幸せの住む湖
幸せが住むと云うレインボーレイクを目指して、ある日、ライラは故郷をあとにした
旅に出て五年、艱難辛苦の末に、終にそこに至った
湖面から湧き上がる蒸気に日光が差して、七色の虹が橋のように湖の上に架かっていた
「美しい」
ライラは感嘆した
さて幸せは何処に?
見渡すと湖岸に小汚い古びた小屋がある
戸を叩くと、小屋にふさわしい小汚いお婆が現れた
「幸せが住むと聞いてきたのだけど、どこを探せば?」
きくと、お婆が歯抜けの口を開いて答えた
「あたしのことだよ。ハッピーって名前なんだ」
ライラは「はあ?」と言って、それから仰け反るように笑った
「なにが可笑しい!」
「だって、最高に可笑しいもん
恥ずかし過ぎて故郷にはとても帰れないけど、私も広めてやろうっと
幸せの住む虹の湖伝説か、きっと受けるわ
皆んな探しにくるかもだわ
だから、お婆さん、長生きしてね」
そう言って、ライラは楽しげに湖から去っていった
ハッピーと別れて、ライラは虹の湖を後にした
丘の上から振り返る湖は、相変わらず虹の橋が架かっていて、えも言えぬ美しさだった
座り込んで、長かった旅の景色を思い出していると、さっきのお婆、ハッピーが追いついて来て、ライラの横に座った
「あたしに会いにはるばる来てくれたのにこのまま帰すのもなんだから」
と、カップをライラに渡し、自分も持って、瓶から透明な水を注いだ
「人を幸せにすると云われている水だ」
ライラは一口飲んで猛烈に咳き込んだ
「なに、これ?」
「酒だよ。人を幸せにする物ってこれっきゃない」
「わかるけど、めちゃくちゃきつい」
「85%くらいかな、しれてるよ」
「今まで飲んだどの酒よりも凄い」
「でも、美味いだろ。どんどん飲みな」
二人で飲んでる間に、眠くなってきて、ライラは眠ってしまった
気がつくと、ライラは裸で縛られてベッドの上に仰向けに寝かされていた
「なに?」
戸惑いながらライラがきくと、お婆は気の毒そうに瞬きした
「あたし、実はエイリアンなの。噂でここにやってきた冒険者に、全員じゃないけど、卵を産み付けてる。卵が孵えると、貴女の中で貴女を食べながら成長して、一年くらいで出てくるの。でも、安心しててね、怖くも痛くもないから。子供は食べながら麻酔のような体液を出すの。貴女は幸せな夢を見ながら寝てれば良いだけ」
幾ら良い夢を見られるからって、エイリアンの幼虫に身体を食べられるなんてゾッとしない。逃げなくては
しかし、きつく縛られて身動きできない
お婆が口を大きく開くと、そこから白い蛇のような管が出てきた
うう、終わりだ!
そう思った時、お婆の首が落ちた
血が降り注いだ
お婆の頭が床に落ち、胴体が崩れ落ちる
そこに男がいた
「大丈夫か」
「なに?」
「レンだ。化け物退治に来たんだ。間に合ったみたいだな」
男、レンがライラを縛る紐を解きながら言った
「服とって」
ライラが言うと、レンが首を降る
「血だらけだな。ちょうど前は湖だ」
「そうね」とライラが湖で水浴してから、服を着る
「でも、なぜ?」
「幸せの住む虹の湖、怪し過ぎだろ。噂を広める奴もいれば、行って帰らない奴もいる。怪しいから、調査を頼まれたんだな。そこへちょうどあんたが来たから様子を窺っていたらこうなったわけだ」
ええ、と身体を振るわせる
「危うくね。助かったわ。有難う」
「どうってことないさ」
それから二人で冒険しながら旅をした
秘宝を探し、高価な宝を見つけては売り、見つけては売りで金を蓄え、それを元手に街で商売を始めた
商売に成功して大金持ちになり、結婚して、子供が生まれ、孫にも囲まれて幸福に暮らした
最後に死の床で、ライラは言った
「幸せな一生だったわ。幸せが住むと云う虹の湖であなたと出会った。あそこには本当に幸せが住んでいたのね」
そう言って、微笑みながら目を閉じたのだった
そうして、目を開くと、そこにはハッピーがいた
「良い夢だったかい?」
とお婆がきいた
「どうなっているの?」
か細い声でライラが呟いた
「お前さんの中に卵を産み付けて一年、そろそろ産まれるんでね、起きて貰ったんだ」
「なぜ?」
「夢で一生を生きただろう? 感想を聞きたかったのさ。わしと子供の苦心の作だから」
「これからどうなるの?」
「死ぬ。すると子供がお前の腹を突き破って出てくるんだ。でも心配要らないよ。苦しい事は何もないから」
「あのまま夢の中に居させてくれればよかったのに」
「人生は死んで完成するんだ。死んで、目覚めて、わしがいる。これが現実ってもんだろう」
お婆がせせら笑う
ライラは目を閉じた
「おや、自分の人生を振り返らないまま、死んでしまったか。まあ、大抵は騙されたって言って、悔しがるだけだけどね」
しかし、ライラは再び目を開いて、力なく、言った
「有難う。幸せだった」
そして、今度こそ本当に死んでしまった