第二話 一文無しはつらいよ その②
「うわ~こりゃでかい!よく荷馬車に乗せたなあ。」
あてらはすぐに冒険者ギルドに馬車を向けて、売り払うことにした。
門番の青年は、モノを見るなりうめき声をあげた。
そりゃあそうやな、こんなでかいイノシシなどなかなか見られないそうや。
「これだけデカイと、少し肉を貰って帰るといいぞ。」
チグリスが言うので、相談して五~六キロもらって帰ることにした。
「ボアのステーキかあ、ありがたいねえ。」
チコはほくほくしている。
「白ウサギが高いんだぞ。」
「へえ、二匹もいてラッキーやったな。」
「ああ、しかしこの重さでは、馬車も限界だ。」
ロバの馬車はぎしぎしと軋んだ音を立てて進む。
「ロバにも悪いしね。」
チコは、ロバの轡を引きながらぼやいた。
「もう一匹いればええんやない?」
「ロバって、意外と高いのよ。」
「そうなんだ…」
そんなことを言いながら、ロバの馬車を押して歩いていると、冒険者ギルドに着いた。
そうして、馬車を押してギルドに入る。
コステロも驚くほど、ブラウンボアはでかかった。
「こりゃあ九〇〇キロはあるぜ。」
コステロは、ざっと見体重を目測する。
「きゅうひゃく…」
チコも絶句している。
「うむ、なかなか珍しいな、どこでとれたんだ?」
「あそこの畑を出たところや。」
「え~、危ないなあ。すぐそばじゃないか。ギルドにも報告して、警告を出さないとだな。」
コステロは腕を組んで、イノシシを見下ろした。
「まあな、ウサギも三匹おるんや。」
「お!白が二匹もいるじゃないか、この毛皮が高く売れるんだぜ!銀貨三枚だな締めてウサギ三匹銀貨八枚!イノシシは九百六十キロで銀板三枚と銀貨一枚でどうだ。」
「大儲けだな。やったぞユフラテ。」
チグリスはほくほく顔で言う。
一日で稼ぎすぎだわ~!
「チグリス、半分やる。」
俺は、金の入った革袋を持ち上げた。
「バカ言え!お前の稼ぎだ。お前が持ってろ。」
「そやけど、チグリスのメイスのおかげ…」
「いいから、お前には金が必要だ。俺は、鍛冶屋の稼ぎでじゅうぶん食える。」
チグリスは、真顔で俺の目を見て言う。
「そのうち、家だって借りなきゃならんのだ、金はあるにこしたこたない。いいから持ってろ。」
俺は、あきらめてひとつ提案した。
「ほなら、これで酒買ってくるわ。」
「そうだな、樽一個くらいならおごられてやる。」
「わかった、チコちゃん行こう。」
「うん、とうちゃん荷馬車を使うよ。」
「ああ、行ってこい。」
チグリスは、二人を送り出して自分は歩いて工房に戻った。
冒険者ギルドでは、ユフラテの獲ってきたイノシシが評判になった。
なにしろ成獣で、久しぶりの九〇〇キロごえである。
その売り上げときたら、たまらなく魅力的だ。
ギルドと言う組合は、冒険者が設けてくれないと成り立たない。
要するに、ピンハネだからな。
そう言ういい獲物を持ち込む冒険者は、いい冒険者で、その武器は重要なファクターだ。
その武器がチグリスの作ったメイスだったことで、チグリスの工房が有名になると言うおまけがついてきた。
みんないい武器がほしいんだ。
いい武器を持っていると、稼ぎもよくなる。
「バカ言え。」
チグリスは懐疑的だ。
「使い手がヘボだったら、どんな名剣も棒切れとかわらん。」
「そりゃそうやな。」
あては苦笑をもらす。
チグリスは、あての買ってきた酒をどんぶりでやりながら、うそぶいた。
「お前のメイスだって、俺の手すさびで作ったもんだぜ。」
酒が喉をとおると、目を細めている。
「鉄が余ったもんだから、余興で作ったんだ。柄もあり合わせだしな。よく折れなかったもんだ。」
「うひゃ~こわやこわや。」
俺は、それを聞いて冷や汗が出た。
「その辺の樫の棒を適当に削って作ったもんだから、バランスもイマイチだろ?」
「そうかなあ?これ使いやすかったし。バランスもあてに合ってはるよ。」
「へえ、よかったな。手に合ったか。」
「うん、これは眉間をねらうのに適してはる。イノシシも実は一撃で気絶したんや。あとで止めはさしたんやけどさ。」
「へえ、あれを一撃って、腕が良すぎだろう。九〇〇キロだぞ。」
「九〇〇が一〇〇〇でも、眉間はひとつや。」
「そらそうだろうけど…」
チグリスは、なにやら納得しきれていない顔をしている。
「ユフラテー、とうちゃん、シチューができたよ。」
「いつもすまないねえ。」
「おとっつぁん、それは言わない約束だよう。」
なにこの三文芝居。
「しかし、一日ですげえ儲かったなあ。」
あてが言うと、チグリスはニヤリと笑った。
「ギルドに加盟して一日でこの稼ぎは、新記録だぞ。」
「そうなん?」
「当たり前だろ。ウサギだって三人で獲るのがふつうなんだぞ。」
チグリスはあきれている。
「シングルで、イノシシ狩るやつが珍しいんだ。」
イノシシのシチューは、脂が乗っていてうまい。
「そうかー、まあ金があるのはありがたいな。」
「それで、家借りるのか?」
「まだわからへんよ、チグリスに恩返しもしてない。」
「恩返しっておまえ、このシチューと酒だけでも、十分だぜ。」
「こんなぐらいでは、あてが満足できへんよ。」
「おいおい…」
「なにかさせてもらうわ、頼むし。」
「わかたわかった、とりあえず明日、蒸留器の実験をしよう。その手伝いをしてくれ、今夜は泊ればいいさ。」
「ありがとう。」
チコは、生活魔法で「ひかりだま」を出して、部屋を照らした。
「おお!チコすごいやん、こんなことできるんや。」
「こんなのユフラテだってできるよ、きっと。」
「そうかなあ?」
「着火の魔法も知らなかったんだもんな~、どうだ着火の魔法、できそうか?」
チグリスは、ドンブリかたげながら聞く。
「えっと~イメージイメージ…火がつく火がつく…」
その途端、右手の人差し指からものすごい勢いで火が噴き出した。
ぼはあああ!
長さ二メートルぐらいの猛烈な勢い。
「どわ~!火事んなるだろ!やめ~!」
あては驚いて、びくりと肩をゆするとすぐに火は消えて、ただの指に戻る。
「なんだこれ?おまえ、なにやったんだ?」
「着火の魔法をイメージしてたんやけど…」
「火炎放射器かっちゅうの!俺の顔が焼けるとこだったわ。」
「鍛冶屋なんだから、それでも不思議やないやん。」
「アホ、それはへたくそな鍛冶屋だからだ!」
「へえ、うまい鍛冶屋はやけどしないんや.。」
「あたぼうよ。」
「ふうん。」
そんなふうに、その夜は更けていった。
ベッドがせまい…