表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/29

第一話 エレナ

 ユーシア帝国は、大陸の中心に位置する、世界で最も広大な領地を持つ大国であった。

 下面に描かれた三角形の頂点に、勝利を示すグラジオラスの花が描かれた国旗は、万物の頂点に立ち、支配するという意味合いが込められている。


 5年前、ユーシア帝国は、突如出現した魔王に対抗するべく、3人の勇者を異世界から召喚した。

 魔王率いる魔族と、勇者率いる人類との4年に渡る世界規模の戦争において、帝国は、その強大な軍事力をもって、人類の戦力の要となった。

 輝かしい歴史を持つ国家であるが、その実態は300年間、人類の頂点に君臨し、支配し続けた軍事国家であり、他国を虐げ、領地を占領し、人類間の戦争の火種となり続けた。

 異世界から召喚され、魔王討伐のために帝国に仕えていた異世界の勇者、槍田勇人は、魔王誕生の混乱に乗じて世界を支配しようとするユーシア帝国のやり方に不信感を抱き、反旗を翻した。

 異世界から来たりし槍の勇者によって、300年続いた帝国の血塗られた歴史に、ついに終止符が打たれた。

 そして彼は、国名をユーシア帝国改め、ユーシア王国とし、支配ではなく人類の和平、協力による魔王討伐を掲げる。

 人の手の、人差し指と中指をV字に立てた絵を国旗としており、国旗のデザインは先代の国王であった槍の勇者が考案したものとされている。

 国旗の意味としては、この指のサインが平和の象徴であるらしい。

 しかし1年前、ユーシア王国国王である槍の勇者は、魔王との戦闘にて、その生涯を閉じた。また、剣の勇者と弓の勇者も半年前、宿敵であった魔王と共に命を散らした。

 世界一の国力を有していたユーシア王国は、戦争によって人、財、軍事力、そして王を失い、滅亡の危機へと瀕している。

 そして先日、亡き槍の勇者の遺書が、王の執務室にて発見された。

 そこには、こう書かれていた。


【俺が死んだら、王位を妻のエレナに譲る】と。



「おい、聞いたか?生前、王が自分の妻を次の国王として直々に指名したらしいぞ」


 城門前の広場にて、新たな王の登場を待つ人々の表情は険しい。


「え、嘘! 王妃って、ただの村娘だったんでしょ? 王が魔王討伐のために立ち寄った村で出会ったっていう」


「しかも王妃は、一昨日この城に身を移したらしいぞ」


「え? じゃあ最近この町に来たただの村娘に、これから国を任せるっていうの?」


「不思議な価値観を持つ勇者だったから、きっと自分を省みず私達の為に動いてくれると思っていたのに……」


「結局勇者も、権力の前じゃ変わっちまうんだな」

 皆が、口を揃えて言った。



「ああ……この国も終わりだな」



 かすかな期待を抱くものもなく、皆が俯き、この国の未来ではなく、一心に自分の未来を案じていた。


 新たにこの国の女王となる彼女、エレナ・ユーシアも、国民である彼らと同様の思いを抱いていた。彼女がこの国の女王となる事を一番心配し、不安に思っているのが、彼女本人に他ならなかったからだ。


「はぁ……」


 国民達と共に早くも落胆のため息を吐くのは、新たにこの国の女王に即位するエレナ・ユーシアだ。

 貴族らしからぬくすんだ金髪。高貴さとは無縁の可愛らしい童顔。村で目一杯日に当たる生活をしていたため、貴族の令嬢のような真っ白な肌でもなければ、華奢な体つきでもない。

 そして、威厳のかけらもない小柄な体型。

 エレナがこの国の女王となり、世界を導く。それこそが、亡き勇者であり、この国の王であった槍田勇人の遺言であった。彼女はその言葉の重みを十分に理解してたし、そして勇者であった夫の言葉が、誰よりも信用できるものだと言うことも分かっていた。

 それでも、ほんの数年前までただの村娘としてのほほんと過ごしてきた彼女には、このユーシア王国首都であるフォーレンの町並みですら、まるで別世界の景色を見ているとしか思えないのだ。

