音楽をききながら
夜の闇に照らされたアスファルトは黒く冷たくて、そこではもてあましぎみの孤独をかかえた少年が、ゆっくりと、歩くというには遅すぎるスピードで歩みを進める。
ゆっくりと ゆっくりと、果てしない夜を恐れるかのように、一歩の距離を確かめるかのように、ゆっくりと ゆっくりと、歩いている。
少年の進む道の横にはコンクリートの川が流れていて、その川の畦の部分には枯れかけた細やかな木が、川の上へと斜めに傾きたっている。そんな枯れ木の枝から、今ひとひらの枯れ葉が、まだ少し冷たい春の風に吹かれ、枝から離れ地上に落ちてゆこうとしていた。
その葉が地上に落ちるまでの間に、どこかの映画館では、退屈そうにあくびをする人がいる。他の映画館では、感動に涙を流している人がいる。世界のどこかで、ゆり椅子に揺られやがてくる死の訪れを感じる老人は、立派に成長した我が子や孫を思い微笑んでいる。深海ではクジラが巨大イカと戦っている。目の見えないピアニストは、ホールに訪れた多くの人々に優しく音色で語りかけ、演奏が終わると、彼には見えない人々のあたたかな拍手におじぎしている。この宇宙のどこかで、地球侵略にのりだした宇宙艦隊は、
「やっぱりやーめた」
と、母星へ引き返していった。
駅のホームでただ一人の少女が悲しく微笑むのは、これから別れの言葉を口にしなければならないから。誰が飛ばしたのか夜の校庭には、紙飛行機がちらばっている。
たった1枚の枯れ葉が枝から離れ、地上に落ちるまでの間には、こんなにたくさんのことがおきていて、もっと多くの数えきれない日常をのせたこの一枚の葉は、やがて川へと落ちてしまった。
これから長い旅が始まる。それはただ、このちいさな葉が海へと向かう旅なのだけれど、それを知る人は誰もいない。葉は少しの疑いも感じることなく、流れるだけなのだから。
やがて少年は薄明りの街灯にたどりつき、しばらく立ち止まるのだけれど、またゆっくりと進み始めた。
ゆっくりと ゆっくりと、
まるで一歩の距離を確かめるかのように。
まるで一歩の距離におびえるかのように。
まるで昨日から逃れようとするかのように。
まるで明日を探しているかのように。
ゆっくりと ゆっくりと・・・・