第二十三話 お叱り
「それで?」
「それで……えっと」
夕方。女王の執務室で、ドレスの下に来ていた村娘時代の私服姿で正座をするエレナを、マークは只々冷徹な表情で見つめていた。
「でも、他にもドレスはあるから……大丈夫かなって思って、ですね」
「……それで?」
「……」
エレナが王宮に戻ってきてから、4時間。エレナがマークに、執務室にいなかった理由と、窓から執務室に戻って生きた理由。そして、ドレス姿ではなく村娘の私服姿で現れた理由を説明した後、3時間ほどマークから説教を受け、一体どういう理由で少女にドレスを渡したのかを、マークは今、エレナに問い詰めている。
「それで、きっと上げたら喜ぶと思って、その子にドレスをあげました……」
「……」
沈黙が、エレナにとって一番の恐怖となった。そんな沈黙を打ち破るために、エレナはマークの目の前で綺麗な土下座を見せ、頭を地面こすりつけながら叫ぶ。
「ほんっっっっとうにごめんなさい!私が勝手なことをしたばかりに!まさかドレスが、そんなに価値があるものだったなんて!」
女王のドレスは、たった一着で国の宝物庫の宝を大きく上回る程の価値を持つ。と言うより、これまで外に出回ったことがないため、値段などついたことはないのだが、そのドレスはユーシアの王であることを示す衣装。ユーシアが世界で一番の国であるため、世界で一番価値のあるドレスだ。そのドレスを着用してユーシアの名を語れば、エレナの素顔をしらない物は簡単に騙されてしまうだろう。使い用は無限大。値段を付けてしまえば、とてつもな金額になる。それこそ、国内の経済バランスが大きく傾くほどに。
「いえ、そんなことだろうとは思っていました。エレナ様に、先ほど説明したリスクを全て理解し、その場で適切な判断を強いることは、難しいですからね」
切れ味のある物言いに、ほんの少しムスッとしてしまうエレナだったが、情けないことに全てが言い訳のしようもない事実だ。
「本当、迷惑ばっかりかけてごめん……」
情けない声で、エレナがマークに言う。
「いつものことです」
全く目を合わせず、淡々と答えるマーク。その態度は、マークは割と本気で怒っている時の反応だ。
「取りあえず、俺は明日、エレナ様がドレスを渡した少女を探します。その間くれぐれも、俺がいないからと言って、城下町の商店街には行かないように」
「……はい」
一体どちらの方が上の立場なのか。村娘の頃の私服で、土下座をしながら情けなく答えるエレナの姿を見て、彼女が女王だと信じる人などいないだろう。
「そして、今日書く事が出来なかった書類の山も、明日までに全て終わらせておくように」
マークの一言で、エレナは本日の徹夜が確定し、その膨大な仕事量を夜遅くまで行う自分の姿を想像し涙を浮かべる。
「うぅ、はい……ごめんなさい」
「では、俺にはやることがあります。エレナ様のやることを邪魔しないためにも、退室いたします」
そういって女王の執務室を退室したマークは、いつになく神妙な顔つきをしていた。エレナはそんなマークの姿に違和感を覚えながら、慌てて執務室の椅子に座って書類の山に手を伸ばした。
そして、翌日。
「お、おわ……」
執務室から出てきたエレナの目には、遠くから見ても分かるほどの大きなくまができていた。
よろよろと歩き出し、誰もいない廊下を進みながら、叫ぶ。
「終わらないっ!ぜんっぜん終わらない!」
元々エレナは、勇者であり、夫であった勇人に教えられるまでは、文字の読み書きが出来なかった。
そのため、王宮内の子供の頃から文字の読み書きが出来た貴族と比べると、書類を読み込むスピードがどうしても遅くなってしまう。
「あー、いつもならマークが一瞬で要約して教えてくれて、寝る前には書類を終わらせられるのに………」
独り言を言いながら、エレナはマークが、どれだけ自分の事を支えてくれているかを痛感する。
「頑張らなきゃ……私」
玉座へトボトボと歩いて行く途中、エレナはほのかに香るスープの匂いに気づく。
「!?」
その時、エレナの目がカッと開いた。
昨日から書類仕事を終わらせるために、何も食べていなかったエレナ。