 政治のことも何も知らない。世界の情勢のこともよく分からない。数年前まで戦争をしていた魔族と人類の関係ですらも、彼女は深く知らない。

 どれだけ、亡き愛する人の言葉がエレナの背中を支えても、彼女は心の芯から不安を拭うことが出来なかった。


「……どうして、私なの?」


 勇人が遺したペンダントを握りしめる。少しでも、彼を側に感じて、安心するために。


コン コン


 部屋をノックする音が響いて、思わずエレナはビクッと方をすくめた。


「失礼します」


 扉の外から聞こえる男の声が、幼なじみであるマーク・ロムルスの声だと分かり、エレナはちょっぴり安堵する。


「はい、どうぞ」


 ギギっと言う音と共に扉が開くと、そこには小さい頃とは変わり果てた幼なじみの青年の姿があった。


「女王様、戴冠式のお時間です」


 朗らかだったあの笑顔は見る影もなく。神妙な顔つきでいつもピリピリとした空気を漂わせている。刈り上げていた髪の毛も、今では背中まで伸びた髪を後ろで結んでおり、体格もエレナと分かれてから、大分大きくなっている。


 エレナがマークと別れたのは、ほんの2年前。勇者である勇人とエレナが結婚した直後のことだった。

 前々から勇人がマークの剣才に目をつけ、城の兵士にスカウトしていたのだが、エレナと勇人が結婚式を挙げる前日に、マークはエレナに何も言わず、城へと旅立ってしまった。


 久しぶりにマークとエレナが城で再会したとき、マークは既に女王直属の護衛兵にまでその地位を上げており、村に家族を遺して城にやってきたエレナにとっては心強い存在だと安堵していたのだが、妙にマークはエレナに対して冷たい雰囲気を醸し出していた。

エレナは城に来てから何度か、マークに話しかけようとした。だが、感じるのだ。話しかけるなオーラというものを。


 しかし、国民全員がエレナのことを快く思えないこの状況では、そんなマークを頼るしかない。必死に気持ちを紛らわせようと、エレナはマークに話しかける。


「おかしな話だよね、村娘が突然、一国の王だなんて」


(本当、皆びっくりするだろうな。こんなにおしとやかじゃない、日中村を走り回ってるような人が女王になるなんて)


 エレナの中にいる以前のマークが、不器用な笑顔でエレナに微笑みかけた。


「先代の亡き王、ヤリタ・ユート・ユーシア様がお決めになったことです。エレナ様と国民は、それを受け入れ、従う義務があります」


 だが、目の前にいるマークは、エレナの知っているマークとは異なる言葉を発する。


「……そう、だね」


 小さい頃から、ずっと側にいてくれた幼なじみ

は……もう、遠くに行ってしまった。


 マークの淡泊な言い方が、エレナにより一層、心の距離を感じさせた。


「エレナ様、時間も迫っております。参りましょう」


 ほんの少しの会話。只一度として、マークはエレナと目を合わさなかった。それに気づいたエレナは、一歩踏み込む覚悟を決めた。


「ねぇ、マーク」


 マークの側まで歩み寄り、マークの視界に自分の目が必ず入り込む位置まで移動する。


 そして、いつものように、自然体に、村の原っぱを駆けていた、子供の頃のように、無邪気な笑顔で、マークに笑いかけて言う。


「昔みたいに、普通に喋ろうよ」


 エレナの気持ちは、マークにも分かっている。エレナのその笑顔を見て、エレナと同じように、マークも村で原っぱを駆けていたあの頃を思い出した。

 しかしその光景を思い出すことこそが、エレナとの身分の差を、大きく感じてしまう。


「私は……」


 だからマークは、悟られてはならなかった。

 マークが、エレナと同じ光景を思い出していたことを。

 エレナのドレス姿が美しくて、目を合わせられなかったことを。


 エレナを、愛していたことを。


「私は、その立場にありません」


 マークが淡泊にそう答えると、女王をエスコートすべく、エレナに背を向けて言った。


「では、私がご案内しますので、ついてきてください……」


 少しだけ、マークは間をあけて言った。


「女王陛下」


 マークに背を向けられたエレナは、より一層寂しそうな表情を浮かべた。

 エレナは、既に亡き夫の言葉を思い出す。


「(君のその、誰よりも優しい心で……人を、世界を照らし、救ってあげてくれ)」


「それが、貴方の望みなら……私は」


 エレナは、一歩を踏み出した。

 これから続く、長い長い茨の道の、最初の一歩を。

読んでいただき、ありがとうございます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