49ー踊り子さん
「少し食べられますか? 消化の良いものにしました」
ルシカが器を出す。ハルの大好物の兎の肉を細かくして入れたトマト味の粥だ。上には程よく溶けたチーズがのっている。
「有難うございます! いただきますッ!」
迷いもせず、ルシカから器をもらう女性。
さっきまで『エルフ』だと『超イケメン』だと、リヒトとイオスをキラッキラした目で見ていたのに、今はルシカの作った粥に釘付けだ。元気そうだ。大きな口を開けてガッツリと食べている。
「ハルもどうぞ。ハルは兎肉のサンドイッチですよ」
「ありがちょ、いたらき」
「ハルちゃんスープもあるで」
「かえれ、ありがちょ」
カエデがハルのすぐ隣に座って一緒に食べている。反対側にはミーレが陣取っている。その横に白い小さな奴が兎肉と格闘している。ハルがこっそりとサンドイッチを亜空間に入れる。コハルの為だ。ハルの胸元に少しだけ顔を出して受け取っているコハル。不憫だ。この国だと不便だ。
「どうしてこんなところに倒れていたんだ?」
「……んぐ……うわ、カッコいい……」
喉を詰まらせるほどカッコいいのか?
「あー、その倒れていた理由は聞かない方が良いか?」
「え……エルフって歳をとっていてもカッコいい」
これは長老のことだな。長老はイケ爺だ。堪らず、ミーレが口を出した。
「ねえ、あなた助けてもらっておいてなんにも言わないの?」
「うわッ、超美人」
これは、ミーレの事だ。もういいから理由を話して欲しい。
「あのねぇ、あなた……」
「あ、ごめんなさい! ホントにエルフって美男に美人だからビックリしちゃって。あの、あたしは踊り子のクロエっていいます。助けて頂いて有難うございます」
「クロエさんか。どこかに行く途中だったのか?」
「行くって、いうか……」
「ん? 聞かない方がいいなら言わなくていいぞ」
「いえ……実はあたし、駆け落ちした筈なんです」
「した筈?」
「はい。なのに置いていかれちゃって……うぅッ、グスッ」
踊り子のクロエ。この地域にある町の酒場で踊り子として仕事をしていたらしい。この層を回っているそうなのだが、その酒場で恋におちた。毎日通ってきていた地元の青年らしい。
青年に一緒に町を出ようと言われ2人で逃避行の筈が……
「ある日朝起きたら彼がいなくて……」
「なんだそれ?」
「そうでしょう! 酷いと思いません!?」
「放っていかれたのか?」
「おかしいと思って彼の家がある村にこっそり戻ったんです。そしたら……」
なんと彼は家に戻っていた。しかもだ。知らない女と肩を組んで仲良さそうにしていたという。
「もう、馬鹿らしくって……情けなくって……えぇーんッ!」
『えぇーんッ!』とベタな泣き声をあげて泣いている。泣きながらも、しっかり食べている。お口は動いている。
裏切られたのが分かって、出てきたのだそうだ。隣の領地へ行こうとしていたところ、何も持っていなかった所為でお腹がすいて動けなくなり倒れていた。
「そりゃあ、なんというか……」
「馬鹿じゃない?」
「酷いッ!」
「だって、どうして見抜けなかったのよ。そんな責任感のない男」
「あぁ〜んッ! その通りよぉ〜! ヒック」
と、また泣きながらまだ食べている。
ミーレは辛辣だ。ハッキリと物を言う。いや、言い過ぎだ。
「せめて、旅支度はしないとな」
「そうなんですけど、その時はもう腹が立って……」
気持ちが分からなくもない。だが、旅支度もなしでよく出てきたものだ。
「しゃーねー」
「ハル、分かってんのか?」
「りひと、あちゃりまえら」
「ああ、俺はリヒト。このちびっ子はハルだ。で、長老にルシカにイオス、ミーレだ」
「どうしてエルフの人がこんな場所に?」
「まあ、色々とな」
「それより、クロエさんか。もしワシ等が見つけなかったら危なかったぞ。こんな場所、人もあまり通らないからな」
「はい、本当に。助かりました。もうあんな奴、こっちから願い下げだわ!」
おう、逞しい。泣いて食べたら元気が出たか。
「ルシカさん、ごちそうさま。とっても美味しかったわ」
「それは良かったです。少し食料をお分けしましょうか?」
「本当に!? 助かります!」
戻るつもりはないのか? 戻る方が、良くないか?
「待て、ルシカ。クロエさん、町に戻らないのか? その方が良いと思うぞ」
「戻りませんよ! 私ヒューマンでしょう。この領地は獣人が多いから浮いていたんですよ。だからヒューマンが多い地域に行きます。どうせ、長くいるつもりもなかったし」
「そうか?」
「はいッ! もうコリゴリだわ!」
「おねーしゃん、踊りぇんのか?」
「もちろんよ、あたしは踊り子だもの。あたしの踊りに魅了されない男なんていないわッ!」
騙されたのに自信は満々なんだ。
「おりぇとかえれも踊りぇりゅじょ」
「まあ! どんな踊りなの? 見たいわ!」
「いいじょ。かえれ、やりゅじょ!」
「えぇー!?」
「お手々はこうッ! しぇ~のッ、ちょうちょ〜♪」
「恥ずかしいにゃあ〜」
ハルとカエデがお手々をヒラヒラさせながら踊る。何故かハルはお尻もフリフリ。
「やだぁ〜! 超可愛いぃ〜!」
と、お姉さんは一頻り笑い、ハルやカエデと一緒に踊って出発して行った。なかなか逞しいお姉さんだ。声を上げて泣いていたのに、もうお腹を抱えて笑っている。
これなら、どこに行っても大丈夫だろう。




