2.わんこ騎士爆誕
ずっとずっと、彷徨い続けていた。
ひとり使命を抱え、どこにいるのかも分からない相手を探し続けた。不安な夜もあった。ひもじさに挫けそうな日もあった。
そんな中、やっと探し求めた『姫さま』の生まれ変わりの少女に出会えた。
なんたる僥倖!
何よりも笑顔の姫さまを見ることができて、嬉しかった。
姫さま……前世の姫さまとはお姿が違う。確か、前世の姫さまの御髪は柔らかくウェーブした金髪だった。瞳は海のような深い青……だったと思う。
今のお姿は真っ直ぐな黒い髪に黒い瞳。
でも大丈夫、『彼』にはこの少女が探し求めた姫さまだと解るから。
嬉しい。
生きて、微笑む姫さまを目の当たりにできるとは……感無量だ。
しかも『彼』がお守りすべきその姫さまから、直々にお誘いを受けたのだ! ずっと放浪していた『彼』には有り難い申し出だった。明日の食事の心配をしなくて済む。
これまた僥倖。
しかし。
なによりも衝撃だったのは、自分は他者から見たら『白い大きな犬』だと認識されるということ。
(おれは犬かぁ。そうか……意識してなかったなぁ)
どうりで目線が低いままだ。自分が何者かだなんて、考えたこともなかった。無我夢中で、姫さまを探す方が先決だったから。
(おれ、犬かぁ)
半分、呆然自失となりながら少女(ひなたさまというお名前だ。彼はきちんと覚えた)に連れられ、彼女の家に辿り着いた。
ひなたの家は、木でできたとても大きな造りの家だった。不思議な形をした石が屋根に敷き詰められている。
彼の前世の知識にはない、不思議な平屋。
とりあえず、自分が『大きな』犬だと自覚したので、他者に危害を加えるような凶悪な存在ではないとアピールした。邪魔にならないよう、家人に気に入られるよう振る舞った。ぶっちゃけ、大人しくじっとしていた。
ひなたの家族は父、母、祖父母、そして兄の六人家族だった。
それに同じ敷地内の離れの小屋には女中がふたり。
この女中のうちの一人がひなたに不意に近寄ろうとするので、牽制するため歯を剥き出し唸り声をあげた。
「わんちゃん、おチヨはうちのお女中よ。ひなたをいじめたりしないから、安心して」
ひなたに宥められ、彼は唸り声を鎮めた。
彼女のそのことばを皮切りに、なにがあったのか、どうしてこの犬を連れてきたのか、ひなたの口から説明がなされた。
◇
「なるほど、ひなたを守ったのか」
「お願い、おじいちゃまっ! この子、ひなたがちゃんと面倒みるから! うちで飼ってもいいでしょ⁈ ひなたを守ってくれたんだよ!」
家族会議がなされ協議の結果、「大きな白い犬」は、この家の一員となった。
体毛が白いから『シロ』という名前をいただいた。
(シロ? そんな安直な……)
「わんちゃん。今日からあなたはシロよ!」
(ははっ! ひなたさまからお名前をいただけるとは、この上なき栄誉! ありがとうございますっ!)
とりあえず、なんとか飼育が認められホッとした。
これで側近くでひなたを守ることができる。犬の身なので家屋内にあげられることはなかったが、ちいさいが専用の小屋を父が作ってくれた。これで雨風が凌げる。有難い。
「ここがシロのおうちね!」
ひなた手ずから表札をかけられ、シロは恐縮しつつ嬉しかった。
ひなたが
「うちのお庭は広いわよ。ぜんぶシロがパトロールして守ってね! ここの門から勝手に出ちゃだめなのよ?」
と言いながら敷地の案内を買って出てくれて嬉しかった。『ひめさま』と一緒にいられる。これに勝る幸福などない。
ひなたの家族は、女中も含めみな仲が良く、誰もがこの家の娘を愛し慈しんでいた。そしてひなたも彼らを愛しているのがよく解った。
シロはそれを知ると、彼らと彼らの住む家周辺を守ろうと決意した。もちろん、最優先すべきはひなたの御身の安全だが。
ひなたが愛する御家族も、彼にとってはお守りする対象となった。
そして、人と生活を共にするのに様々なルールがあると学んだ。
首輪をしなければいけないとか。
鎖で繋がれなければならないとか。
こまめに身体を洗わなければならないとか。
つい、不満が漏れそれが唸り声となってしまうが、主人と見定めたひなたの御手ずから首輪を付けられれば、それは勲章と同義だった。
「赤い首輪、かっこいいね!」
(笑顔のひなたさまに拝謁できる栄誉には敵いません)
幸い広い庭がある家だったので、鎖も長く我慢の許容範囲だった。それもひなた御自ら付けてくださればこそ、ではある。
「シロ。お前、徹底してるなぁ。ひなた相手ならむちゃくちゃ素直!」
そう言ってシロに触ろうとして威嚇されては手を引っ込めるのはひなたの兄。彼女より3歳ほど年上だとか。
「唸りはするけど、それってヒサシが無理に触ろうとするからでしょ? なにもしなければシロは吠えないし静かなものよ」
そう言って庇ってくださったのは母君。ひなたに面差しが似ている。シロは犬の身になったせいか、人間の美醜について善し悪しは語れないが、美しい女人だと思う。たぶん。
「ひなたの専属SPみたいだな。だがこの家にいる以上、番犬にもなってくれよ」
そう言って笑ったのは、シロの小屋を作ってくれた父君。いい人。たぶん。
笑い声が溢れる家。家族みなが笑顔で過ごす家。
とても居心地がよい。
庭先に設けられた『シロのいえ』から、縁側とよばれる木の廊下の向こうに家族団欒の風景が広がる。床に直接腰を下ろすスタイルはなかなか新鮮ではあったが、犬の身から近い視線で見ることが出来て嬉しかった。
誰もが黒髪と黒い瞳。前世では見慣れない色だったが、誰もが同じ色というのは統一感を出すなぁと観察する。
シロはそれらを毎日毎晩、眺めるのが大好きになった。