199ーちょうちょう
ハルがお歌を歌いながら、両手をフワリフワリと広げて踊り出す。手の動きに合わせて体を左右に揺らしている。それを真似するかの様に、精霊獣達がフワリフワリとハルの周りを舞っている。
それがこのお歌でなければ、さぞかし幻想的な光景だった事だろう。
「ちょうちょ~ぅ、ちょうちょ~ぅ、なのはにと~ま~れ~♪」
舌足らずな上に、童謡だ。『ちょうちょう』だ。
お手々をフリフリして体を揺らしながら、ついでにとお尻もちょっぴりフリフリしている。
カエデやシュシュまで、ハルのお歌に合わせて体を揺らしている。
「アハハハ! なんだ、ハルは」
「ハルはよく歌うんだよ。風呂に入ったら必ず歌うしな」
「リヒト、そうなのか!? よし!」
何が『よし!』だ。
「帰ったら風呂に入ろう!」
「何言ってんだ。まだだと思うぞ」
「そうなのか? まだ何かするのか? 長老?」
「ここではもうする事がないな」
「長老、そうなのか?」
「ああ。精霊樹や精霊獣は元気だ。それに精霊女王はここにはいないと分かった事だし」
ここにはいない。だが精霊獣が、精霊女王はつい最近来たと言っていた。『つい最近』これがまた分からない。精霊獣の時間の感覚はどうにもよく分からないんだ。
それに、精霊女王はまだご用事があるとも言っていた。なら、このヘーネの大森林のどこかにいるはずだ。
他の精霊樹を確認するしかないだろう。
「ハル、戻るか?」
「おー、じーちゃん」
――えー
――もっと遊ぼう~
――お歌うたって~
精霊獣がヒラヒラと飛んでハルに纏わりついている。
「ぶぶふッ」
ああ、またお顔に突っ込んでいる精霊獣がいるぞ。
「なんもみえねー」
はいはい。ちょっとハルから離れよう。
「ぶも」
「はなれるなのれす」
ヒポポとコハルが文句を言っている。
「もういくじょ。げんきれな!」
――いっちゃうの~
――ええ~
「しぇいれいじょうおーをしゃがしてんら」
――女王さま~?
――近くに行くって~
――そうそう~
なんだって? 近くに行く?
「しぇいれいじょうおーが、ちかくにいくっていってたのか?」
――そうそう~
――そう近く~
――そこから行くって~
断片的なのだが、近くの精霊樹から回ると言っていたという事なのだろうか。
なら、ここから近くと言えば。
「南東か?」
「しょにりゅしゃんとこら」
「ハル、分かるか?」
「じーちゃん、なんら?」
だから、ハルちゃん。もういい加減に覚えよう。
「ハル、ワールドマップだ」
「ああ、しょっか」
そして、いつものポーズだ。
両手を胸にやり目を閉じる。立っているから、少し体が揺れている。
カエデがクスクスと笑いながら、ハルを支えている。
「ハルちゃん、いつもそのポーズやな」
「可愛いじゃない~」
「けど、立ってる時は体が揺れるねんな。めちゃ可愛いわ」
「ふふふ。ハルちゃんは何をしていても可愛いのよ~」
はいはい。ハルちゃんのファンクラブ会員の二人にとってはそうなのだろう。ここに、アヴィー先生がいれば仲間に入っていた事だろう。
その南西のベースの近くにも遺跡がある。以前、ハル達は遺跡調査で訪れている。
ソニルさんとは南西のベースの管理者だ。何を隠そう、エルフ族最強の5戦士の中でも最強だ。
とってもキュートな見た目からは想像できないのだが、エルフ族最強の戦士だ。リヒトでも、敵わないと話していた。
アンスティノス大公国に魔物が出た時にも協力してくれた。
「じーちゃん、よえーな」
「光がか?」
「しょうら」
「そうか? ワシにははっきりと分かるぞ」
「え、しょうなのか?」
おやおや、どうして二人の見方が違うのだろう。ハルはまだワールドマップが使い熟せていないという事だろうか。
「あ、ちげー。おっきいのがありゅじょ」
「ハル、それとは別に弱い光があると言うことか?」
「しょうら」
「ちょっと待て」
長老が集中しているのだろう。
流石にハルのあのお決まりのポーズをとってはいないが。
「ふむ、確かにな。南西の遺跡の後に寄ってみるか」
「しょうらな。けろ、こりぇは、しぇいれいじゅか分かんねーじょ」
「そうだな。反応が弱すぎる。ハル、よく気付いたぞ」
「ふふふん」
おやおや、長老に褒められて得意気に胸を張っている。お腹の方が出ているような気もするが。
「ハル、お腹が……ふふふ」
「みーりぇ、わりゃうな。こりぇはしかたねーんら」
「そう?」
「しょうら」
幼児体形だからね、一応そういう事にしておこう。
しかし、手も足もプクプクだ。その小さな足でよくドロップキックなんてするものだ。
「じゃーなー!」
――またね~
――また遊ぼうね~
なんて言いながら、ハル達は遺跡を後にした。
この遺跡、数千年経っている。この地下に、瘴気を浄化する魔石が設置されている。
この遺跡を管轄しているシアル達が、定期的に見回っている。
あの大きな魔石が、どれくらいの年月で黒くなるのか。
そのデータを取っているんだ。
大森林の中をユニコーンが走る。まるで飛んでいるかのように。
深い緑に白い体躯が映える。神々しささえも感じられる。
そのユニコーンに乗って、プクプクの足をぷらんぷらんさせてハルが乗っている。
「ちょうちょ~ぅ、ちょうちょ~ぅ、なのはにと~ま~れ~♪」
また歌っていた。神々しいも何もあったもんじゃない。




