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第一話 サラリーマンは生き残れるか?その壱

 辞令をもらった。


「農業法人へ出向を命ずる。」


 三年前のことだ。







 要するに『追放』ってやつだよ。

 俺が五十五歳のときだった。





 さて今年五十八歳を迎えて、あと二年で定年だ。


 こうして思い返しても、ろくでもない人生だったな。

 それももうじき終わるのか…



 まがりなりにもこうして生活してきたんだから、悪くもないのかもな。




 駄菓子菓子!




 サラリーマンなんてろくなもんじゃない、農協職員もヒラで定年間際ともなれば、閑職もいいところさ。


 もともと、上下関係や地域のしがらみなどで、だんだんとがんじがらめになっていく。


 上と些細なことでもめた結果が、場末の農業法人にムリクリ出向させられて、今日も今日とて田んぼを耕こしている。


 チマタでよく聞く、「左遷人事」と言うやつである。


 上ともめると、こういう目に会うのは、しがないサラリーマンにはよくあることだし、そこに救済なんてない。



 あるとしたら、トップが急死するくらいか…



コロシはよくないな…




 まあ、一日中トラクターに乗っていれば済む仕事なので、気楽っちゃあ気楽だ。


 こうなりゃ、この境遇でも楽しむしかないんだよ。


 農業法人のやつらは、立ち上げのとき助けてやったのに、俺のことを煙ったそうに見やがる。


 恩知らずどもめが。


 人間五〇年下天のうちを比ぶれば、夢幻のごとくなり

 ひとたび生をうけ、滅せぬもののあるべきか…

 幸若舞 敦盛

  人の一生なんてものは、大小の差こそあれ、浮き沈みでできているのさ。



 自分たちの事業が好調で、その基礎を作るために奔走してくれた人間を忘れると言うことは、いずれ自分にも還ってくると言うことさ。



 じき、国庫補助金も底をつき、交付されなくなることに気が付いていない。


 中央官庁なんて無茶苦茶冷たいんだぞ。

 マイナス二七三度くらいは冷たい。




 交付金成金なんて、すぐポシャるぞ。



 まあいい…



 いいのかよ!


 人と接することのない生活は、独り言が多すぎる。

 ぶつぶつ言ってる間に、一日の大半が過ぎてゆく。


 これも人生だ。



 ただ、山あいにあるこの耕地は、せまい農道につながれていて、一気に仕事が進まない。


 一枚が一反あると、作業もしやすいのだが、ここは広くても八畝しかない、なかなか手間のかかる作業だ。


 面積の単位がわかりにくい?


 一反は一ヘクタールだよ。



 そんなこたあどうでもいいってか?


 あ~はいはい。




 今朝も、古ニョーボは、布団から出ても来ない。


 いぎたなく眠ったままで、それを尻目に布団から出る。


 古い農家なので、太い梁がいつも目に入る。


 畳もすれて、古くなったものだ。


 畳とニョーボは、新しいほうがいいってか?



 そりゃ、真理ってもんだよ。





 とりあえず、コメの飯があるので、仕方なく自分で弁当詰めたさ。


 何もないから、焼き鳥缶詰がおかずで、●さげが付いているだけ。


 誰とも会わない、だれとも話さない毎日。


 両親が死んでしまってからは、なおさらニョーボと話もしない。


 給料が振り込みになってからは、給料日のありがたみすら消えた。


 もはや、ただのATMだわ。



 一家のあるじもなにもあったものじゃない。


 定年後は、燃えないごみ一直線。





 あ~あ、やな人生だったな。


 長男でもないのに親の世話を押し付けられて、安い給料でこき使われて、人生なんて無情だ。


 クソッタレニョーボは、好き勝手遊んでいるし、子供は寄りつきもしない。


 山間の、さびれた村なんか、住人以外は通りもしない。

 そんなところで、コンビニもない生活。


 そりゃまあ、やる気もMAXなくなるわな。


 村の行事はうっとおしい。


 できるなら、寝ころんで暮らしたい。


 ほとほとこんな人生に嫌気がさしている。






「ほい、ここ終わり。次は中畑地区だな。」





 独り言が多くなった。


 一人でやる仕事ばっかだもん。


 だれとも口を利かない日もある。


 もちろんニョーボとも。


 風呂入って、寝るだけ。



 人生なんて、そんなもんだ。


 がたがたと、土埃の舞う田圃道をトラクターは進む。


 こいつも永いこと使われてるな、4WDだから長年使われるんだよ。


 もう二〇年も使っているから、だいぶんガタが来ている。


 俺の体と同じだな、いたわって使え。




 なぜ俺がこんな山の中の農地を担当しているか?


