序章
この物語はフィクションです。時代の矛盾とかあると思いますが、甘めに見て上げて下さい。あと物語は視点がちょくちょく変わるので気をつけて下さい。メールとか下さると頑張れます!
時、なれり。蒼き月紅き月、重なりし時、世の果てとなる。
歌へ、月に。
満ちた空に紫の月が浮かび、
人々が死してゆく。
「紫月」
誰であろうと、
定めは変えられぬ。
序章
「月が蒼い。」
奈月は容赦なく襲ってくる下腹の痛みに耐えながら、御簾こしに見える月を仰いだ。確かにいつもより蒼いような気がする。
「奈月さま、今は月に注意を向けている場合ではございませぬ。お産が近づいているのですよ。気をしっかりお持ちなされ。」
横たわる奈月の右手をしっかりと握り締め、仕女の怜が言った。奈月の腹は膨れていた。もう臨月だ。生まれるのも時間の問題であろう。
「もうすぐお医者さまがいらっしゃいますゆえ、安心なさってください。」
「分かったわ怜。待望の赤子ですもの。きっとあのお方だって喜んでくださるわ。あれほど優しいひとだから。」
何かを思い出したように小さく微笑んだ奈月の横顔を蒼い月光が照らした。美しい横顔だった。
奈月は都でも指折りの女郎だった。女郎ならば誰でもあこがれる最高の地位「太夫」を奈月はいとも容易くつかんでしまった。その後、幕府の重鎮であった細川則森の側室になられ、そしてその子供を身篭った。奈月は妊娠を喜んだ。だが、とたんに則森は奈月に冷たくなってしまった。彼はもう奈月に愛情を感じていなかったのだ。
表が騒がしくなり、数人の足音と共に医者がやってきた。
「お子さんが産まれます。さあこの棒をしっかり持って。」
三尺ほどの棒を奈月に握らせた。怜がお湯をはこんで来る。裂かれるような陣痛に耐えながら足を広げた。
「ああ・・。い・・。」
腕の血管があらわになるほど棒をしっかりと握り締めた。とたん、痛みとともに奈月の脳意を母の言葉が過ぎった。
『月光が蒼い夜に子を産んではならぬ。もしくは、その月光を決して赤子に浴びせてはならぬ。さもなくば、その赤子の右目はなくなるであろう。お前の名に月がある限りさけられぬさだめじゃ。しかと、心得よ。』
今宵の月光は蒼い。
「嫌よ!お願い月光を赤子に浴びせないで!怜、赤子を・・・怜!」
奈月の声が怜にとどくことは無かった。
やがて、産まれた赤子は「蒼子」と名づけられた。その愛らしい顔立ちには右目が無かったという。
亜寿野は今日も待っていた。だがあの人は来なかった。彼女は静かに泣きながら冷めたお茶をすすった。通い婚など信じた自分が悪かったのだ。
仕方が無い。夫は帝、つまりこの国の天皇なのだ。どんな勝手もこのお方なら許される。自分の他にも妻はごまんといらっしゃるのだから。
「亜寿野さま、気を落とさないでください。今夜こられなかったのはきっとお風邪を召されているのでしょう。悪いようには考えなさらぬよう。」
瑠璃は言った。彼女は亜寿野が嫁ぐ前から仕えていた仕女である。この年十六歳。もう嫁に行く年頃だ。亜寿野にとって小さい頃から苦楽を共にしたかけがえのない存在だった。
「気休めの慰めならやめておくれ。私はもうあの人にとっては用なしなのだよ。」
「考えたくありませぬ。あなたさまが捨てられるなど・・・。」
「お前まで泣くのはよしておくれ。」嗚咽混じりに言う。亜寿野は瑠璃の肩をそっとだいた。すまぬ、おまえにまでこのような思いをさせてしまって。
「だが紅子にはこのような思いをさせたくは無い。」
「ええ。紅子さまは生まれつき亜寿野さまに似てお美しゅうございます。きっと大きくなった暁には国中の男子が憧れる絶世の美女となられます。」
紅子とは今年五つになる亜寿野の一人娘だった。両親の愛情を一身にうけてすくすくと育っていた。幸い、帝と数多くの側室の間にできた子供は二人。女御である和子との間にできた龍則王子とこの紅子だけだ。帝はこの美しい少女を目に入れても痛くないほど可愛がっていた。
亜寿野はそっと御簾を上げた。今夜は満月だ。丸く大きな月がこうこうと紅く輝いていた。
「今宵は月が紅い。怖いくらいに。」
なにもなければよいのだが。
亜寿野はなにかえもいわれぬ不安を感じていた。何かが起こるような気がしてならなかった。
「ご心配になさらぬよう。ここ十年ほど都では目立った争いも飢饉もなにも起きてはいません。」
確かにここ最近ぶっそうなことは何一つ起きていない。夫の政治が良いとも思えぬが平和ではあるのだろう。
「あっ・・・!ああ、亜寿野さま・・・。」
瑠璃が一点を差してがたがたと震えていた。顔は真っ青だ。
「どうしたのか?真っ青だ。」
「こ、紅子さまが・・・・。」
「なに?紅子が?」 亜寿野が恐る恐る目を向けると、とっくに寝静まったはずの紅子が立っていた。
「紅子、」
亜寿野は駆け寄ってその美しい顔を見つめた。そのとたん、顔を引きつらせて叫び声を挙げた。
「お母様。左目が暗いよ。何も見えないの。それにとっても痛いの・・・。」
紅子は左半身を紅く染めていた。抉られた左目から幾度となく血が噴出している。
「瑠璃、早く医者を!!」
「は、はい。」どたばたと音をたてて瑠璃は出て行った。亜寿野はそっと紅子を抱きしめた。そして、これからの長い人生でこの子が体験するであろう不幸を思ってただ泣いた。
「どうか、この子に幸せを。」
お読みいただきありがとうございます。涙ちょちょぎれます。まだまだ続くんでよろしくお願いします。