第二十九話 マークの役割
王宮でアイラ達家族がエレナと謁見した。玉座のまで跪く彼らを見て、エレナは首を横に振る。
「確かに特徴はそっくりだけど、でもこの子じゃない……」
エレナがそう言った時、俺の頭は真っ白になった。だって、そんなはずがないのだから。この二日間調べ上げた点と点が、今日の朝繋がった。エレナ様がドレスを紛失した現場にあった魔方陣がフォレスの町に繋がっていて、そのフォレスの町にアイラ達家族がその日滞在していたんだ。
アイラという名のこの少女以外、ありえない。
一体、どういうことなんだ。意味が分からない。
「……本当ですか?」
再び俺が訪ねると、エレナは何も言わずに、今度は首を縦に振った。
「そう……ですか」
茶色の髪の少女捜しが、振り出しに戻ってしまった。いや、今はショックを受けている場合じゃない。振り出しと言っても、手がかりはまだ残されている。
<金の亡者>もう、この手がかりを頼って、フォレスの町に行くしかない。
「ごめんね、忙しいのに、王宮に呼びつけたりして。せめて、王宮で美味しいごちそうを食べて言って」
エレナが律儀に頭を下げると、アイラ達家族は震え上がりながら更に下へと頭を下げた。
一般の国民に王が頭を下げるなど、前代未聞だ。初めてそんなことをされて、この家族が震え上がるのも無理はない。何せ、元々この国は騎士にすら頭が高いと場合によっては処刑されてしまうような国だったのだから。
この家族は、この後王宮でごちそうを食べ終え、さぞ困惑しながら家に帰るんだろうな。
アイラ達家族が玉座の間から立ち去り、俺も捜査の為に玉座の間から退出しようとしたその時。
「ちょっと待って、マーク……この後どうするの?」
エレナが俺を呼び止めて、そう言った。
「エレナ様のドレスがある可能性がある、フォレスの町に向かおうと思います」
俺がそう言うと、エレナは焦った様子で、玉座の階段を駆け下りて言った。
「お願いマーク、私もフォレスの町に連れて行って!私のせいでドレスを紛失したのなら、私が取りに行って、ちゃんとあの子から返してもらわないといけないと思うの」
真剣な眼差しで、見つめられ、俺はエレナから目をそらした。
「それは、できません」
少女の裏には、国を騒がせる強盗集団<金の亡者>がいるかもしれない。そこにむやみやたらに、魔法も使えないエレナを放り込むわけにはいかない。例え俺と一緒だからって、安全だとも限らない。
まだそうと断定するには情報が少ないが、少しでも可能性がある限り、エレナ様を連れて行くわけにはいかない。
「どうして?何か理由があるの?」
「エレナ様の身に、危険が及ぶ可能性があるからです」
「可能性は、あくまで可能性でしょ?」
何だ、今日のエレナはやけに食い下がってくる……いや、それもそうか。自分がやってしまったことへの負い目が、エレナの自己犠牲精神を煽ってるんだ。昔からそうだ、自分でしたことは、自分でけじめを付けようとする。それが裏目に出る日が来るとは。
「マーク……お願い、行かせて」
エレナ様に話すべきだろうか。ドレスを奪った少女のバックに<金の亡者>と呼ばれる強盗集団がいるかもしれないことを。奴らはエレナが女王になって以来、エレナを批判するような政治的メッセージを込めた犯行に及び始めている……いや、だが能天気なエレナだ、話せば分かるとか言い出して、意地でもついてこようとするかもしれない。
首を縦に振らない俺を見て、エレナはとうとう伝家の宝刀をぬいた。
「マーク、女王としての命令です。私を、フォレスの町まで連れて行きなさい」
「命令……か」
無視すれば俺は反逆罪。このままエレナに、連れて行かないの一点張りで通しても、きっと理解してはくれない。命令……、俺には、それをしないと思ってたんだがな。
どうしていつも、お前の為にやっているのに、分かってくれないんだ。
だがいつも、そうやって俺の言うことを無視したエレナの行動が、良い結果をたぐり寄せる。村人ながら異世界から来た勇者の妻になり、そして今や一国の女王となった、俺のような凡人とは違う、エレナはきっと、不思議な運命を持ってるのだろう。
このまま自分の自我を捨て、エレナの行動に、エレナの意思に、何も言わず従っていた方が、国にとって良いのかもしれない。
それでも、今俺がここにいる理由は、そんな不思議な運命と言う不確定なことに命を捧げることじゃない!
エレナを、命を賭して守ること。それが、俺の中の、正しい選択だ!
「その命令を、受けることはできません」
俺がそう言うと、真っ先に俺の首筋に刃を突きつけたのは、ミルヴァ団長だった。
「マーク。それは、女王の命令に背くということか」
エレナは何も言わず、只々俺を見つめている。
ミルヴァ団長の脅しにあやかり、我を押し通すつもりか。女王らしい考えが、少しは出来るようになったらしい。
押し黙る俺に対し、ミルヴァは諭すように優しく言った。
「ドレッドは死ぬ覚悟を持って女王に反逆した。マーク、お前に罰を受ける覚悟はあるのか……」
だが、俺の意思は変わらない。
「そのリスクを負ってでも、女王を守るのが俺の仕事です」
「城にいられなくなるぞ」
かつてのこの国なら、女王の命令を無視すれば死罪。だが今、この国にそんなルールは存在しない。それでも、師団長クラスの役職者が女王の命令に背いた場合、王宮会議にて師団長達と女王の会議によって、何かしらの罰則が設けられる。
だが、それは命令に背いた場合の話。
「命令に背いたことになるのか、罰を受けるかどうかは、俺が決めることじゃない……ですよね、女王陛下」
「え?」
真っ直ぐにエレナの目を見つめると、エレナは動揺して目を泳がせた。
俺は今から、立場を利用したあくどいことをする。
「女王様の命令を俺が拒否したことになったら、すぐにでも俺をこの城から追放すれば良い。だが一つだけ言っておくぞ、エレナ!」
「なっ貴様!」
女王を呼び捨てにした事で、ミルヴァ団長による制裁の思い一発が背中に入り、俺は地べたを這いつくばる。
「俺は常に、お前の事を第一に考えている!俺を、信じてくれよ!」
叫び声が部屋にこだまし、波打って俺の元に返ってくる。
皆の視線が、一気にエレナへと向けられた。
エレナは、観念したように俯き、言った。
「分かった……命令を、撤回します」
「陛下、こんな簡単に女王の命令が撤回されたとあっては!」
ミルヴァ団長が不自然に焦りだすが、エレナの一言で団長は黙りこくる。
「ミルヴァさん。私、女王として何も分かってないから、マークがいないと駄目なんだ。ごめんね」
すると、俺の首筋にほんのり当たる冷たい感触が消え去った。どうやら、ミルヴァ団長が剣を鞘に収めたらしい。
「陛下の御前で、大変失礼いたしました」
「いいの、ミルヴァさんだって、私の為にやってくれたんでしょ」
「……」
エレナは俺の方を見ると、ほんの少し申し訳なさそうな顔をしながら、言った。
「マーク、ごめんね。フォレスの町に行って、私のドレスを取りに行ってもらえる?」
俺は、エレナの目を真っ直ぐ見て、答える。
「陛下の、ご命令とあらば」