現在まだ早朝。日が昇り始めて間もない。
食事の時間まではほど遠いため、エレナは吸い寄せられるように匂いのする方へ向かった。
王宮の一階、北東に位置する、玉座の間に匹敵するほどの大きな部屋。
エレナは基本訪れることがない、城の兵士達の食堂だ。
「少し……お腹すいた」
エレナは食堂の扉を開ける。当たり前だが、こんな早朝に食事を食べているものは一人もいない……何てことは全くなく。
食堂内は、静まりかえり、スプーンが皿に当たる音のみが響き渡っている。
そして食道の席には、くまが出来た何十人もの兵士と侍女が、黙々とスープを食していた。
「ぇ……えっと、」
エレナが小さく言うと、食事を続ける彼らの手がピタッと止まり、直ぐさま席から立ち上がって跪いた。
「だ、大丈夫だから皆!食事続けてていいよ!」
エレナがそう言うと、一同は一瞬のずれもなく、「はっ!」と返事をすると、再び食事へと戻る。
「どうされましたか、エレナ様」
「あ、ルドミル……え」
エレナは、食事を中断しこちらへ歩み寄ってきたルドミルの顔を見て、驚愕した。
目の下には、エレナ以上の大きなくま。そして充血した真っ赤な目。真っ青な顔色に疲れ切った表情。
すると、ルドミルはエレナの顔を見て言った。
「お疲れのようですね、さぞマークのいない書類作業は大変だった事でしょう」
「あ、あはは……ルドミルも大変だよね、ごめんね、私のせいで」
「いえ、お気になさらず。この一件に関して、大変なのは皆一緒です。ですが、あなたが自分の無知を言い訳にせず、夜遅くまでいつも努力していることは皆知っています。だから、あなたの為に皆働いているのです。」
「……」
ルドミルは事実しか言わない。
本当に、今この場でくまを作って食事をしている城に使える人々が、エレナと同じかそれ以上に、苦労をしている。
「その、ごめんね本当に……私のせいで」
「ドレスは国の大事な資産です。場合によっては、王宮を運営するため、解雇される者が出てくるかもしれません。そのことをお忘れなきよう」
「……そっか、そうだよね」
俯くエレナに、ルドミルは小さくため息を吐く
「食事を取りたいのなら、執務室にお戻りになった方が良いと思います。先ほど城のコックが、マークに軽食を渡していた所です。恐らくエレナ様の為に用意した物でしょう。少々タイミングが遅れてしまったようですが……」
ルドミルはそう言うと、エレナの方を向き直り、相変わらずの抑揚のない喋り方で言った。
「皆、そんなエレナ様についていくと、覚悟を決めた者達です。私やマークを含め。帝国時代からエレナ様がご即位されるまでずっと、人をいたわる時代ではなかった。貴方がこの国をどうしてしまわれるのか、私には見当もつきませんが、皆貴方に期待している。それはマークとて同じこと。そのこともお忘れなきよう」
「……うん、分かった。ありがとう、ルドミル」
エレナは、ほんの少しだけ明るくなった表情で、食道の外へと走り出した。
食道に残ったルドミルは、向かいの席に座る部下の兵士にぽつりと一言。
「私の説明、伝わりましたかね」
向かいにいる兵士は目を丸くして驚きつつも、少し困ったように眉間にしわを寄せた後に答えた。
「大丈夫じゃないですかね、多分……思いは伝わってると思います。それにしても、ヒヤヒヤしましたよ。帝国時代の王にあんな態度とってたら、すぐ処刑されてますよ。はははー」
笑う兵士を目の端でチラリと見ると、ありがとうございます」とだけ言ってルドミルは再びスープを飲み始めた。
向かいの兵士がほっと胸をなで下ろすと、続けざまにルドミルは向かいの兵士に言った。
「そういえば、数時間前にエレナ様の故郷にいるリオスに対して、城に戻るよう要請を出せと言ったはずですが、もうその仕事は終えましたか」
「いや……それは」
兵士は飲んだスープ以上の冷や汗を体から垂れ流し、俯きながら言った。
「……スープを飲み終えてからやろうかと」
「リオスの師団はこの国の税金周りを担当しています。この一軒の顛末によっては、協議する必要も出てくるはずです。スープを飲み終えたら何よりもその仕事を優先してください」
「……はい、」




