ゴキブリに殺虫剤をかけてはいけない部屋
しいな ここみ様主催の『してはいけない企画』参加作品です。
虫が苦手な人は読まないことをお勧めします。(・・;)
うわっ! また出た!
俺はすぐに手の届くところにある殺虫スプレーを手にとる。
まあ、俺もだらしないからな。
おしゃれなインテリアデザイナーに言わせれば、収納にもその人に向いたいろんなタイプがあるんだそうだ。
棚などに格好よく並べる「見せる収納」、扉のついたクロゼットにしまってスッキリ見えなくする「隠す収納」、日常よく使うものだけを1箇所に集める「日用小物収納」‥‥などなど。
それは、俺みたいに無精じゃない人間向きの話。
俺の場合は、床をフル活用した「平積み収納」だ。
さまざまなものが種類別に(俺の頭の中では)分別されて、常に手の届きやすい範囲に積み上げられている合理的な(自分では)収納システムだ。
床がほぼ見えない、という問題を除けば——。
その副作用として、ゴキブリが出る。
頻繁に——。
俺は、雑誌の山の上で悠々と触角を振るそいつに殺虫スプレーのノズルを向けて指でノズルの頭を押した。
瞬間。
あたりが真っ白な霧のようなものに包まれ、俺は意識が跳んだ。
「そんなもの持って、何やってんの!」
激しい口調に俺の頭がはっきりしてくる。
目の前にいるのは俺好みのかわいい系美人。怒った顔もかわいい理想の女性だ。
「これは殺虫剤。毒なんだからね? 蚊なんかが入ってきた時だけ使う緊急用なんだから、滅多なことで使わないでよね! 特にゴキブリにはかけちゃいけないんだから!」
そう言って俺から殺虫スプレーを取りあげる。
え? え? 誰? この美人‥‥。
こんな俺の部屋には似つかわしくない美人。
いや待て。
そっくりに見えるが‥‥俺の部屋‥‥‥ではない。
平積み収納はそのままだが、積まれているものが違う。俺のレイアウトでもない。
「大丈夫、マサト? まだタイムリープの影響が残ってる?」
タイムリープ?
ああ‥‥そうだった。思い出した。
俺は昨日、2025年の俺の部屋から2075年のこの部屋にタイムリープしたんだった。
ここは、彼女——ココミの部屋だった‥‥。
2075年。
俺のいた時代からは考えられないほど気候変動は苛烈になり、人間はもはや「部屋の外」では生きられなくなっていた。
食糧生産は年々先細っていて、大半の昆虫も食べ尽くし、ほとんどの昆虫が絶滅危惧種として食用が厳しく制限されている。
そんな中で生命力旺盛で繁殖力も強いゴキブリは、貴重なタンパク源となっているという話だった。
政府も、自室でのゴキブリ養殖を推奨していた。
そんな中で、この平積み収納インテリアは、最先端のおしゃれで実用的なインテリアなんだそうだ。——ココミに言わせれば。
だから‥‥。
大切な養殖オーガニック食料に農薬をかけるなんて、トンデモナイということらしいのだ。
「あ、そうだ! 今日はココミのゴキブリ料理、ご馳走しちゃうね。こう見えてココミ、料理得意なんだよ。」
ココミはそう言って衣類や雑誌の山の中から透明な何かを取り出した。
「ペットボトルを改造した罠なの。これがよく獲れるんだ♪」
そう言ってココミは嬉しそうにその透明な「罠」を俺に見せた。
その透明な罠の中には何十匹ものそれが入っていて、ガサゴソと動いている。
俺は思わず背中が粟粒立った。
ココミはフタ付きのフライパンを電磁調理器の上に乗せると、罠のフタを開けてサッと中身をフライパンの中に放り込み、素早くフライパンのフタを閉じる。
フライパンのガラスのフタの内側で、熱せられたゴキブリがパチパチと跳ね回るのが見えた。
やがてゴキブリたちが動かなくなると、こげ付かないようフライパンを揺すりながら火力を弱める。
ガラスのフタを取ってお砂糖と合成醤油で甘辛く味を付け、そこにオカラを大匙1杯入れてささっと混ぜ合わせて火を止める。
「うふ♡ カリッと美味しそうにできたわ。」
白い2枚のお皿にフライパンから取り分け、何かの葉っぱのおひたしをひとつまみ添えてテーブルに並べた。
「食べて。マサト♡ 美味しいよ?」
その形状さえ見なければ‥‥、たしかに美味しそうないい香りがした。
テーブルの向こうで俺を見ながら嬉しそうな笑顔を見せるココミ。
俺の理想のかわいい女性。
その愛のこもった手作りの一品を、食べないという選択肢はあるまい。
俺はココミに愛想笑いをひとつ見せてから、なるべくそれ自体を見ないようにしてスプーンで口に運んだ。
それは俺の想像を超えて、意外にも美味だった。
パリパリとした軽やかな歯応えのあと、とろりとした甘苦いクリーム状の中身が口の中いっぱいに広がり鼻腔へとその香りが抜けてゆく。
オカラのほろほろとした食感が、そこに絶妙のハーモニーで加わる。
「美味しいよ。」
俺はやっぱりそれ自体は見ないようにして、ココミの顔を見て微笑む。
「嬉しい! ココミみたいなペチャブウな女の子の部屋に、マサトみたいなイケメンがきてこんなふうにできるなんて。夢みたい!」
ペチャブウってどういうものを言うのかよくわからないんだが、少なくとも俺は2025年の感覚では間違ってもイケメンの部類には入らない顔だった。
時代も50年もすれば、感覚も変わるんだな‥‥。
俺は美味しいゴキブリ料理を食べながら、そんなことを思った。
「マサトが個人的にタイムリープできたってことはぁー‥‥。今研究されているタイムマシンも実用化できる可能性があるってことだよね?」
そんなこと言われても、俺にはわからん。
「そしたら、まだ人類が外で生きていられた環境時代の地球にみんなで行けるかもしれないよね?」
そういえば、人類が記録に残る文明を持つ時代よりはるか以前に、太古の地球上に突然現れた高度な文明があった——というような伝説があったな。
アトランティスとかいう‥‥‥。
やっぱりSFでした。。。(^^;)
調理シーンと食事シーンの描写を、憧れのグルメ作家(Ajuが勝手につけた2つ名です)未来屋さまの真似をして書いてみました。。
途中、書いてるAju本人がキモチ悪くなりました。。。(>Д<;)
未来屋さま、ごめんなさい。。。
(Ajuはぜ〜ったいゴキブリなんて食べたくない! 餓死しそうだって、どんな美人が前にいたって‥‥)