第一話 サラリーマンは生き残れるか?その四
ユフラテの呼称が俺から『あて』に変わっているのは、王都言葉の訛りに感化されているからです。
マゼランの手前でこと切れた旅人の体を使っているので、その体に引っ張られていることもあります。
女神事務所の怠慢で、言葉がゆるくなってしまいました。
冒険者ギルドの前はカフェがあるるようで、ちらほらと冒険者らしい連中がたむろしている。
太い木で組んだテーブルやイスが、歩道にはみ出しているが、これがマゼランのスタイルらしい。
仕事にあぶれたのか、男が四~五人座ってエールを呑んでいる。
暇なのか、カネがあるのか?
一仕事した後かもしれない。
中に入ると、ここも土間だ。
ほこりっぽい。
下手したら、西部開拓時代より乱雑かもしれない。
ギルドの建物にはバーカウンターがあって、飲み物や軽食を買って食べているようだ。
座っているモノたちは、いずれもわりと若い。
トシ食っていても四〇歳前くらいだろうか?酒やお茶を前にして、なんかダベってる。
あてとチコが前を通っても、あまり気にした風もない。
こっちもあまり気にしないことにした。
ドアは開けっ放しになっているので、さっさと中に入る。
正面にカウンターがあって、中と外を切り離している。
カウンターまでは七~八メートル離れている。
その間にもかんたんなイスとテーブルが並んでいて、二~三人がたむろしている状態だ。
あては地味なおっさんのいるカウンターに近寄った。
若い娘のいる受付には、若い冒険者が溜まっているから。
テンプレの絡むようなやつもいなくて、正直ほっとしている。
「依頼かい?」
「いえ、登録したいんやけど。」
それを聞いて、受け付けのオッサンの鼻が鳴った。
(王都の花街言葉かよ、厄介な奴じゃないよな。)
探るような眼で、あてを見ている。
「登録にゃ銀貨一枚必要だよ、持ってるかい?」
「いや、持ってない。」
「そいじゃだめだ、出直してきな。」
にべもない。
「おじさん!このウサギを売りたいの。」
横合いからチコが声をかけると顔つきが変わる。
「なんだ、チグリスんとこのチコじゃねえか、知り合いか?」
「うん、この人ウサギとってきたんだけど、売れるかなあ?」
「あん?ウサギ?」
おっさんは俺の下げているウサギを見た。
「ほう、でかいじゃないか、これなら銀貨二枚くらいかな?毛皮もあるのか?」
俺は、勢いを付けて聞いた。
売れるなら、早く売りたいぞ。
「買い取ってくれるのか?」
「ああいいよ、あっちの買い取りカウンターに持ってきてくれ。」
俺はきっとうれしそうな顔をしたんだろうな、おっさんはにこりと笑った。
俺とチコは、カウンターの右のはずれに向かった。
そっちは、簡単な衝立で受付と分けてある。
と言っても、本当に見分けはつかんのだけどな。
アバウトだな。
「コステロ、こいつの目方を測ってくれ。」
おっさんが、中のおっさんに声をかける、おっさん率高!
「あいよー、今日は暇だからなんでもやるぜ。」
俺は黙ってカウンターにウサギを乗せた。」
「へ~、なかなかでかいなあ~、どれどれ?四十一キロかー、銀貨二枚と銅版二枚だな毛皮は銀貨一枚半、売るかい?」
俺は、チコを見た。チコは、大きくうなずいた。
「売るよ。」
「よっしゃ、ほれじゃこんだけな。」
カウンターには、銀貨と銅版が置かれた。
それを確認して受け取る。
すぐに銅版一枚をチコに渡した。
「なに?」
「案内賃。」
「お駄賃くれるの?でも銅版一枚は多いよ。」
「それしか持ってない。」
しょうがないやんなあ。
後で聞くと、銅貨一〇枚で銅版一枚になる。
銅貨三枚で焼肉の串が買える。
銅貨一枚一〇〇円くらいか?
