第4話 接近して驚愕
『見て、フランシス様がいらしているわ。相変わらず凛々しいお顔だこと』
『本当に美しいお方……冷血公と呼ばれるだけあって、唇も冷たいのかしら』
『あら、夜ならお熱くなるのかも……』
くすくすと笑いながら交わされる女性たちの会話は、これまで何度も舞踏会で耳にしてきたもの。
爵位も財産も容姿も全てに恵まれたフランシス様は浮ついた噂のない人で、彼が一体どんな女性を伴侶に選ぶのかは社交界の注目の的だった。
昨日もフランシス様の噂話をすり抜けて、私は大好きなロイドの元に駆け寄ろうとしていた。
まさか、その直後に婚約破棄を言い渡されるなんて思いもしなかったけれど――。
「リリーナ……」
そして今、睫毛を数えられそうなほど近くに冷血公の顔がある。
この短時間に、私の身に一体何が起こっているのだろう?
「フランシス、様……?」
「リリーナぁぁ----!!」
その時、怒号に近い叫び声と共に大きな足音が近づいてくる。
ドアをけ破りそうな勢いで飛び込んできたのは大柄な体躯のマシューお兄様だ。
「大丈夫か!? 怪しい奴が庭に吹き飛んできたぞ!」
「は、はい! フランシス様が助けてくださいました」
「でかした、フランシス! 妹を連れて来て、そのまま寝ずの番をすると言うから驚いたが、的確な判断だったというわけか!」
フランシス様と同じく、国王陛下の秘書官のひとりに任じられているマシューお兄様は、同僚とも言うべきフランシス様への態度も気軽なものだった。
お兄様の口からフランシス様の話を聞いたことは無かったけれど、五人しかいない秘書官なら会話する機会も多いだろうし、もしかすると仲も悪くはないのかもしれない。
「……犯人の身柄は?」
フランシス様はお兄様の顔を見て短く溜息を吐くと、さり気なく私から離れる。
「すまない。すぐに捕まえようとしたんだが、いきなり姿が掻き消えてな。……魔法の残滓を追跡したが、完全に見失った」
「暗殺者にはお誂え向きの加護か……。俺に考えがある」
「なんだ?」
ほんの一瞬、青い瞳がこちらに向けられた。
嫌な予感に耐えて黙って次の言葉を待っていると――。
「夜が明けたら、リリーナ嬢と俺の婚約を正式に発表する」
目にかかる銀髪を無造作に掻き上げて、冷血公は無表情でとんでもないことを言い出した。
「なんなら、婚約を飛ばして結婚でもいい」
『えええええええー!?』
屋敷中に私とマシューお兄様の驚きの叫び声が響き渡った。