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正気泥棒と昔話を 後編


 気が付くと、僕は、蘇っていた。

 気が付くと、僕は、現世にいた。


 どちらも確証があるわけじゃない。

 でも、見上げる限りの、この果てしない青い空を見れば…ここが地獄でないことくらい、容易に想像がついた。


「おっ、みらい。よーやっと目を覚ましたよじゃの。全く、手の掛かるやつじゃ」

 

 誰かが、何かを言っている。

 でも、もう、僕には関係の無いことだ。

 だって僕は、死んだのだから。

 

 ………いや、待て。何だこの自己矛盾は。


 確かに僕は死んだ筈だ。確かに地獄に堕ちた筈だ。今でも思い出せる。あの、特徴的な印象深い真っ赤な空を。


 だがどうだろう。どういうわけか僕は、今、自宅のベッドの上で、窓越しに青い空を見ている。見慣れた、青い空を。


「可笑しい。ここは僕の家だ」

「そーだよ? それって、何も可笑しく無いヨ」


 某県某市とある田舎町にある何の変哲もない一軒家。一人住まいの一軒家。それが我が家だった。そう、だった。


「…僕は地獄に堕ちたよね。なのにどうしてここに居るのかって意味」

「みらいの疑問は直ぐに解けるヨ」

 そう言って、にこりと笑う鬼の姫。

「答えは簡単。全部わちのおかげじゃne!」

 そうだ。鬼の姫だ。むしろ、そもそも何故彼女が僕の目の前に居るのか。確かに僕が再び我が家に舞い戻ってしまったことも疑問だけれども、問題レベルでいえば、目の前に彼女がいることも同レベルかむしろそれ以上の問題なのでは?

「成程そうでしたか…で、終わる話じゃないよね?」

「え~? そーかなぁ? わちが凄いって話で終わりじゃろぉ」

「いや、ダメでしょ」

「んー。でもわち、お腹すいたしなぁ。あっ、丁度いいからそこから話す?」

 何が丁度いいのか全く分からなかったものの、とにもかくにも現状把握が第一優先。とてとてと、僕の居るベッドまでやってきて、ポスンと座って話始める鬼の姫。

「あのなぁ? わちなぁ? 鬼の姫なんじゃ」

「地獄でもそんな事言ってましたね」

「だって事実じゃし。わち、《月曜》の鬼の姫、千姫。あんだすたん?」 

「月曜って、あの一週間の月曜ですか?」 

「月曜は、まぁ、地獄での役職というか。制度というか。うむ。難しいことは、わちも良く知らん!」

 そう言って何故か偉そうにその薄い胸を張る鬼の姫。そういえば、今は黒のドレス姿ではなく、Tシャツ&ホットパンツの随分ラフな格好だ。何故か『ザ・地獄』とプリントされた白のTシャツだ。

「だが、こっからが一番大切な話じゃ、みらいにも関係する話じゃ」

 そう言い結んだ彼女が、不敵にほほ笑む。良い予感は、勿論しない。

「月曜を継いだわちは、主に、《物語》を食べる鬼なんじゃ」

「物語を、食べる? それに、それがどう僕と関係しているんですか?」

「地獄でみらいがわちに聞かせてくれた話。わちな、あの味を気に入ったのじゃ!」

「それは光栄ですが、つまり君は、あの話を、食べたのですか?」

「そーだよ。美味しかった。また食べたいなぁって。だから」

「だから?」

「来ちゃった」


 そう言って、姫は笑った。そりゃもう、目の毒なほどに眩しい笑顔で。


「それになぁ、これは《月曜》を継いだ鬼の宿命なんじゃne! 鬼は嘘を付けんから。語られる話は必然限られてしまう。だから、月曜の姫は、物語を食べるためにこうして現世に出向くのが通例じゃ」

「分かって様なそうでない様な。君が月曜ってことは、火曜から日曜まで、その、役職? はあるのですか?」

「おぉ、そうじゃそうじゃ勿論じゃ。例えば、夢を食べる鬼姫、希望を食べる鬼姫、運気を食べる鬼姫、とかな! 艶魔を除いて7人の姫がおる。わちを入れてな」

「地獄ってのは、随分とファンタジーな世界だったんですね」

「じゃが、そのふぁんたじーのおかげで、みらいは現世に戻ってこれたんじゃぞ? わちの即位の儀に伴う、恩赦のおかげでな」

 恩赦などと言う目の前の童女のような鬼っ子にはおよそ不釣り合いなワードが出てきたところで、僕はふと考える。

 とどのつまり、僕は、この姫に助けられたということか、と。

「感謝の言葉が聞こえんなぁ、みらい」

「……別に、生き返りたい何て言ってませんから、僕」

「素直じゃないなぁ。もっと喜べばいいのに」

「生きる意味も、今更ない」

「辛気臭いなぁ。生きてるだけで充分じゃろうに」

「僕は、最低な男なんですよ。独り者だし」

「みらいが何をして地獄へ送られてきたのか、わちは詳しく知らん! みらいの過去も知らん! だがな、みらい。わちはお前に恩赦を与えたんじゃ。つまり、その原因は、無かったことになった」

 ………《アレ》が、無かったことに? 

