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第十九話 子

摩擦病編、エピローグ的なやつです!

「帰ったぞ……エマ」


 もう一度、この言葉を言うことが出来る事が、一体どれだけ幸せなことなのか。病で苦しむ娘には、知るよしもないのだろう。


「お……お父さん」


 まだ13才の少女が、その命の灯火が今にも消えてしまいそうなほど小さな声で、そう呟いた。そして、その言葉を聞くことが出来ることが、俺にとってどれだけ幸せか。


 本来であれば、俺、ドレッド・モーザという男は、1ヶ月前に行われた戴冠式の日に、反乱を起こした罪を裁かれて、死ぬはずだった。


 だが俺は今、こうして生きている。あれだけのことをしておいて。多大な犠牲を払っておいて、俺はのうのうと生きている。


「エマ、これまで本当に、よく頑張ってくれたな……」


 そして俺はその上で、幸せになることを許された。


「パパ……戻ってくるって、信じてたから」


 エマは震える手で俺の手を握って言った。


「せめて……もう一度会いたかった……」


 エマの右手には、戦争中に死んだ、俺の妻の形見の指輪が握られていた。

 そういえば、妻はいつも言っていたな。その指輪には、願いを叶える力があるんだと。だからいつも、俺の帰りを指輪に願っていたんだと。

 その時、俺は気づいた。そうか、この幸せは、俺達二人でつかみ取った者だったんだと。


「大丈夫、これから何度だって会える」


 俺は小包から瓶を一つ取り出すと、エマの口に流し込んだ。エマが半分当たりまで飲み進めた時だ。


「ゲホッゲホッ!パパ、一気に流し込まないでよ!もー!」


 と文句を言いながら、数ヶ月、床から出てこられなかったエマが、起き上がった。


「……あれ、え?」


 まだ体は痩せ細っている。だが確かに、そこにいるのはいつも通りの、明るくて元気なエマだった。


「エマ!」


 俺は、愛しい娘を思いっきり抱きしめた。痩せ細った体に響かないよう細心の注意を払いながら、出来る範囲で、思いっきり。


「ちょ、パパ……恥ずかしい」


「はっはっは、良いじゃないか、家の中だ、誰も見てない」


 するとエマは、弱々しい力で俺の事を引き離した。


「エマ?そんなにパパとのハグが嫌なのか?」


 加齢臭きつかっただろうか。この年頃の娘は父親を非常に嫌うと言うし……まさか、反抗期という奴だろうか。そんな幸せな不安が、モヤモヤと心を覆うと、娘は一言。


「お腹すいた」


 そんなありふれた言葉が、これほど嬉しいとは。少量の食事を一食食べきるのに1時間以上かかっていたというのに。


「分かった、今日はパパが作ってやろう!ラグスの作る料理なんかとは比べものにならないくらいおいしいのをな!」


 ラグスは、第8師団に所属していた俺の部下だ。あいつには俺が死んだ後、しばらくの間娘の世話をするように頼んでいた。


「ラグスさんより美味しい料理をパパが?」


 じとーっと見つめてくるエマ。


「おい、パパが信用できないのか?」


「いや別に?そういうわけじゃないけどー」


「あ、無理だと思ってやがんなー?こいつー!」


 起きたばかりの娘の頭をなで回す。こんな幸せな光景が、きっと今頃、ユーシア王国中に満ちあふれているのだろう。そして俺は、そんな仕事に携わることが出来た。娘をこの手で、救うことが出来た。


「ねぇ、お父さんはこの一ヵ月、何をしてたの?」


 俺は、生ある今に感謝し、娘を守り抜くことが出来る自分に、この国の為に、あの村娘の女王様の為に働くことが出来る自分に、最大限の誇りを持って、エマに言った。


「国民を……人を幸せに出来る、素晴らしい仕事をしていたんだよ」


 俺がそう答えると、エマは俺に聞いた。


「お父さんは、今幸せ?」 


 間髪入れず、俺は笑顔で答える。


「ああ、幸せだ……」


「もう、死のうとしたりしない?」


 目に涙を浮かべながら、娘は俺に聞いた。


 そうか、娘は全て……知っていたのか。一体、どれだけ辛い思いをさせたのだろう。そんな思いを抱きながら、本当に良く、生きていてくれた。

 ありがとう……そんな思いを込めて、俺は答えた。


「ああ、しないよ……絶対に」


 その日俺は、どんなことがあろうとも、俺に幸せをくれたエレナ様に尽くすと、忠誠を誓った。





「不要になった魔擦病の薬を、まさか勇者の神器と取引してしまわれるとは……流石の手腕です、イザベラ様」


 イザベラ邸で、第5師団団長、ベリック・ウル・ユーシアスは、不適な笑みを浮かべてそう言った。


「何も……良いことなどない。元々私が貴族達に薬を集めさせていたのは、薬を国民達にばらまいて彼らの支持をエル・ユーシアの家に向ける為だったのだから……それを奴ら、今となってはなんの役にも立たない武器などの為にっ!……」


 イザベラは、不気味に体をブルブルと震わせると、小さな声で呟いた。


「何も……良いことなんて、ない」


 イザベラの様子にただならぬ空気を感じたベリックは、冷や汗を掻きながらイザベラに言った。


「引き続き、エレナ女王の動向について、王宮にて情報収集に当たります」


 ベリックの言葉に、イザベラはピクリとも反応をせず、黙り込んだ。ベリックは矢継ぎ早に足下に物体を転送させる青の魔方陣を展開させ、逃げるようにイザベラ邸から消え去る。


「……」


 イザベラは、エレナが頭を下げた光景を思い出し、唇を噛みしめた。


「あの子は……」


 強く噛みしめた唇からは、一滴の血が流れ出る。


「あの子は、女王にふさわしくない……」


 イザベラは目の前にいる6才くらいの貴族服に身を包んだ少年を優しく抱擁し、瞳に涙を、口元には笑顔を浮かべながら、優しい声で言った。


「王にふさわしいのは、この世でたった一人。私とグリドの、正当な王家の血を引く子。そうよね、パウル」


 抱きしめられたパウルは、虚ろな目で窓の外に移る月を見つめていた。


読んでいただきありがとうございます!

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