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第三十一話 本当の声

「どうして……どうしてなの?商店街の皆」


 涙で潤んだ瞳は真っ赤になっていた。

 体を小さく震わせながら、エレナは見つめる。商店街で野菜をくれた、今まさにエレナによってその手をはじかれた、八百屋の亭主を。



 そこにいたのは、城下町でエレナと言葉を交わし、笑い合った、商店街の人々の姿だった。


 彼らは只、俯いていた。

 怒りと、悲しみに満ちたエレナの目を、誰一人として見ることが出来なかった。


「何か……言ってよ、皆!」


「……」


 しばらくの静寂。

 すると、ぽつり、ぽつりと、涙が落ちるように、商店街の人々の本音が、部屋に響きだした。


「確かに、エレナ様の薬で人が戻ってきた。でもそれだけじゃ、俺達はあの商店街を回していけねぇ。そういうことだ。生産者じゃない俺達には、金がいるんだよ。売るための商品を買う金が」


 一人がそうこぼすと、不思議と彼らは、まるで懺悔でもするかのように、口々に言い出した。


「そうだ……こんなことでもしなきゃ、俺達皆飢え死にだ」


「自分で食料育ててた村娘のエレナ様には分かんないかもしれないけど、私達は元気になれば元の生活に戻れるわけじゃないの」


「ただでさえ魔力が不安定で食料が育たない、動物も植物も。食料の値段なんて、バカみたいに上がってる」


「あたし達は、運が良かっただけなんだよ……店を閉じた人達の中にだって、死んだ奴らは沢山いる」


「そもそも俺達が食料を町の皆に売れなきゃ、城下町の皆餓死しちまうんだぜ?むしろ国の命運は俺達にかかってんだよ!」


 口々に言葉を発する彼らの声が、暗闇の中でこだまする。

 そしてその暗闇から、一人の少女が現れた。

 その少女に、エレナは見覚えがあった。

 赤みがかった茶髪、歳は10程度。

 あの路地裏で、エレナからドレスを盗んだ、あの少女。


「リタ……」


 誰かが、少女の名前をぽつりと呟いた。

 少女はエレナを真っ直ぐに見つめると、子供とは思えないほどに悲しく、乾ききった目で言った。


「私のお父さんとお母さんも、ご飯私に食べさせたせいで、死んじゃったんだって」


 リタがそう言うと、エレナにフルーツ屋のおばさんが奥から現れ、リタの肩を引っ張って奥に連れ帰った。

 一瞬たりとも、エレナを見ずに。


「分かったかい、ユーシア王国女王、エレナ様」


 彼らの言葉を背に受け、八百屋の亭主はエレナに向き直り、罪悪感に支配された虚ろな目で言った。


「魔王と人間が戦争を始めたときから、この世界はもう……詰んでんだよ」


 その声色からは、かすかな怒りが感じ取れた。

 エレナは、何も言うことが出来なかった。


 八百屋の亭主は、再びエレナへ歩み寄る。


「……」


 抵抗の素振りを見せないエレナに、再び後ろめたい表情を見せながら、八百屋の亭主はエレナに目隠しを巻いた。


「分かってくれ……女王様」


 エレナが商店街を去って行く姿を見届けていた青年が、手際よく椅子とロープを八百屋の亭主の元に持ってくる。


「すまない、ありがとうな」


 青年に例を言うと、八百屋の亭主はエレナの足をロープで縛り、両手を椅子に結びつけた。


「ごめんなさい……」


 口に布を巻かれそうになったとき、エレナはそう呟いた。

 八百屋の亭主の手が止まる。


「私は、何も分かってなかった……この国の事を、皆の苦しみを」


 またか、もう辞めてくれ。商店街の人々が皆、エレナの言葉を見てそう思った。

 彼らも、女王としてではなく、エレナが自分達に何をしてくれていたのか、よく分かっていた。

 摩擦病の薬を国民に配るために、国の財を売りさばき、その末亡き自分の夫の使っていた形見の武器すらも、国民の為に売り払った。

 自分達と同じように、身を切っていた。

 自分達とは違う、国民の、他人の、人の為に。


 そんな女王を、彼らは今から人質にする。

 罪悪感、それを持たない者は一人もいなかった。


 それでも、心を鬼にして、彼女を今から人質に取る。

 テロに走る。

 戦争を始めた権力者のトップであるからと、ある人は家族の仇だからと、そう心に言い聞かせて。

 自分達が少しでも長く、生きるために。


 だからこそ、困る。

 エレナも元は村娘。自分達と同じように、いや、自分達以上に貧しい生活をしてきた。


 彼女は、女王として国民に接しない。只々、エレナという一人の女性として、人々と接している。


 そして、商店街の人々は皆、エレナが好きだった。


 だが彼らは、彼女を今から拒絶する。

 冷たく、理不尽に、自分達の為に。


 それでもまだ、エレナは彼らに寄り添おうとする言葉をかけた。


「私が今着てるドレスを、皆にあげる……これでどれだけしのげるか分からないけど、命には決して代えられない。でも、一つだけ覚えておいて欲しいの。そのドレスは、とても価値ある物だから、それがなくなったら、王宮の皆が困るの。本当に……」


 エレナの目は、隠されている。それでも尚、商店街の彼らには伝わった。優しくも厳しい、彼女の眼差しが。


「どうか、肝に銘じて」

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