 そんな嘘のような話があるだろうか? だが、実際問題僕はこうして、今も、現世に居る。ここに、居る。

「生きる意味が無いというのなら、みらい。お前は、今後、わちのために生きるんじゃ。みらいはわちに借りがある。それともみらいは、恩も返さぬクズ人間なのか?」

 誰かが昔言っていた。一番の幸福とは、自分の誤りを正す機会を与えられることである、と。セカンドチャンスを与えられることである、と。

 だからってわけじゃない。決して。これは、そう、ただ単に、僕のプライドの問題だ。ぺらっぺらに薄っぺらくて安っぽい、そんな僕のプライドの問題だ。

 この、委細も知れぬ、正体の分からぬ、自称鬼の姫などという存在に、ただ単に、借りを作りたくなかった。


 切っ掛けは、いつだって、そんなシンプルな話なんだ。


「君が何者なのか、どうして僕なのか、どうしてここに居るのか。そんな事は、もう、どうだって良い」

 だって、目の前の事実だけは、もう変えることはできないのだから。だからこれは、諦めなんかじゃない。これは、そう、禊であり代償だ。

 僕は一度死んだ。死んで蘇った。だったら僕は、生まれ変わった気で第二の人生を歩むしかない。唐突に与えられたこのセカンドチャンスを生かすも殺すも、自分次第。つまりはそういう話。

「うむ。良い心がけじゃ。何事も受け入れる肝要さが肝心じゃ。さぁ、わちを敬うといいぞ! もてなすといいぞ!」

「では、姫。僕はこれから、姫のためにいったい何をすればよろしいでしょうか?」

「わちの生活のお世話、かな。ほら、わち、姫じゃし。地獄ではメイド達があれこれやってくれたんじゃ。因みにわち、生魚は嫌いじゃからne!」

 つまり、僕に、鬼の姫のメイドになれと? 成程これはなかなかに奇妙なセカンドライフ。

「先程、物語を食べる鬼だと仰ってましたが」

「主食は物語じゃけど、普通の食事もするヨ。時にみらい、お前、料理の腕は?」

「一人暮らし長いですので、まぁ、多少は出来る方かと自負してますが」

 家事全般においても然り。けど、それは人間に限った話。鬼が相手となると、その常識が通用するかははなはだ疑問だ。

「うむ、良き哉。じゃが、みらいに何より期待するのは、物語だけどne!」

 彼女は、姫は、僕の過去を知らないと言っていた。だったら、僕が売れない絵本作家だった事も、果たして知っていたのかどうか。地獄での、たった一度の、あの話を聞いただけで。それだけで僕に恩赦を与え、地獄から連れ戻し。こうして現世の僕の所までのこのこやって来た。


 それも全ては。僕が語る、僕の作った、僕の物語を聞くために。そのためだけ。


 こんなにも、人から必要とされたことはない。少なくとも生きていた間には。

 何故だが、急に胸の奥に熱いものが込み上げてくるような、何だか気恥ずかしいような、それでいて思わず笑っちゃうような。奇妙な感覚。残念ながら僕は、この感覚の名前を知らない。

「姫。僕、頑張るよ」

「うむ。せいぜい頑張れ。死なんよう頑張れ。死ねばまた地獄で無間送りじゃからな」

「…え?」

「恩赦はあくまで生きてる間の話じゃ。現世での話じゃ。死ねば、無間送り。鬼達は手をこまねいて、地獄でみらいを待ってるじゃろーなぁ」

「まって、まって。今、色んな感情がぐっちゃぐちゃで上手く言語化出来ない」

「物語を食べるという行為は、《月曜》の姫にとって儀式的側面もあるわけじゃ」

 姫は、僕の感情なんざ知ったこっちゃないとばかり、一方的に言葉を結ぶ。ああ、確かに彼女は姫なんだなと、何故だがすごく実感する。

「故に、みらいが物語り、わちが食す。その行為、機会のことを《月曜会》と呼ぶことにする。えへ、良いじゃろ?」


 こうして、僕と姫との、奇妙な共同生活が幕を開けた。

 これは。

 僕と姫との、昔話だ。

 僕と姫との、思い出話だ。

 僕と姫との、出会いの話だ。

 僕と姫との、千夜一夜物語だ。

 だからこそ。

 この話の最後は、姫のこのセリフで締めくくられるんだ。


「さぁ、今宵も」



 ――《月曜会》を始めようぞ





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