雑な模様の入った、直径1一.五センチくらいの小さなコインだ。
肉串はけっこう大きいぞ。
三本で腹が膨れる。
銅版一枚は一〇〇〇円、それが一〇枚で銀貨一枚。
つまり、銀貨一枚で一万円か。
「本当にいいの?」
「いいさ、お近づきのしるしだ。」
チコははにかんで笑った。
「ありがとう!大事に使うよ。」
銅板一枚千円といっても、日本とは価値が違う。
けっこうな貨幣価値なんだよ。
「ああ、気にするなよ、これで登録もできそうだし。」
「おっとそうだった、登録しよう。名前は?」
「ユフラテ。」
「そうか、住処は決まってるのか?」
「いや…」
「そうか、まあ、チコンとこにしとくか。」
「おいおい、アバウトやな。」
「ああ、こんなの真面目に書いてくる奴のほうが珍しいんだよ。流れ者や食い詰めもいるからな、まあ、ギルドのキマリを守るならオーケーだ。」
「キマリ?」
「ギルドの中でもめ事を起こさない、人の獲物を横取りしない、人間を殺さない…ってとこか?」
「とこか?って聞かれても、あては知らんよ。」
「わはは、まあ喧嘩スンナってことだ、ほれなくすなよ。これ魔法技術が使ってあるから一枚が高いんだぞ。銅版八枚するんだから。」
「へ~、そうなんやー。」
チコも驚いている。
「銅版八枚の銅板や…」
銅版は四角いコインや。
「まあ、銀も混じってるから高いんだけどな。半分ミスリルみたいになってるし。裏にある四角は、討伐カウンターになってるから何を獲ったかすぐわかる。ここで卸すとチェックが入るから。」
王都のギルドで、『賢者の石』ってのを使って作るらしい。
詳細は不明。
「へ~、売掛もわかるってか。」
「まあな、こっちの読み取り機を使うと、もっと正確な状態もわかる便利なもんだよ。」
「魔法あなどりがたし。」
「ぶち殺して、放置した奴はカウンター外に選り分けられる、討伐依頼のかかっている奴はその中に含まれない。」
なんちゅうファジー機能だ。そのへんのパソコンよりかしこいぞ。
ドライブレコーダーみたいなものか。
「じゃあ、もう二~三匹とって来よう。」
「うん、ウサギの肉はみんな喜ぶから歓迎だ。」
「わかった。」
「スライムに気をつけろ。」
「おう。」
…いるんだ、スライム…
汚い水たまりみたいで、あんまりかわいくない。
かたまって生息していることが多い魔物で、街の近辺にはいないらしいけど。
あてはチコを連れてギルドを出た。
六月の日差しはまだ強く、石畳はかなり熱くなっている。
ギルドの庇は三メートルほど道にせり出していて、日差しも雨も防いでいる。
近くのカフェカウンターからは、大きなサンシェードが道にせり出して陽をさえぎっている。
「チコ、宿屋はいくらするんだろう?」
「そうだねー、安いところで銅版二枚半ってところかな?ご飯は別だよ。」
「そうかー、ちょっと心もとないな。」
手持ちは銀貨二枚と銅版六枚。すぐになくなりそうだ。
「やっぱウサギ取りに行く?」
「うん、行ってこようか。チコはどうする?」
「ウサギのいるところを案内してあげるよ。」
「いいのか?危ない奴やぞ。」
「平気でしょ、ユフラテは父ちゃんがいい腕だって言うくらいだから、安全だよ。」
「そういうもんかね?」
二人はメインストリートを横切って、鍛冶屋街に移動した。
こうして見ると広々としていいところだ。
家の周りには木が生えていて、日陰を作っている。
隣との間には植え込みがある。
広い庭には、マキにする木がごろごろ転がっている。
ふいごのもとにしたり、石炭に火をつけたり、けっこう必要なんだそうや。
使うなら、もうちょっと大切に扱えばええのに。
チコは家に入って、工房に声をかけた。
「とうちゃん!ギルドに行ってきたよ。」
「おうそうか、どっちのギルドだ?」
「冒険者。」
「よし、ウサギは売れたか?」
「売れた、いい値段だったよ。ユフラテは、これからウサギ取りに行くんだって、案内してくるよ。」
「そうか、気を付けて行けよ、森には入るなよ。」
「平気よ~。」
チコは、からからと笑って作業場から出てきた。
「ユフラテ、武器は?」
「これ。」
さっき拾ったヒノキの棒を見せた。
「これ?ただのヒノキの棒じゃん。」
「これで十分やろ。」
「ちょっとまちなさいよー、いくらなんでも弱すぎるわよ。ウサギはまだしももっと強力なのがきたらヘチ折れるわよ。ちょっと待ってね。」
なにやらごそごそとかき回している。
「あったー、これでどうかな?」
出してきたのは錆びた剣。
「これはきついやん、しかも短いし。」
「う~ん、困ったな。」
「ユフラテ、これ持って行け。」
チグリスが工房から出してきたのは、長柄のハンマー。
一メートルくらいの棒の先に直径五センチくらいの鉄のハンマーが付いている。
ハンマーは円錐形で、先に向かって細めになって、表面は直径三センチ位の平らになってる。
「うわ~こんなメイスうちにあったんだー。」
「メイス?ハンマーやないの?」
「ハンマーは仕事用、メイスは戦闘用、ちゃんと棲み分けしてるのよ。」
「へ~、そうなんだ、知らないことが多いなあ。」
俺は軽く振り回してみた、重さも手ごろや。
つか、本来一〇キロはありそうなメイスなんやけど、なんでこんなに軽く感じるかな?
不思議やな。
まるで、筋肉が強くなったように感じるんやけど。
「お前は一撃でアタマカチ割ることができるからな、樫の棒でもいいんだが、オークでも出るとヤバい。それはやるよ、使いこなしてみろ。」
「わかった、おおきにありがとう。」
あてらは、連れ立って鍛冶屋街を出た。