 それは、だれもやりたがらないからだ。


 効率重視の農業法人は、請け負った仕事を仕上げるために人間を使う。


 しかし、広い田んぼを一気にやるのと、狭い田んぼをちまちまやるのでは、人件費のかかりが違う。


 当然、狭い田んぼには人をやりたくない。

 法人とは別の給料をもらっている俺には、面倒な田んぼを任せるのは人情だな。


 いきおい、めんどくさい案件ばかりが担当となる。


 おまけに、ひとはいない。


 だれも見ていないのは、事故があった場合どうするつもりなのか?


 アホだな、あいつら。




 中畑地区に差し掛かると、せまい谷を渡る橋がかかっている。


 高さはだいたい三メートル。


 まあ、何の変哲もない、コンクリ橋だ。


 こいつが、林道の橋だもんで、欄干すらない貧乏橋。


 毎回、落ちやしないかとヒヤヒヤする。


 右側が石積みの壁で、谷に沿って道がある。


 今日も、せまい橋をそっと渡っていると、下流側からでっかいトンビが飛び出してきた。


 めずらしいこともあるもんだ。


 そいつは、顔の前にでっかいネズミを咥えているので、目の下がよく見えてないらしい。


 俺の顔に向かって一直線に飛んでくる。


 鳶の爪は鋭くて、簡単に腕に刺さるんだ


「あぶねー!」


 必死になって避けてたら、ハンドルがぐるんと動いてしまった。


 あ、アクセルも踏んだままじゃん。




 結果は、火を見るより明らかだった。






   ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆



 チチチチ


 ツピツピ


 なんかやかましい小鳥の声だ。





 昨夜はお楽しみでしたね…てなわけねえじゃん。


 なんだここは?

 トラクターが落ちたのなら、俺は谷の中のはずだ。

 いま寝ているのは土の上のようだ。

 しかも、こりゃ赤土で、風に埃が舞う。

「ぺっぺっ、埃が口に入ったぞ。」

 ぼやきながら体を起こす。

「なんだ?腰が痛くない。いつもなら腰痛で、体を曲げながら起きるのに…」


 そう言いながら手の土を、ぱんぱんと払う。

 なんだよ、なまっちろい手だな。

 俺の手なら、もっと陽に焼けて…


 なんで?


 なんで俺の手が

 白くないってわかる?



 背後には林が茂っている。

 そりゃまあ、雑木林っつんだよ。



 けど、その真ん中に見えるバナナの木はなによ。



 イチジクに実がついている。


 大きさはハンドボールくらいはある。

 でもイチジクのカッコしてるよ。



 バナナだって、一メートルはあるぜ。


 それが、普通のバナナよろしく房になって下がっているもんだから、木が大きくしなっている。


 幹は太いんだよ、一メートルくらいはある。

 でも、バナナが大きいからしなってるんだ。



 ブドウのツルが、直径二〇センチもある。


 もちろん、ブドウの実が付いているが、一個がソフトボールくらいある。


 なんだこの大きさは…大きすぎる。


 俺が縮んだんじゃなければだがな。



 ガリバーの国か?




 たとえば、このバナナを食べるゴリラの口が、当社比で一〇倍としても一メートル近いぞ。


 そんなでっかい口のゴリラって、キングコング並みだわ。


 オリジナルのキングコングは、一九三三年の映画に登場したキングコング。


 大きくても「体長七メートル二〇センチ」という設定だった。


 二〇〇五年の映画でも、「身長七メートル五〇センチ/体重三トンと六〇〇キロ」てことで。


(むちゃくちゃでかい。そんなもん顔も見たくないなあ。)



(つか、なにこのオタク的知識?)




 そして、地形だ。


 清見村と同じ標高だったら、盆地だ。(ちなみに平均海抜六〇〇メートルくらい。)


 山も高いのがいっぱいあるはずなのに、蒸し暑い気温に平坦な土地。



 森の開けた場所にいるが、どこも盛り上がっていない草地だ。


 もちろん人影もない。


 ただ、真ん中に一本、道らしいものがある。


 土で均されて、真ん中に少し草の生えた三メートル前後の道…らしい。


 まあ、うちで言うなら農道程度だな。


 軽トラくらいしか走れないな。


 舗装もなにもされていない土の道。


 かろうじて、車の轍があるから道とわかる。



 右から左へ目を振ってみると、森の木の間にも道が続いている。

 なんだ、人の行き来はあるんだな…







 そこではたと気が付いた。







 俺はだれだ?






