メイド・イン・ジャパン
そろそろかな?
部屋の隅にある黒猫をモチーフとした置時計を覗く。丁度その瞬間、チャイムの音が部屋に響き渡った。
インターホンで確認するまでもない。僕は、素早く玄関へと向かい、ロックを解除しドアを開ける。
「よっ、センセ。このユガミさんが様子を見に来てやったぜ」
「おや。今回はユガミさんでしたか…珍しいですね」
「何だよ? アイツじゃなくてがっかりしたか?」
「滅相もない。きっと姫も喜びますよ。まぁ、一先ずどーぞ」
んじゃ、邪魔するぜー。勝手知ったる我が城とばかりに、すたすたと廊下を進む褐色のメイド。そう、メイド。クラシカルな姿の、メイド。
眼鏡・褐色・クラシカルメイド・鬼。
聊か情報過多な肩書きを持つ彼女だが、当然、というか勿論。僕は、メイドさんを雇えるような身分にない。残念ながら。
ついでに言えば彼女、僕の様子を見に来たわけでもない。と、なれば、勿論…
「よぉ~、お嬢! 元気にしてたか?」
「ユガミぃ~!」
そう言って勢い良く抱きつく鬼の姫。なんだかんだ言っても、やっぱりまだまだ子供じゃないか。一見するとそんな微笑ましい光景。
だが、現実は…
「クォラ! お嬢! あんだけ口を酸っぱくして言ったはずだよな? このユガミさんとの約束だったよな?」
ああ、何と美しき鬼達の抱擁…などではなく。その白い顔を見る見るうちに赤く染めていく姫。
「か、開口一番で、サ、サバ折じゃと!? ぎぶぎぶぎぶ!」
鬼メイドに鬼のようにサバ折をかまされる鬼の姫。
なんだかんだ言っても、僕は姫に甘い。そりゃそうだ。今の僕の生殺与奪の権は、彼女が握っているといっても過言ではないのだから。
…どこかのデーモンスレイヤーにでも聞かれたら、怒鳴られそうなセリフではあるのだけれど。
それに別段。今更この命を惜しむわけじゃないとは言え、こんな僕を多少なりとも必要としてくれた姫に対しては、少なくともあんな見事なサバ折、僕には真似できない。
なんて。たったそれだけのシンプルな話。
「いいか? お嬢。センセの物語をただ喰うだけじゃ、立派な月曜姫には成れねーぜって話だ」
「でもぉ~。だってだって~」
「おいおいおい。鬼の姫さんが言い訳たぁ、良い度胸だぜ、ホント」
「ふ、ふん! 知らんモン!」
「もんって、あのなぁー」
深い深い溜息とともに、何故かこちらをちらりと一瞥するユガミさん。ああ、これは、甘やかしすぎた僕にも責任があるんだぜって、そんな顔だ。
「お嬢よ。艶魔サマも楽しみにしてるんだぜ、お嬢のレポート」
「ぐぬぬぬぬ」
「センセの物語を喰って、それをレポートとして艶魔サマに提出するってのは、センセんとこでホームステイするための、条件の一つだったろ?」
僕の知る限り、条件・取り決め事は他にも幾つかあるものの、このレポートの作成は中でも重要な条件の一つであることは間違いなかった。そんな事は当然、姫も承知のはずであはるんだけどね。
「それをサボタージュしてるよーじゃ、この生活にも終わりが見えてきちまうって話だ」
そんなの、嫌だろ?
ユガミさんのそんな呼びかけに対し、ウンウンと高速で首を上下させて見せる姫。
「まっ、言葉だけなら何とでも言えるしな。百聞は一見に如かず。今日はこのユガミさんも、センセの物語を一緒に聞いて、レポートも一緒に考えてやる」
「ほ、本当か!? ユガミ、その言葉に二言は無いなっ?」
「おうっ。ユガミさんに任せとけ」
じゃったら。さっそく!
――《月曜会》を始めようぞ
◆ ◇ ◆
むかしむかし、あるところに。穴を掘る男が居ました。
ひたすらにひたむきに。ただただ毎日、ひがな一日、男は穴を掘って過ごしていました。
「おいおい。一体お前は何のために穴を掘っているんだ?」
「何のため? どういう意味だ?」
「いや、何か理由があるから穴を掘ってるんだろ?」
「まぁね。勿論、目標はあるよ」
「温泉か? それとも埋蔵金とか?」
「…内緒さ」
実のところ。
男は、たた単純に穴を掘るのが好きでした。最初は、穴が掘れればそれで満足でした。
ところがある時。来る日も来る日も穴を掘り続けていくうちに、男は、ふと疑問を抱きます。
このまま掘り続けたら、最終的には一体どこに繋がるのだろう、と。
古びた地図を何度広げてみても、答えも結論も出ませんでした。
「だったら、掘るしかない。掘って掘って、この目で確かめるしかない」
雨の日も、風の日も、雪の日も。
暑い日も、寒い日も、そうでない日も。
地震が起きても。火山が噴火しても。戦争が勃発しても。
家族が亡くなった時でさえも。
男は穴を掘りました。一心不乱に掘りました。
穴を掘ることは、男の人生そのものだとも言えました。
いつからか、男には確信があったのです。
きっと、この穴は、地球の裏側に繋がっている筈だ、と。
反対側。即ち、対蹠地。或いは対蹠点。
男は、この国の裏側にあるであろう国に思いを馳せ、穴を掘ります。掘り続けます。
何年、いえ、何十年が経過したある時。その日は、何の前触れもなく訪れました。
そう。
穴が、裏側の国へと繋がったのです。
今日この日のために、夢にまで見たこの日のために、男は、密かに外国語を勉強していました。
さて、どんな一声を放ってやろうか。男が、穴の出口から手を伸ばすと、誰かが男の手を掴み、穴から引き上げてくれました。
さぁ、待ちに待った感動の瞬間です―――
「?だんたきてっやらかこど、だれだえまお」
男の掘った穴は、果たしてどこに繋がってしまったのか…。
その後、男がどうなったかは、穴のみぞ知る。
ちゃんちゃん。
◇ ◆ ◇
「さ、この話はこれでお仕舞。お二人とも、どうでした?」
「何なんじゃ! どこに繋がったんじゃその穴は! ブラジルか? ブラジルなのか!?」
「さぁ?」
「んにゃあああああ!!!」
「それと、日本の裏側はブラジルなんて良く言いますけどね、実はあれ嘘なんですよ」
「はぇ!?」
「本当は、普通に海の上なんですよね。日本の裏側って」
まぁ、それだけ海は広いな大きいなって話なわけだけど。ちょっとがっかり感が否めないのもまた事実。
「ところで…ユガミさんってば、寝てません?」
「なんと!? あ、あれだけ大口叩いておいて寝るとか、なんて奴じゃ! 起きんかユガミ! 主人を差し置いて眠りこけるとは何事じゃ!」
「んあ~? ……あ、ヤベ。寝ちった。てへ」
これぞ正に。
穴があったら入りたい。
お後が以下略、なようで。