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第ニ話 戴冠式

 ユーシア王国城2階、北側には、戴冠式の際に王が国民に話しをするための場所がある。


 城門前に広がる、3人の勇者を模した銅像を中心に添えた広場。そこに国民達が集まり、新たな王の言葉を聞く為、その広場に飛び出すように、ベランダのような出っ張りが大きく城から飛び出している。


 歴代の王もこの場に立ち、様々な言葉を語ったという。


 今、エレナは城のベランダへ入るための扉の前にいる。


 ベランダの腰壁によって国民達の姿は見えないが、それでもエレナを歓迎する空気とはほど遠いことだけは、エレナにも分かっていた。


ブーッブブッブッブー!!


 腹に響くほどの巨大なラッパの音と共に、ユーシア王国の新たな女王を歓迎する音楽が、辺りに響き渡った。


 とてもよく出来た音楽で、上品かつ凜々しく、それでいて穏やかで神聖な雰囲気を醸し出す曲だった。


 こんな神々しい音楽の中、今から国民の前に姿を現すのかと、再びエレナを不安が襲う。


「……」


 国民の前に姿を現せば、これから自分の生活はがらりと変わってしまう。これまでの自分を全て捨て去って、一国の王としてやっていけるのか。


 国民の命を背負う、覚悟はあるのか。


 いや、ない。エレナに、そこまで大きな覚悟は。

 だが、国民の命を背負う覚悟はなくとも、愛する人との約束を守る覚悟ならば……。


(「君のその、誰よりも優しい心で……人を、世界を照らし、救ってあげて」)


 再び、いや何度でも、勇者の言葉を思い出す。


 命を背負う覚悟はない。だが、自分が少しでも。国民の心を照らすことが出来るのなら、精一杯寄り添おう。

 槍の勇者に、自分が心身をとして、最後まで寄り添った様に。


「国民よ、しかと目に焼き付けよ! このお方が、ユーシア王国2代目女王、エレナ・ユーシア様である!!」


 軍人のような中年の大男が、野太い声でそう叫ぶと、国民達の冷たい視線は城のベランダに釘付けになった。


「陛下、私が扉を開けたら、そのまま国民の前へお行きください」


 マークはそう言い、扉のノブに手をかけた。


「待って」


 エレナの言葉に、マーカスはとっさに振り向いた。


 そこに立っていたのは、只の村娘などではなく、国民の命を背負う覚悟を決めた、一人の女王の姿だった。


「私が、扉を開く」


 エレナの姿に、マークは一瞬だけ、寂しそうな表情をする。


 王が初めて国民の前に姿を現すとき、基本的には王直属の護衛が、ベランダへの扉を開けるというのがしきたりだ。しかし、マークは感じた。これまでとは違う、新たな時代が始まるのだという予感を。


「陛下の、ご命令とあらば」


 周りにいた数人の貴族達の表情が一瞬歪むも、マークは扉から離れた。


 エレナはゆっくりと扉のノブに手をかける。


「ユート……私、頑張る」


 エレナがそう、呟いた直後。


 バタン!!