 なぜ、こんなところにいる?


 なぜ、こんなことを知っている?


 思い出せない、知らない、おれは…

 だれだ!




 ふつうならここで頭が痛くなったり、世間が光ったりするもんだがどっこいそんなことはまるで起きない。



 草原と、森と道のまんなかでぼ~っと立っていると、森との境目ぐらいに影が見えた。



 なにか茶色いものが立っている…のか?


「ウサギじゃん。」



 野ウサギらしい影が、後ろ足で立ち上がってこちらを伺っているようだ。

 そりゃ警戒心が高いウサギだもん、人間見たら警戒するわな~。


 じっとこちらを見ている、なんかこちらも目を離せない…

 野生動物は、目で威嚇する…


 そりゃあ肉食動物の場合だろう?

 だけど、あのウサギは人を睨みつけながら、徐々に姿勢を低くしていった。



「なんやねん、メンチ切りよってからに、いやなウサギ…なんかでかくないか?


 ここから森までひいふう…三〇メートルくらいあるぞ、それなのにあのウサギは普通に見える…見える?」



 そう思った瞬間、発達した後ろ足が土を蹴り、ウサギは一気に加速した。



「はや!」



 ウサギは三〇メートルなど一息に進み、俺の目の前にせまった。そして、跳ぶ!


「どわ~!」


 ウサギは俺の胸を蹴り飛ばして、倒れた上にのしかかってきた。


 身長一.二メートル、体重は四〇キロになろうと言う巨体だ。



(ヨーゼフですか、ウサギさん!)



 俺は勢いに押されて仰向けに倒されてしまった。


 俺の顔のすぐ前にウサギの血走った茶色い目があった。


 口から出る息はやけに生臭い。


 あきらかに肉を食ったにおいだ。



「こいつ!肉喰ったことがある!」 



「ごぐぐぐぐぐぐ」


 ウサギらしからぬ、くぐもった低いうなり声。


 ビビるわ~、マジないわ~


 って、言ってる場合か!

 ウサギはその鋭い前歯を、俺の首筋にめりこませようとしている。



 すげえ!サメのようなギザギザの歯がならんでる!


 噛みつかれたら痛そうじゃすまない!


「く!この!」


 ウサギの肩?に両手を当てて、押し返そうとするが相手だって必死だ、顔がぐいっと近寄ってくる。



 牙だよ!



 やべーよ!



 あれ、刺さったら、いてえじゃ済まされないくらい尖ってる!



 渾身の力を込めてウサギを押し返すと、右手のこぶしをウサギのテンプル目がけてフック気味に叩き込んだ。




「ぐぎゃ!」



 ウサギは、ウサギらしくない悲鳴を上げて吹っ飛んだ。



 吹っ飛んだ?


 俺、そこまで腕力は強くないし。


 トシも年だからな、昔ほど力もないよ。


 体勢も悪いから力こもってないし、ウサギが吹っ飛ぶなんて…

 ウサギは、ごろごろと転がって、二メートルほど向こうでノビている。


「ぐぐぐ…」


 いや、伸びてはないか、痛みで動けないだけみたいだ。


 目が死んでない、これは油断するとまた襲ってくるぞ。



「このやろう、お前なんかに喰われてたまるか!」



 俺はその辺に転がっていた棒切れを持つと、思い切り眉間に一撃を振り下ろした。



 なんか、体のキレがいいなあ。



 直径一〇センチはある木の棒だ、それなりに重さはあるが平気で振り回せる。





 剣道初段の腕を見よ!




 間合いは見きった。



 走り出すウサギ!

 スピードが上がりきる前に、目の前に迫る。

 俺は、手に持った棒を思いっ切り振り下ろす。



「ぐぎゃ!」


 悲鳴とともに、眉間がかち割れて、灰色の脳漿が飛び散った。



 返り血が、俺のほほにも飛んできて、なまあたたかい。


 ウサギは、足をぴくぴくさせて絶命した。



「はあ!はあ!ちくしょうが…」





 俺の腕から棒きれが、からりと乾いた音を立てて転がり落ちた。




 思わずへなへなと座り込む俺。



「ちくしょう、腰が抜けた…」


 へなへなと座り込む、なんせ剣道部だったのはいつだったか?


 俺の面打ちは、気絶者が出るほどきついんだそうだ。




 剣道部?


 剣道部ってなんだ?


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