第十七話 思ったことを
イザベラは、必死に隠していた憎しみの眼光をエレナに向ける。
「ユーシアの女王という、世界一高貴な立場を持ってして、一貴族の不釣り合いな交渉に乗るなど、あってはならない!何故、こんな女がッ!」
激高するイザベラに対し、エレナはどこまでも落ち着いた声色で言い続けた。
「それでも私は、国民を守る為に……この交渉を成立させたいの」
ゆっくりと机から数歩下がり、エレナは跪こうとする。
「貴様ッ!止めなさい!カイル!クリス!」
イザベラが勢いよく席を立ち上がって指示を出す。
使用人の二人が、跪こうとするエレナを止めようと動き出す。
エレナの腕に掴みかかろうとする二人を、ドレッドとマークは阻止する。
「何故……女王が一貴族に頭を下げるなど、あってはならないというのに、何故お前達は……」
イザベラがマークとドレッドを睨み付けると、マークは言った。
「罪人だろうと貴族だろうと、王宮の前に群がる国民だろうと。どんな立場であっても対等に接し、どんな屈辱を味わっても、どれだけ身を切ることになろうとも、彼らを守る。これが、新たな時代の女王にして、我らが主君。エレナ・ユーシア様です」
エレナは、イザベラに対して跪き、頭を下げて言った。
「お願い。勇者の神器を全て渡す代わりに、私に、貴方の持ってる薬を……全てください」
イザベラは、数分間、自分に跪き、頭を下げるエレナのことを見つめ、動かなかった。
「……」
しばらくして、イザベラは後ろを向き、いつも通りの凜々しい声で言った。
「分かりました、元は私が提示した条件です。その申し出……承ります。ご存じかもしれませんが、私にも陛下に対して色々と思うことがあり、つい感情を陛下にぶつけてしまいました。度重なる無礼、どうかお許しください」
「いや、大丈夫ですよ……そんなこと」
そんなこと……というワードに、再び湧き上がる怒りを、イザベラはなんとか押さえつける。
「スミス、今すぐ薬を用意し、エレナ様達一行を、門まで連れて行きなさい。交渉は成立したのです……もうここにいる意味は無いでしょう。一刻も早く、王宮に戻りたいでしょうから」
「……御意」
スミスが答えると、ドレッドが慌てたように言った。
「よ、良いのですかイザベラ様!まだ勇者の神器王宮にあり、この場では渡せないというのに、先に薬を我々に渡しても」
「良い、私はその女王を信じている。必ず私の元に、勇者の神器を届けるとな」
間髪入れず、エレナは答える。
「勿論、必ず送る。貴方と、イザベラさんと約束したから」
イザベラはエレナの言葉を聞いてフッと笑うと、そのまま食道から立ち去っていった。
「……」
エレナは、イザベラが去って行く姿を見届けた後、何も言わずにゆっくりと立ち上がった。
「エレナ様……」
心配そうに、マークがエレナの名を呼ぶ。
「あっはは、皆ごめんね。勇者の神器、渡すことになっちゃって」
エレナは申し訳なさそうに笑いながら言った。
「本当、駄目だよね……国にとって大事なものなのに、そんなことも分からず、自分勝手な判断ばかりして。女王失格だよね」
「……」
女王の言葉に、皆が口をつぐんだ。エレナの判断が正しかったのかどうか、誰にも分からなかったからだった。
「(くそ、こんな時に俺は、何一つ……気の利いた言葉をかけれないのか)」
そう、そんな時に、エレナが珍しく気を落とすようなことがあった時に、気の利いた言葉をかけられた人。それが、ユートだった。
マークは頭の中で、ユートのような、気の利いた言葉を探し求めた。
ユートならこんな時、エレナになんて言うだろうか。マークは、ユートとの会話を思い出す。
※回想
「ユート、お前は良いよな……そんな風に、気の利いた言葉が思いついて」
ユート・ヤリタ・ユーシアは、勇者としてのその強大な力もそうだが、皆が彼を羨望の眼差しで見つめるのは、強さだけが理由ではなかった。
ユートは、エレナとはまた違った方向で、浮世離れした価値観を持ち合わせていた。故に、ユートの言葉は様々な人の心を救い上げた。それは、マークやエレナ達の村の人々も同様だった。
「そんな褒められたものでもないよ、僕は只、思ったことを言ってるだけ」
ユートが村に来て少し経ったころ。エレナは祖母を病で亡くした。泣きじゃくるエレナにユートは「大丈夫だよ、きっと……エレナのおばあちゃんの心は、ずっと側にいる。だからさ、安心してエレナは幸せになりなよ。おばあちゃんはきっと、それを特等席で見守ってるからさ」
「そんな台詞、俺には思いつかない。死んでも心が側にいるだなんて、考えもしなかった。いや、きっとお前以外、誰にも思いつかない!」
何もエレナに言うことが出来ず、悔しそうに気持ちを吐露するマークの姿は、女々しいノ一言につきた。だが、そんなマークの心を見透かしたような目で、ユートはマークに言った。
「僕は僕が思ったことを、マークはマークが思ったことをそのまま伝えれば良いんだよ。特別なことを言う必要は無いって……大丈夫、マークは不器用だけど、根は良い奴だから、相手を思って言った言葉はきっと、心に届くはずだよ」
※
「(俺は、俺が思ったことを……)」こんな時にまで、死んでも尚気の利いた言葉をかけるユートに、マークは思わずフッと笑った。
マークは考える。何故、自分は勇者の神器を渡すというエレナの判断を尊重し、守ろうとしたのか。
「エレナ様……いや、エレナ」
エレナの幼なじみのマークは、数年ぶりに口を開いた。
「お前は勇者の神器より、国民の命を尊ぶ。それが、女王の考え方として正しいのかどうか、今の俺には分からない」
マークはエレナの目を見つめ、あの頃のように笑って言った。
「だが俺は、間違っているとは思わない……そう思うよ」
エレナは、ほんの少しだけ唇を震わせながら、それを隠すようににこりと笑って言った。
「ありがとう、マーク……ちょっとだけ、女王としての私に、自身が持てたよ」
「我々も、マークと同じ気持ちです」
ドレッドと、配下の兵士達が、マークの後ろで跪く。
「……そっか、じゃあ私、頑張らなきゃね」
「王宮に帰りましょう、病に苦しむ国民が、エレナ様を待っています」
マークが差し伸べた手を、エレナは握りしめて頷いた。
「うん!」
そして、エレナ達一行は、イザベラ邸から薬を受け取った後、王宮へと帰っていった。




