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第十八話 尚、国民の前に立ち

「(俺は、俺が思ったことを……)」こんな時にまで、死んでも尚気の利いた言葉をかけるユートに、マークは思わずフッと笑った。


 マークは考える。何故、自分は勇者の神器を渡すというエレナの判断を尊重し、守ろうとしたのか。


「エレナ様……いや、エレナ」


 エレナの幼なじみのマークは、数年ぶりに口を開いた。


「お前は勇者の神器より、国民の命を尊ぶ。それが、女王の考え方として正しいのかどうか、今の俺には分からない」


 マークはエレナの目を見つめ、あの頃のように笑って言った。

「だが俺は、間違っているとは思わない……そう思うよ」


 エレナは、ほんの少しだけ唇を震わせながら、それを隠すようににこりと笑って言った。


「ありがとう、マーク……ちょっとだけ、女王としての私に、自身が持てたよ」


「我々も、マークと同じ気持ちです」


 ドレッドと、配下の兵士達が、マークの後ろで跪く。


「……そっか、じゃあ私、頑張らなきゃね」


「王宮に帰りましょう、病に苦しむ国民が、エレナ様を待っています」


 マークが差し伸べた手を、エレナは握りしめて頷いた。


「うん!」


 そして、エレナ達一行は、イザベラ邸から薬を受け取った後、王宮へと帰っていった。



「一体なんなんだぁ?こんな昼間っから、俺達庶民を集めてよぉ」


「何か、王宮から発表があるらしいぞ」


「王宮?あの村娘の女王様が?どーせ大したことじゃねぇよ。戴冠式の日に反乱起こされるような女王が、俺達のこと救えるとは思えねぇ」


「魔擦病にの夫と息子の看病しながら家事をして……ただでさえ時間がないんだから、早くしてよ!」


 エレナが初めて国民達の前に姿を現した、勇者の銅像が立つユーシア王国王宮前の広場には、あの時と同じように、沢山の国民達が集まっていた。


 そして、あの時と同じように、誰一人としてエレナに期待する者はいない。


 口々にその場でひそひそと悪態をつきながら、エレナが姿を現す王宮の2階にあるガラスの扉の一点を見つめている。


 次の瞬間、ギギギっと言う音共に、エレナは国民の前に姿を現した。


 エレナに、国民からの期待のかけらもない冷たい視線が浴びせられる。


 エレナは、ユートの形見であるペンダントを握りしめ、ほんの少しだけ後ろを振り向いた。

 そこには、マークやドレッド、イザベラ邸に赴いた兵士達が、エレナを見守っていた。


 こわばったエレナの表情が緩み、その目に光を宿らせ、国民達の方を真っ直ぐと見つめる。


「今日は皆に、二つ報告があります」


 そう言うとエレナは、突然、国民に向かって頭を下げた。

 これまでのユーシアの歴史の中で、王が国民に頭を下げたことは一度も無かった。理由がなかったとは言え、それはユートも同じだった。


 今、国民達は、そんなありえない光景を目の当たりにし、無知な村娘の女王に影で悪態をつくことも忘れ、言葉を失う。


「ごめんなさい……私達、ユーシア王国王宮は、世界を救ってくれた勇者の神器、神裁の剣、豊穣の弓矢、天啓の槍を失ってしまいました。これが、一つ目の報告です」


 大衆が、大きくざわついた。勇者が持っていた3つの神器は、他国と共に協力し、魔王率いる魔族との戦争を勝ち抜いた、言わば友好の証。それを手放すと言うことは、世界を救ってくれた勇者を軽く見たという他国の印象を受けるばかりか、友好の証を捨てることになる。


 ただでさえ、ギリギリの状態のユーシア王国が、勇者の神器を手放したことで他国といざこざでも起きてしまえば……。


 国民達は確信した。この娘がこの国の女王になったことは、間違いだったのだと。


 一人の国民が、勇気を出して声を上げる。


「ふざけんな!勇者の神器の価値なんて俺でも分かるぞ!」


 彼に続けて、国民達が更に声を上げ始めた。


「女王だからっていい気になるな!国民舐めんじゃねぇよ!!」


「何も知らない村娘なら、そのまま何もしないでよ!私達の生活、これ以上苦しめないでよ!」


 痛い程よく分かる、国民達の怒りの声。かつてはエレナも、あちら側だった。戦争がどうのこうのという、自分たちの住む村とは関係のない所で、勝手にこの土地は自分たちの者だと言っている国の役人が、戦争に勝つために自分たちから沢山の税を支払わせる。

 その度に村は困窮し、時期によっては冬を越せなくなる人もいた。


 国民達は、エレナにまた、同じ事をされていると思っている。そう思うと、エレナの中の罪悪感がかき立てられそうになった。だが、今回は違う。エレナは自分の為じゃない、国民達の為に、奮闘した。そのことは、後ろにいるエレナの部下達が知っている。


 だからもう、恐くない。


「どうせ勇者の神器を、自分達の為にどっかに売っぱらったり、取引にぱーっと出しちまったんだろ!勇者様の栄光を売った金で飲む酒は上手いかよ!」


 一人の国民がそう叫んだとき、その国民にエレナは正直に言った。


「その通りです、私は勇者の神器を、取引の交渉材料として使いました。皆の勇者に対する思いとか、踏みにじってごめんなさい。不安を与えてしまって、ごめんなさい」


 そして、希望に満ちた表情を浮かべながら、エレナは顔を上げて真っ直ぐに国民を見つめて言い放つ。


「今から、勇者の神器と取引した、魔擦病を治す薬を、このユーシア王国国民の皆に、無償で配ります!」


 決して高貴でもなく、凜々しくもない。ましてや王としての気高さもない。それでも尚、国民の前に立ち、真っ直ぐ彼らを見つめるエレナを見て、マークは思わず笑みを浮かべる。


「私は確かに、無知な村娘かもしれないけれど、だからこそ、皆と同じ立場に立つことが出来るし、皆の気持ちも理解出来る。私はどんなことがあっても、国民の皆のために頑張る!だってこの国に生きる皆は、国の資産なんかじゃなくて、一人一人が必死に生きてる。何にも変えられない、かけがえのない人間だから!私は、私と同じように必死に生きてる皆を絶対に守りたい!この薬はそんな私の気持ちなんです!」


 自分の気持ちを純粋に、国民に叫んだエレナの声は、女王の演説となり、国民に響き渡る。


 辺りは静寂に包まれ、誰一人として、口を開く者はいなかった。


 だが……





 パチ パチ パチ




 民衆に紛れて、誰かが、そんなエレナに、小さな賞賛の拍手を送った。


 それはやがて大きな波となり、国民は皆、何かを言うこともなく只、目の前の女王に、歓迎の拍手を続けた。


 不安もある。不満もある。それでも、この女王ならきっと……受け止めてくれるのかもしれない。


 分かってくれるのかもしれない。


 不思議とその場にいた人間全てが、その目に、僅かな希望の光を宿していた。


「ドミネス様……貴方が見たかったのは、このような景色だったのですね」


 賞賛の拍手を浴び、これ以上にないほど満面の笑みで嬉しそうに笑うエレナを、ミルヴァは遠くから見つめて、そうこぼした。


「……すごいお方だ」


 エレナを見つめるミルヴァの瞳にも確かに、僅かな希望の光が宿っていた。

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