183ーお昼寝
「じーちゃん、ろこにありゅんら?」
「近場から回ってみるか、リヒト」
「近場にあるのか?」
長老が言うには、このエルヒューレ皇国にも精霊樹があるらしい。だがそれなら余計に、精霊王が分からない筈がないのではないか?
「そうか、なら遠い方から攻めるか?」
「長老、私もその方が良いと思うわ。まさか国の中にある精霊樹で、分からないなんて事はないでしょうし」
と、研究者としてのリヒトの母の意見だ。
「もしかして、何かに阻害されているのかしら?」
「阻害か……考えられるな」
精霊女王の存在は、精霊王がいつでも感知できる。なのに、行方が分からないとハルを頼って来た。
精霊女王の存在を、何かが阻害しているのではないかとリヒトの母は考えた。
「そうでも考えないと、不自然だわ」
精霊とは、この世界の始まりから世界を守る存在らしい。その精霊達の長である、精霊王と精霊女王。この二人はお互いの存在を感知する事ができる。
それは、人知を超えたものだ。エルフ族にも理解の出来ない力なのだ。
太古の昔は、エルフ族も精霊の存在を感じる事ができた。見る事もできたし、意志疎通も可能だった。
それが、各国にある浄化の魔石を設置した頃に、瘴気の所為で感じる事ができなくなってしまった。
今は、見る事さえもできない。
ハルは、世界樹の加護を受けている。それは、世界樹の精霊、精霊王の加護と同意義だ。なので、ハルは精霊を見る事ができる。
最近ではその影響か、長老も薄っすらと感じる事ができるらしい。
本当に、長老の能力は底知れない。2000歳を超えているのに、まだ成長している。
その血を継いでいる、ちびっ子ハルちゃん。大きくなるのが楽しみだ。
今は少々、すっ惚けている時もあるのだけども。
「じーちゃん、ねみーじょ」
「今日はお昼寝がまだだったな」
「ねみー」
ハルのパッチリとしたお目々が、だんだんと閉じてきている。体も少し揺れているぞぅ。
「アハハハ、寝てきなさい」
「ん、しゅしゅいくじょ」
「ええ、ハルちゃん」
「ハルちゃん、自分も一緒に行くで」
「私も行くわ。ハル、抱っこしましょう」
「うん、みーりぇ」
ミーレに抱っこされ、すっかり寝る体勢になっている
「ええー、あたしが乗せてあげるのにぃー」
「シュシュ、ハルちゃんはもう眠たいから危ないやん」
「そう?」
「そうやで」
そうそう、カエデの言う通りなのだよ。
ハルちゃんはもう眠くて、シュシュの背中に乗っていられないだろう。
すっかりミーレに寄り掛かっている。もう目もトロンとしている。
リヒトの実家にあるハルの部屋。大きなフカフカのベッドでハルは眠る。
シュシュがベッドの大半を占めている。その胸の辺りで、小さく丸くなってスヤスヤと眠るハル。
ミーレとカエデが、部屋で何やらお片付けをしている。
「カエデもソファーでゆっくりしなさい」
「いいねん。自分も手伝うで」
「あら、いいわよ。カエデだってまだちびっ子なんだから」
「なんでやねん、ミーレ姐さん。自分はもう大きいっちゅうねん」
ミーレがハルの洋服を片づけたりしている。
旅の間、ハルの物は全部ミーレがマジックバッグに入れて持っている。それを片づけたり、入れ替えたり。お洗濯する物をまとめたり。
「いいから、少し休みなさい」
「ミーレ姐さん、ありがとう。なんかな、まだ1年経ってないのにこの家に帰ってきたらホッとするな」
「ふふふ、あらそう?」
「うん、帰って来たって思うわ」
「じゃあ、ベースは?」
「ベースはベースで落ち着くんや」
「ふふふ」
カエデも馴染んでいると言う事だ。カエデが言う様に、まだ1年経っていない。
それでも、カエデが安心できる場所になっているのなら良い事だ。
「自分の家が何個もあるみたいな感じやわ」
「あら、それは贅沢ね」
「な、ほんまやわ。有難い事やわ」
カエデがソファーで横になっている。少し瞼が重そうだ。疲れたのだろう。カエデもまだ10歳なのだから。旅は刺激がいっぱいだ。
ミーレがカエデにタオルケットを掛けてやっている。
ミーレ、本当にもう子育てができるぞ。
「ミーレ、ハルはもう眠ったか?」
「長老、ぐっすりですよ」
長老も部屋にやって来た。ベッドの側にしゃがみ込みハルの寝顔を見ている。
「可愛いのぉ」
「ふふふ。長老ったらそればっかり」
「いや、ミーレ。だって可愛いだろうよ」
「はい。ハルは可愛いですね」
「ああ、可愛い。眠っている時は特に3歳児になるな」
「そうですね。起きている時は突拍子もない事を仕出かしたりしますから」
特に、戦闘になる時だ。いつも1番張り切っている。駄目だと言われていても、突っ込んで行く。
しかも武器は無しだ。『ちゅどーん!』と、言いながら小さな体ごと突っ込んで行く。
「本当に、やんちゃ坊主だ」
「ふふふ、そうですね」
長老が曾祖父の顔になっている。目尻が下がりきっている。
指の細い少し骨ばった大きな手で、そっとハルの髪を撫で上げる。プクプクのほっぺに、ぽってりとしたピンク色の唇。絵筆で描いた様な長い睫毛が今は伏せられている。
その目が開くと、長老と同じ虹彩にグリーンが入った瞳が現れる。今はぐっすりと眠っている。
「ハルはまだほんのり甘い匂いがするだろう。それだけちびっ子なんだ。ワシが守らないとな」
「長老。みんなも同じ思いですよ」
「ああ。分かっておる。有難い事だ」
また直ぐにヘーネの大森林へ精霊樹を探しに出かけるのだろう。
それまでの僅かな時間、優しい時が流れている。




