長」
「何だ」
「まだ、対話は終わっていません」
「向こうにその意思はないようだが?」
見回せば、ミルヴァとマーク以外の者全員が、武器をこちらに向けて構えている。
「我々は、女王の意思に従わねば」
そういうとマークは一歩踏み出し、黄色の魔方陣を口元に展開させて言った。
「エレナ様が本当に、お前達を殺すと思っているのか?」
商店街の人々の挙動に、確かな動揺が見られた。マークは続ける。
「お前達は確かに、先代の勇者が納めていたこの国でさえ、処刑される大罪者だ。だが同時に、お前達の悪逆非道な行為の恩恵を受けてきたのも、我々だ。お前達は、ほぼ停止ししかけた国の経済をすんでの所で回し続け、税金を王宮に献上し、人々に物を与え続けた。お前達が、この国を救っていたんだ。その恩を、仇で返すエレナ様ではない!」
一言も喋らず、彼らはただ黙って聞いていた。その言葉に、説得力があったから。
「エレナ様はどこまでも甘いお方だ。一度は心を通わせたお前達の事を、殺せるような冷酷さなど微塵も持ち合わせていない。以前謀反を起こした兵士でさえ、許してしまわれるお方だ……そうやって、新たな時代を作られる。それが、ユーシア王国の新たな女王、エレナ様なのだ。だから、信じて委ねろ!世の流れを読むのは得意だろ!商人!」
「……本当に、俺達を生かしてくれるのか」
八百屋の亭主は小さな声で、言った。
「お前達も、よく知ってるはずだ。エレナ様が、どういうお方か」
「……」
厳しい目で、商店街の人々を見つめて剣を構えていたミルヴァが、鞘に剣を収める。
「降参だ」
直後、八百屋の亭主は剣を地面に落とした。
カランカラン
石と鉄がぶつかる音が響くと、その音は次々と部屋中から起こり始める。
その様子を、ミルヴァは知っていたかのように見つめて言った。
「やはり、すごいお方だなエレナ様は。剣も言葉も使わず、あっという間に彼らを制圧してしまわれた。やはりあの方は、特別な何かを持っているのかもしれんな」
「エレナ様は、普通のお方ですよ。どこにでもいる優しい、只の村娘です……」
エレナを信じて、武器を放棄する彼らを見て、マークは言った。
「人同士が信じ合い、許し合う。もしかしたらこれが本来人の、普通の姿であり、戦争を終えた我々が、目指すべき姿なのかもしれない」
「ならば……いややはり、私は……」
ミルヴァが口ごもり、俯いたその顔が短い髪に隠れたその時。
パァン!!
巨大な音だった。何かが破裂したような、とにかく、耳障りが悪い音。
緑の魔方陣で起こす爆発とも違う。少なくとも、側で爆発を見た物は誰もいない。
だが、その音が放たれたとほぼ同時に、確かに流れた。真っ赤な鮮血が。
「な……何だ、これ……は」
ミルヴァの腹に、突如現れた強烈な違和感。
ぼたぼたと、とめどなく流れ出る血。
本当に、一瞬の出来事。それはまるで、神の御業の様だった。
「マー……ク」
ミルヴァがその場に倒れ、マークはやっと、事態を理解した。
「誰だ……、今……何をした、何をした!」
起きた出来事に頭が追いついておらず、皆がただただ、重傷を負ったミルヴァを見つめていた。
倒れたミルヴァの腹には、1cmにも満たない小さな丸い穴が空いていた。そしてそこから、血が流れ続けている。
ミルヴァの元へ駆け寄ったマークは、取り出したハンカチで傷口を縛ろうとした、その時。
「リタ!銃を放せ!!」
マークは確かに、八百屋の亭主のその言葉を聞いた。身の危険を感じ取り、自身の体がすっぽり入る大きな緑の魔方陣を展開。
即座に巨大な氷を自身の背後に生み出す。
パァン!
再びあの、耳障りな破裂音が響く。
それとほぼ同時に、マークの耳には確かに、氷が砕ける音が聞こえた。
「何だ……何の魔法だ」




