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88ー息子

 夕食も食べ、今夜は領主邸でお世話になる事になった。ハルはもう目がトロンとしている。

 今日は久しぶりに『ちゅどーん!』していたし、疲れたのだろう。


「ミーレ、ハルを寝かせてやってくれるか」

「はい、分かりました」


 ミーレがハルを抱っこして部屋を出て行く。その後を小さくなった白い奴がついて行く。

 ハルはもうスヤスヤと眠っている。


「長老、どう思う?」

「そうだな。領主殿は無関係らしいな」

「みたいだな」

「なら、一体誰なんでしょう?」

「ハルを抱っこして集落を歩きましたが、変な奴等は見かけませんでした」

「どうなっているのかしら?」

「アヴィー、焦ってはいかん」

「分かっているわ。あ、そうだわ。領主様のご子息もね、怪我をしたらしいのよ」

「そう言ってたな。まだ会えんのか?」

「そうなの。怪我の所為で、片足が不自由だと聞いたんだけど大丈夫かしら?」


 領主の息子は片足を引き摺っているという。夕食にも戻らなかった。アヴィー先生は少し心配している様だ。

 皆が寝静まった頃、領主邸の裏口が小さな音を立てて開いた。そっと中に入ってくる人影。

 片足を引き摺っている。領主の息子だ。

 調理場を通り過ぎ、自分の部屋へと続く廊下へ入ろうとした時だ。


「遅いわよ、あなたが息子さんね?」

「……!? あんた誰だ?」

「私? 私はアヴィーよ」

「あ……あ、アヴィー先生!?」

「そうよ。薬師のアヴィーよ。あなたを待っていたの」


 そこには仁王立ちしたアヴィー先生が待っていた。

 アヴィー先生は気になって眠れなかったらしい。患者となると、気になる。放っておけないんだ。

 だが、あまりにも遅かったので若干怒っている。いや、かなり怒っている。なので少しのお小言も言ってしまう。


「あなたねぇ、そんな足でこんな時間までどこに行っていたのよ。ご両親だって心配されていたわ」

「心配なんてしていないさ」

「何言ってるのよ。とにかく足を診せなさい」

「もう治らないって言われたんだ」

「それはヒューマンの医者に言われたの?」

「そうだ」

「大丈夫よ。私が治してあげるわ」

「嘘だ。いくらアヴィー先生だって無理だ」

「煩いわね。いいから診せなさい」


 アヴィー先生が無理矢理袖を引っ張り座らせる。そしてズボンの裾をまくり上げ、引き摺っていた足を診る。そこはまだ廊下だというのにお構いなしだ。

 赤黒くなった傷跡がある。大きな傷だ。ひざ下から足首に掛けて斜めに歪な傷跡がくっきりと残っていた。


「痛かったでしょうに……」

「逃げようと思ったんだ。だけど、足を引っ掛かれてしまって……」

「そう、命が助かって良かったわ。じっとしていてね」


 アヴィー先生が足に手を翳し、詠唱する。


「ハイヒール」


 白い光が足を包み込み、傷跡にキラキラした光が纏わりつく。光が消えると傷跡は綺麗に消えていた。


「どう? 歩いてみて」

「お、おう」


 ゆっくりと身体を起こし、立ち上がる。確かめるように足を動かす。そして、ゆっくりと数歩歩く。


「信じらんねー……マジかよ」

「ね、治ったでしょう?」

「あ、あ、アヴィー先生! 有難う、有難う!」


 青年はその場に跪き泣いた。本人が一番辛い。もう痛みがなかったとしても、傷を受けた痛みは覚えている。

 熊に襲われ、ついさっきまで普通に動いていた足が思うように動かない。

 どんな気持ちだっただろう。誰も悪くないんだ。野生の熊にはヒューマンは太刀打ちできない。

 倒す手段を持っていないんだ。特にこんな小さな領地だと衛兵などもいない。

 周りの人達は言うだろう。命があっただけ良かったんだと。

 でも、まだ若い青年にとってはどれだけ辛い事だっただろう。


「アヴィー先生、感謝致します」

「は、母上……」


 夫人も起きて待っていたんだ。気になって眠れなかったのだろう。


「お父様も起きていらっしゃるわ。心配しているのよ」

「ご、ごめん……俺……」

「ねえ、あなた何か知らないかしら? この領地の外れに咲いていた花の事よ」

「あ……」

「知っているの?」

「あ、あれは……アヴィー先生、すみません! 俺が……俺が止められなかったから……」

「話してくれるかしら?」

「アヴィー、とにかく中に入りなさい」

「長老、領主様」

「父上」

「お前は……いや、とにかく良かった。治って良かった。アヴィー先生、感謝します」


 廊下で話し込んでいたアヴィー先生達。長老と領主が出てきた事で、屋敷の居間へと移動する。

 そのほんの少しの間でも領主夫人は息子を見ている。

 足を引き摺る事なく、今までと同じ様に普通に歩いている。もう諦めた事なのに。

 顔を伏せ、そっと涙を拭う。良かった。アヴィー先生が来て良かった。

 さて、そのアヴィー先生がこの領地に来る切っ掛けとなった事を話す様だ。


「お前は何を知っているんだ?」

「俺は止めたんだけど……俺の言う事なんて聞いてもらえなかったんだ」

「一体何をしたんだ?」


 領主の息子、名をリージン・アルパカーニという。

 父親似の息子だ。父親と同じ黒髪を後ろで結んでいる。モカ色の瞳は、まだ少しだけ少年っぽさを残しているようにも見える。

 母親似の妹がいるそうだが、公都の学園に通っていて寮に入っている為今はいない。

 リージンも今年卒業したばかりだそうだ。

 次期領主として、今は父親について勉強中だ。


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