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第三話 お酒は生涯の友達です(バイ:ドワーフ族)


 朝チュンで目が覚めると言う、えろうスローライフな朝を迎え、あての目は天井を眺めてた。


「見知らぬ天井だ…」 


 いっぺんやってみたかったんやぁ!


 見知らぬもなにも、ほかの天井なんか覚えてへんし。

 記憶が阻害されている感じで、思い出そうとしても無理なようや。

 どっかの植木屋のおっさんじゃないが、「忘れようとしても思い出せないのだ~!」である。

 自然と戻ってくる記憶もあることやし、時間をかけて断片を拾おうと思うてます。

 なにかきっかけがあるたびに、少しずつ思い出している。

 それまでは、忘れ病のユフラテで過ごすしかない。


「ユフラテー、起きたー?」

 ドアを開けて覗き込むチコに、半身をおこして返事を返した。

「起きてる、よく寝たわー。」

「おう?それはよかった。あさごはん食べるでしょ。」

「ああうん、起きるよ。」

 俺は、せまいベッドから起き上がった。」


 ドワーフは全体的に背が低いので、天井も二メートルくらいしかない。

 ベッドも高さが三〇センチぐらいしかないので、普通のベッドマットレスの高さぐらいしかあらへん。

 簡素な木のベッドに、藁を詰め込んでシーツで押さえてはる。

 都会人から見たら、うらやましくなるようなものやろう。

 草のにおいがする。

 思わず『アルムおんじ』を探してしまいそうや。

 とりあえず、立ってあくびとともに伸びをすると、手が天井に閊える。

「いた~」

「あらまあ。」

 ちんまいチコは、くすくす笑いながらひっこんだ。


「ちぇ、しょうがないわ。」

 俺は、きのうの服のままや。ブルーのシャツ、半そでダンガリー、普通の黒いズボンに革の短靴。

黒い上着は脱いでベッドにかけてある。

 貧乏くさいのはしょうがない。

 職人街にも風呂はないから、なんかさっぱりしないわ。


 上着はそのままにして、部屋を出た。

 出たところに、四角いテーブルとイスが四客。

 ベンチが一個。


 チグリスはいない。

「とうちゃんは?」

「もう鍛冶場に行ったよ。ドワーフは朝が早いんだ。」

 すでに日は高くなりつつあるようだ。

「あれだけ呑んでか?さすがドワーフ。」

 あいかわらずチコは、楽しそうに笑ってはる。


 今日は赤いシャツにジャンパースカートで、白い前掛けをしている。

 朝食は、黒パンにヤギのミルクにチーズ、わお、アルプスの少女や!


 いいな~、チーズがあるだけで、食卓が豪華になる。


「お、なんかうまい。」

「お茶は?」

「もらうよ、とうちゃんは今日はなにやるって?」

「昨日の続きらしいわよ、難しい顔してたわ。」

「じゃあ、手伝いしてこよう。」


 なんだかなー、チコの声が『杉山佳寿子さん』のお声に聞こえてくるよ。


 かんこんかんこんと槌音が響いてくる鍛冶場で、チグリスが金づちをふるってはる。

 あてが声をかけると、チグリスは顔をあげた。

「鍋はこんなもんでどうだ?」

 銅のきれいな色の乗った、美しい鍋。

 ふたの部分はうまくひっかけるように固定されて、楽のみのように口が伸びている。


「すごいよ、あの図面でここまできれいに作れるなんて。」

「おう、これが受けだ。」

 銅のコップのようなものができた。

「これだけ管が長ければ、水で冷やさなくてもいけそうやね。」

「そうか?作りにくいから長くなっちまった。」

「いや、かえってうれしいよ。これでいこう。」

 俺は、昨日の酒の残りを運んできた。鍋のほうを洗って、酒を注ぐ。

 約一リットルくらいは入るか。



 蒸留するとどれだけ減るのかな?

 チグリスも興味津々で覗き込んではる。

 作業台に乗せた鍋の下には、火のついた炭を小さなフライパンのようなものに入れて差し込んだ。

 やがてこぽこぽと鍋はささやくような音を立てる。

「あいあい、温度が上がりすぎやな。」

 あては火を小さくした。

「熱いとだめなのか?」

「ああうん、温度が上がりすぎると、水まで蒸気になって上がってしまうのや。そしたら、元の木阿弥や。」

「もとのもくあみ?」

「ああ…うちの国の言葉で、振出しに戻る?」


 なんでこんなこと知ってるんやろうな?