 ベランダの扉が勢いよく開けられ、女王エレナは、国民の前へと姿を現した。


 扉を開けた勢いで、エレナは国民に向かって叫ぶ。


「私は、私は!新たにこの国の女王即位した、今は亡き先代国王、ヤリタ・ユート・ユーシアの妻、エレナ・ユーシアです!」


 拡大、縮小を司る黄色の魔方陣と、無型のものを操る水色の魔方陣を重ね合わせ、エレナの声(無形)が、鳴り響く音楽の中でも国民に聞こえるよう(拡大)する。


 エレナの自己紹介と共に音楽は終わり、一気に当たりが静まりかえった。


 そこでエレナは、初めて国民と対面する。先に不安を抱え、目の前の新たな王に疑念を抱く国民と。


「私は、彼お思いを引き継ぎ、必ずこの国が……世界が、再び人々が安心して暮らせる世界にして見せます!」


 言い切った。根拠はない、だが、そのために全力を注ぐ自身だけが、彼女の中には存在した。


 しかし直後、一人の民衆が声を上げる。


「ふざけんな!どうして勇者の妻ってだけで、ただの村娘風情に俺達の生活を託さなきゃならねぇんだ!」


「そうよ、私達の命をなんだと想ってるの!!」


「帝国時代の皇帝も、勇者ですらこの国を救わず身勝手に死んじまったってのに、村娘なんかにこの滅びかけた国を救えるわけねぇだろ!!」


「女王反対!女王反対!」


「女王反対!」


 民衆達が、次々と叫びだした。


 その反応は、エレナの予想通りだった。考えていた予想の中で、一番最悪の。


「(それは、そうだよね……私だって文句言うもん、こんな女王)」


 直後、まばゆい光と共に、一発の爆発音が響き渡る。


「うわっ!」


 エレナも思わず目を覆った。


 国民達も驚き、辺りをキョロキョロする中、マークの声が、辺りに響き渡る。


「女王にたてつくということは、この国にたてつくと言うこと……さぁ、処刑されたいものから己の不安を叫べ!」


 マークの右手に掲げられた剣の先には、黄色の魔方陣と水色の魔方陣。そして、自然のものを操る緑の魔方陣が浮かび、重なっている。緑の魔方陣で自然を操り、その場にごく小さな爆発を起こす。その爆発の光と音という無形の物を水色の魔方陣で操り、黄色の魔方陣で拡大する。


 魔法の発想や組み合わせのセンス。状況判断力。そして、類いまれなる剣才こそ、槍の勇者が彼をスカウトした理由だ。


 兵士となってたった2年という短い期間でありながら、城の兵士達は皆、マークの判断や行動をかなり信頼している。


 大きな音を出して、国民を驚かすようなことをしたのも、威圧的な態度も、その場の秩序を守ろうというマークの判断によるもの。


 しかし、エレナは高々とマークが剣を掲げる右手に手を添えて言った。


「マーク、ありがとう……でもやめて」


 エレナの行動に、マークは目を丸めた。


「な、何故ですか!彼らの不敬は決して、見過ごせる物では!」


 納得のいっていないマークの目を真っ直ぐ見つめ、エレナは答えた。


「いいの、不敬でも無礼でも、立派な国民の意見」


「しかし、今国民の陛下への言葉を撤回させなければ、今後の陛下の立場が」


 マークの言葉を遮り、エレナは言った。


「どんな言葉を浴びせられようと、私はそれを全て受け止める!……だってそれが、本当の王だもの!」


 冷たい国民の視線を一身に受け、尚毅然としているエレナを見て、マークは、自分の予感が当たったと言うことを悟った。


 これまでの時代とは違う、新たに誕生した、この場違いの女王によって、優しい時代が、来るのだと。


「分かりました」


 だがしかし、それでも、マークはエレナの言葉に、心の底から納得することが出来なかった。


「(エレナ……様、貴方は、優しすぎます)」


 直後、エレナ達の背後から、一人の兵士の声が響き渡る。


「申し上げます!先ほど我が軍の第8師団が反逆を起こしました!」


 その場にいた全員が、第8師団が反逆を起こした理由を察した。


「第8師団……何故」


 中でも大きく取り乱していたのが、マークだった。兵の言葉がまるで信じられないと、目を見開いてその場で固まっている。


「マーク?」


 心配そうにマークの顔をのぞき込むエレナ。


「何故……貴方が」


 マークはブツブツと独り言を言っている。


「マーク!」


 エレナの声に我に返ったマークは、何事もなかったかのように毅然とした態度へと戻った。


「他の師団長にも報告は届いているか!」


「はい、第1から第7師団の団長達には、既に報告済みです!」


 兵士の報告を聞き、マークは一瞬のまもなく兵士達に指示を出す。


「俺は陛下を連れて行く!お前達は第3師団と合流し、共に反乱分子の鎮圧に当たれ!」


「は!」


 兵士が敬礼をし、マークはエレナの手を取る。


「お手に触れる無礼をお許しください陛下、どうかこちらへ」


 マークがエレナの手を引こうするが、エレナはそこから動こうとしない。


「待って!」


 マークが不思議そうにエレナの方に振り向く。


 凜々しく、美しく、強い女王は、マークの命令を受け、その場を立ち去ろうとした兵士に言った。


「私を、反乱を起こした第8師団の元へ連れて行って!」

読んでいただき、ありがとうございます!

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