出会いは二日酔いに掻き消える side暖
恋愛作品のお決まりと言えば、雑踏の中で何故か彼女の姿がやけに目に留まって…とか、幼なじみだった彼女と数年ぶりに偶然の再会を果たして…とか、何かしら印象に残る出会いのシーンだと思う。
そういう意味では、俺の恋はイレギュラーかもしれない。
俺は、記念すべき彼女との出会いを、残念ながらほとんど覚えていないのだ。
「んー?…なんか知らないやつからメッセ来てる…」
日曜日の朝…というには遅すぎる時刻を知らせる時計。
二日酔いでグラグラする視界に顔を顰めながら、メッセージの受信を知らせるランプの点滅に気がついた俺は、覚束ない手付きでスマホのロックを外し、SNSアプリを開いた。
そこに表示されていたのは、女性と思われる知らない名前と、道端の花を撮影したらしい控えめなアイコン。
「…さゆは…?…誰だっけ、これ…」
見知らぬ名前に首を捻り、ひとまずトーク画面を開いてみる。
『今夜は楽しかったです!はるさんの歌、聞けずに帰らなきゃいけなかったのが残念で…また一緒にまほリリとリンゼちゃん語りしたいです!』
丁寧な口調で綴られたメッセージと、またね!と手をふる俺の好きな魔法少女アニメのスタンプ。
そのスタンプを目にした瞬間、朧気な会話の断片がふっと脳裏に浮かんだ。
『あの!…まほリリ、好きなんですか!?』
『え?…あ、はい…一期からずっと見てて…お気に入りなんです。』
『俺もめっちゃ好きなんですよー!さっき歌ってたあの曲!あれ歌ってる子俺の推しで!』
『そうなんですか!?私もリンゼちゃん最推しなんです!』
…なんとなく思い出してきた。
昨夜俺は、新しくオープンしたというアニソンバーの飲み放題歌い放題デーとやらの噂を聞きつけ、電車を乗り継ぎ初めてその店を訪れたのだった。
さすがはアニソンバー、バーテンダーも客も、全員がアニメやゲームに一家言持っている人ばかりで、俺は初対面のヲタ仲間達と飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎを繰り広げていたのだが。
…確かそこで、俺のアニヲタ人生を変えたと言っても過言ではない神アニメ「まほバラ」の、しかも俺の嫁キャラである「夜風リンゼ」のキャラソンを歌った女の子がいて…思わずその子に声をかけにいった…ような、気がする…
「うわぁ…声かけた後のことぜんっぜん思い出せねぇ…」
この気持ち悪さと頭痛の酷さからして、昨日の俺は相当調子に乗った酒の飲み方をしているはずだ。
だから仕方がない…と言ってしまうのは開き直りすぎかもしれないが、自分から声をかけたその女の子の容姿も、話した内容も、なんならSNSのID交換をした経緯も、俺は何一つ思い出せなかった。
「とはいえ…こんなメッセくれるくらいだし、たぶん普通に盛り上がった…はずだよな、たぶん。変なことはしてない…よな、たぶん…」
語尾がどうしても自信なさげになってしまうが、仕方がない。なんせ記憶がないのだから、自分の昨夜の行動への自信もなにも、あるわけがない。
「『また語りたい』、か…返事どうすっかなぁ」
メッセージの送信時間は昨夜の11時過ぎ。恐らく彼女は先に帰り、店を出て暫くしてメッセージをくれていたようだが、俺はそれに気づかず閉店ギリギリまで飲み続け、始発の電車に揺られて自宅に戻った。
それから泥のように眠り続け、現在時刻はまだギリギリ午前といったところ。
少し間が空いてしまっている上に、顔も思い出せない女の子からのメッセージになんと答えたものか、一瞬迷いはしたものの。
「…ま、リンゼたん推しに悪い奴はいないしな!」
寝坊しちゃった…と照れ笑いを浮かべるリンゼのスタンプを送ったあと、俺は無難にメッセージを返した。
『昨夜はお疲れさまでした!またリンゼたん語りましょう ノシ』
これでよし!とスマホを放り投げ、俺はうっすらと酒臭い自分の体臭に今更気が付き、いそいそとシャワーを浴びに向かうのだった。
…こんな、思い出せない、覚えていないだらけの、記憶に残らないようなたった一晩が。
俺が彼女に…早柚葉に恋をする始まりの日になるなんて。
人生とは本当に、どこで何があるかわからないものだ。