第二十話 ウェルス商店街
「なあエレナ様……あんたもし、自分が落とし物をしたとして、それを俺達みたいな一般人が拾ってしまったとしたら、どうする?」
やけに強面の一人の男が、エレナに訪ねた。
「ん?その人の家に取りに行くよ。私が落としたのに、わざわざ王宮に色々手続きして届けてもらうの申し訳ないし。っていうか、何の質問?」
エレナは困った顔をしながら答えると、強面の男は、くしゃっと笑顔を浮かべながら言った。
「なぁーに、ちょっとした心理クイズだよ。やっぱりあんた、女王様には向いてねぇな!できる女王様は、城に連れてきてもてなすとか言うぜ!」
この心理質問的なものが、最近城下町で流行っている。村娘が女王に即位したことで、自分も女王になれるのではないかと夢を抱く少女が増え、その幻想につけ込んだ占い師が流行らせたものだ。
「言われなくても分かってますぅー、でもやるからにはやるんですぅ」
エレナは口をとんがらせながらそう言うが、内心では少し傷ついている。
魔擦病の薬は、ユーシア王国の騎士達によって様々な地域に送り届けられた。地域によって様々だが、人口が密集する王宮近辺では、既に国民達の暮らしが元戻りつつあった。
王宮の側に位置するこの商店街も、かつての活気を取り戻している。
「おーエレナ様ぁ!今日は一段とべっぴんさんだねぇ!どうだい、また家の野菜もらって行くかい?」
「えー!本当ですか!いや、でもこの間もらったばかりだし、売り上げとかもあるんでしょ?」
商店街の中心に位置するテーブルに座るエレナは、商店街の人々からの声かけに笑顔で答えた。
「なーに言ってんだよー!女王様のお墨付きの八百屋になれるんなら、これっぽっちの損失たいしたことねぇよ!」
エレナに話しかけた、筋肉隆々の八百屋の亭主は、にやりと笑って付け加える。
「いずれ百倍にして返してもらえっからな!」
「えー、打算でやってたの?一応女王の私にー?」
「当たり前だろぉ!そのために俺は今エレナ様に賄賂渡してんだから-」
亭主がそう言ったその瞬間、エレナはたった今口の中に頬張っていた新鮮な野菜の最後の一口を飲み干した。
「え……この野菜賄賂?あ、どうしよう!」
「大丈夫だって、嘘や!話の半分はな」
亭主の一言で、商店街の皆がガヤガヤと笑い出した。エレナも彼らと共に、楽しそうに笑う。
ここ、ウェルス商店街は、城から徒歩15分ほどのかなり近場にある巨大な商店街だ。
全長はおよそ30km。果てしなく長いたった一本の道に、約一万件にも及ぶ多種多様な店がずらりと並んでいた。
そして、この一本道のサイドに並ぶ商店街の奥には、商人達の家が建てられている。
この細長い商店街こそが、商人達の小さな町。この町こそが、国の経済の中心であり、花形であった。
戦争前は世界一大きな商店街として名を馳せ、ユーシア帝国の友好国の観光客が後を耐えなかったという。
だが、戦争が終わった今となっては、資源は枯渇し、人口減少によって客も大きく減り、更に摩擦病によって商人が働けなくなった事によって、店の数約は約二千件にまで減り、商店街の長さも約6kmと短くなってしまった。
だが、王宮が摩擦病の薬を国民に配った事により、働けるようになった商人が増え、商店街の長さも再び徐々に長くなり始めている。
「本当、こんなに仲良くしてくれる女王様初めてだよ、これ持って行きな」
フルーツを売っている店の五〇代近い女性が、かごにいくつかフルーツを入れてエレナに渡した。
「こんなに、いただけませんよー」
と、言いながら、エレナの手がフルーツにゆっくりと伸びている。王宮とは言っても、ほんの少し前までは食糧難が続いていた。今でこそ国に人手が戻り、食料の作り手が増えたことで、国の食糧難は改善に向かってきてはいる。だが、それでも魔力の乱れによって食料が育ちにくい現状は変わらない。また、国全体に薬が行き届いてから、まだ税の徴収が行われていないため、実は王宮の食事は、薬で人々の生活が戻る前とあまり変わらない。
つまり、エレナや王宮の人々は、割と国民達よりひもじい食事をしている。
勿論自分だけがこんなに食べ物を貰っても良いのかという引け目がエレナにもあった。だが、王宮の皆の分となると少なすぎる。いつも世話になっている師団長達へお裾分けしようにも、この大きなドレスの裾を持ち上げながら、沢山の食べ物を持って王宮へ戻るのは現実的ではない。
そんなことをエレナは頭の片隅で考えていると。
ぐーっ、エレナのお腹が鳴り、フルーツ屋のおばさんが笑いながらかごからミカンを取り出し、エレナの右手に握らせる。
「あっははは、やっぱエレナ様は、裏表のない人だねぇ!」
再び商店街で笑いが起こった。エレナは恥ずかしそうに頭を掻きながら、右手に渡されたミカンをむいて食べ始める。
「それじゃあ……お言葉に甘えて、いただきます!」
エレナがミカンを一つちぎり、口に入れようとした時。
ゴーン、ゴーン
王宮から正午を示す鐘の音が、町全体に響き渡った。
「あ、そろそろ戻らないと、城を抜け出してることがマークにばれちゃう。ごめんなさい、私…」
エレナは、先ほど彼女に心理質問をした強面の男に、別れの挨拶をしようとした。
「あれ……いない。ま、いっか。きっとまた会えるし。それよりも早く帰らなきゃ」
エレナは慌ててちぎったミカンを口に頬張ると、残ったミカンを右手に持ち、左手でドレスの裾を上げながら全力で王宮の方へ走っていった。
「また来ます!皆ありがとう!楽しかったです!」
エレナがそう叫ぶと、商店街の店の誰かが、走り去るエレナに叫んだ。
「おーう!待ってるぜぇ!」
エレナが振り返ると、そこには商店街の皆が勢揃いで、エレナに向かって手を振っていた。