「ふむ、そうか…水の湯気が上がると、薄くなってしまうのか?」

「よくわかったな、そのとおりだ。だから、酒精が湯気になる温度ぎりぎりがいいんだ。」


「むずかしいもんだな。」

「こればっかりは、やってみないとわからんからな。」


 やがて、下を向いた管の先からぽつりぽつりとしずくが落ち始める。

「ほう、出てきたな。あち!」

 しずくに指をつっこんだチグリスが、悲鳴を上げる。

「当たり前やろう、相手は湯気やぞ。」

「まったくだ、むっちゃ熱かった!」

 といいながら指を口にくわえると、にまりと笑った。

「おい、いいじゃねえか!かなり濃いぞこれ。」

 うれしそうにカップを覗き込む。

「おいおい、あんま顔を出すと、また熱いぞ。」

「おう、そうだった。」



 火加減が微妙で、なかなか作業が進まないが、チグリスの作った蒸留器は、かなり精度が高いらしく蒸気漏れも少ない。

 手作りなんだから、多少のもれはしょうがないさ。精密機械ってわけじゃあないしな。

 それよりも、手曲げでここまでできるチグリスの技術のほうが、何倍もすごいことだと気が付く。


 俺は小さい桶を持ってきて、受けの側の器を桶に入れて水を張った。

「こうすれば早く冷えるだろう。」

「なるほど。」

 チグリスが、納得したようにうなずいた。

 もちろん、目は受けの器に釘付けだ。わくわくしているのが、その肩の揺れ方からよくわかる。


 こう期待されると、失敗できひん。

 あては、鍋の奏でる音に集中して、ひと時も聞き漏らすまいと耳を澄ませた。

 受けの器に三〇〇ミリリットルくらいたまるまでに、なんだかんだで一時間を要した。

「うわ~、すっげえ手間やったわあ。」

 気が付けば時刻は十時半。

「なんか小腹がへったわ~。」


「そうだな、それよりそれでできあがりなのか?」

「うん、どうやろう?チグリス、試してみてよ。」

 器の中身をコップに移して、チグリスに見せた。


 中には、ほとんど透明な、何とも言えないシロモノが入っている。

「よし!」

 チグリスは、ぐっとコップをあけた。

「んま!」

 チグリスの細い目が、かっと開いた。

「なんだかわからんが、ブドウの味はせん。しかし、この酒精はどうだ!これは、百年寝かせた酒のようだ!」

「ほな、成功だな。こいつをたくさん作って、松の樽に詰めて寝かせると、いい酒になるんだ。」

「何年くらいだ?」

「最低五年!でも、すぐ飲みたい奴は、果汁をしぼったりして、味を調えるんだ。」

「なるほどなー、ドワーフならこの酒ヒトタルに金貨一枚つけるぞ。」

「そんなに気に入ったかい?」

「ああ!酒がなくなったな、もっと買い込んでこよう。」

「そうだな、せめてあと五樽ほしいな。」

「五樽か…」

 俺が言うと、チグリスは腕を組んで下を向いた。

 なるほど、そこまで金の余裕はないか。



「ああ、昨日の稼ぎで余裕がある、あてが買ってくるよ。」

「いいのか?」

 チグリスの顔がぱっと明るくなる。

「あったりまえや、チコ!」

「はーい。」

「これ呑んでみてくれへん。」

 チグリスの手からコップを受けて、チコに渡す。

「これ?」

 軽くコップをかたげてみる。

「あら!」

「うまいか?」

「うまいかって聞かれると、あんまり味はないよ。ただ酒精がきついので、のどがうれしい。」

「なるほど、これをたくさん作ろうと思うんやけど、どない思う?」


「う~ん、こんな味のないの、つまんなくない?」

「酸っぱい果物の汁とかを入れてみたらどうやろ?」

「ああ、それならおいしいかも。」

「よし、チコ、馬車を出してくれ、酒を買いに行ってこよう。」

「あいよっ!」

 チコは勢いよく外に駆け出して行った。


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