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第二十一話 楽しいかも

 エレナが振り返ると、そこには商店街の皆が勢揃いで、エレナに向かって手を振っていた。


「なぁ、あの女王様、なんでいつもあんなでっかいドレス着たまんまここに来るんだ?」


 一人の青年が、エレナに手を振りながら隣の肉屋の小太りな店主に話しかけた。


「あのドレス、脱ぐのに結構時間かかるんだと。そんでもって、護衛の人の目を盗んで、お忍びでここに来てるもんだから、ドレス脱いでる時間ないんだと。だからあの格好のままここに来てるって、この間向かいの薬草売ってるおばちゃんに言ってたぜ」


 店主は、貼り付けたような笑顔を微動だに動かさずに答えると、青年が嫌みったらしく言った。


「あのドレス……俺達がどんだけ商売で成功しても買えないくらい価値があるって、分かってないんだろーなーあの女王、村娘の出だから」


 その時、遠ざかるエレナが一瞬、石につまずいて転びそうになる。


「ひゃっ!」


 商店街の皆の笑顔が一瞬にして大きく歪み、呼吸が止まった。






「っと」


 エレナは、普通に崩れかけたバランスを、もう片方の足で踏ん張って立て直し、何事もなかったかのように再び走り出した。


 商店街の皆が息を吹き返し、脱力する。


「だぁー、心配すぎる!あの女王!本当に俺達の国を守れんのかよ!」


 頭を抱えながらそういう青年に、店の店主は言った。


「でもなぁ、帝国時代の王様だったり、俺達とは住む世界が違う勇者様よりは、例え何も知らない村娘であっても、裏表のなく、俺達と同じ目線にいてくれるエレナ様の方が、俺は安心して暮らしを任せられる気がするな……実際、国の宝物庫の宝売っぱらってまで、俺達を魔擦病から救ってくれたしな」


 そんな会話をしていると、エレナが笑顔でもう一度商店街の方へ振り向き、手を振りながら叫んだ。


「あ、そういえば皆!最近近くの町で、国中を騒がせてる強盗集団の<金の亡者>の被害が出たって話だから、皆気を付けてねー!」


 金の亡者。エレナが女王に即位する前から、国中を騒がせている強盗集団だ。決して人を殺すことはないが、そのやり方は徐々に苛烈を極めており、家や田畑を焼き、金品を奪い、自分たちのためなら平気で物をこわしていく。突然現場大人数で現れて反抗に及び、その後すぐさま消えたようにいなくなる為、未だに王宮は彼らを捕らえる事が出来ていない。


そして、エレナが女王に即位してから、エレナを批判する政治的メッセージを込めた犯行も増えてきている。


 芸術の町、アートリアで立てられていた、貧しい少女が土に苗を植える銅像。その銅像の頭を粉々に打ち砕き、残った口元の部分に女王のティアラを乗せる等。


「気を付けてねーって、そんな軽く言うことじゃねぇだろ……それ」


 呆れたように青年が呟く。


「でもよぉ、俺達のことを心配してくれる女王ってのは、悪くねぇよな」


 店の店主の言葉に、青年は頷いて言った。


「確かに……違いねぇや、エル・ユーシア王家よりエレナ様の方が全然良いわ」


 青年がそう言った頃、エレナの姿は商店街の皆から見えなくなった。


「女王様って、思ったより楽しいかも」


 充実感に満たされたような笑顔を浮かべながら、エレナは王宮に向かって走っていた。


皆が笑顔で、活気があって、エレナは、そんな彼らの姿を見る度に、自分がしている女王の仕事に大きなやりがいを感じている。 


 そのため、ここのところエレナは、女王の執務室を度々抜け出しては、この商店街の皆に会いに来ていた。幸いなことに、女王の執務室は王宮の一階にある。マークが昼ご飯を食べに、エレナから離れるほんの二〇分の間に、エレナは執務室の窓から外に抜け出し、女王権限だの何だの理由をつけて見張りの門番に見逃してもらい、マークが昼ご飯を食べ終わる正午過ぎより少し前に執務室に戻るという激詰めスケジュールをこなしていることで、未だマークにはバレていない。


「(マークって、きっちりしてるのは良いけど、ご飯を食べ終わる時間まで徹底して会わせなくて良いのに……ま、そのおかげで商店街にこれてるんだけど)」


 王宮からの鐘の音が消え、いよいよ時間が無いと焦ったエレナは、いつもは通らない狭い裏路地を通って近道をしようとした。


 その時。


「わぁ、女王様だ!」


 一人の少女が、エレナのドレスをギュッと掴んだ。


「え!」


「きゃあ!」


 少女の叫び声が響いた。どうやらエレナのドレスを引っ張ろうとして、そのまま走り去るエレナに自分が引っ張られて転んでしまったらしい。


「ごめんね!大丈夫?痛くない?」


 エレナはその場で立ち止まり、かがんで少女の顔をのぞき込んだ。


 赤みがかった茶髪の、10才くらいの少女。


 少女は目に涙を浮かべ、今にも泣き出しそうな顔をしている。


「え、あ、どうしよう、ごめんね本当に!」


 あと少しで昼ご飯の時間。マークがエレナを呼びに来る。どうしようかと辺りを見回し、あたふたするエレナ。しかし、少女の泣き声は聞こえてこなかった。


 見ると、少女はエレナの来ているドレスを凝視していた。


 それに気づいたエレナは、少女が少しのきっかけで泣き始めないよう、恐る恐る聞いた。


「もしかしてこれ、着てみたい?」


「……」


 少女は何も言わず、コクリと頷いた。

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