準備と出発
ナイフホルダーにナイフを仕舞い、バグ・ナクはベルトに引っかける。クナイに似た投げナイフを腰の後ろにいくつかぶら下げる。あとは、隠しナイフをブーツやら袖やらにしかけ、片手剣を腰に下げたら武器の準備はオーケーだ。余ったものはバッグの中へ。
「この子たちがいてよかった」
安堵の念からつい笑ってしまいながら、そっと慣れ親しんだ形のそれらを撫でる。
小部屋にあった箱の中身は暗器だった。どれも魔力を帯びやすい素材で、色は闇のように真っ黒だ。
箱が魔の法で封をされていたことと、武器に魔力を帯びさせることが可能なことから、おそらくこれは異世界産であるか魔族たちから奪ったものかの二択だと思われる。
もし魔族が持っていたとすると疑問が湧く。だって武器なんか使わずとも、多い魔力と予備動作のいらない魔法で敵を殺せるだろうから。わざわざ武装する理由があると思えない。
しかし異世界産だと考えると、何故扱える者のいないお城の武器庫にあったのか分からないし、なにより異世界を渡るにしては【保護】が薄すぎる。
……なんて、考えたって仕方ないか。とりあえず慣れた武器を手に入れられたことを喜ぼう。ちゃんとした武器は私が使うものじゃない気がするから、あまり使いたくないんだよね。
頭を振って切り替えて、装備品のチェックに戻る。
武器は大丈夫。遥さんとお揃いの腕輪も忘れずにつけている。バッグの中身も問題ない。あとはローブを羽織って……って、あ。
「ねえ、ロード」
「どうしたの?」
「ローブを留めるものが欲しいんだけど、何か持ってる?」
留め具を忘れていた。結局ブローチを取らなかったから。
ええ、そんなもの持ってるかなー、と懐を探っている彼をぼーっと眺める。
私とほぼ変わらない身長。深い緑のローブに焦げ茶の杖、そしてカラフルな大量のアクセサリー。きっと、その一つひとつに魔法陣が刻まれているんだろう。
頭の動きに合わせて灰色の髪がふわふわ揺れる。ふと、紫の瞳が私を見た。
「あった。これでいいかな?」
差し出されたのは大きな安全ピンのようなものだった。
ちょいちょい、とローブの前をあわせてピンで留める。いい感じだ。
「ありがとう。大丈夫そう」
「よかったよ」
「……ところで、バルドが遅いね」
まだまだ一刻には時間がある。私たちの用意が予想より早く終わったせいで待ってしまっている。
「まあ、鎧だしね」
「旅路で困らない? あの格好だと」
戦では役に立つだろうけど、これからの旅にはただただ邪魔な気がする。
「そこらへんを調節するために時間がかかってるんじゃないの?」
なるほど。
納得ついでに暇潰しを求めて話を振る。
「ところで荷物は持ってないの? あと馬や馬車は?」
旅なら馬も馬車も貰ってこなくちゃいけないよね。先に済ませてくればよかったかな。
「そっか、君は知らないよね。魔術具――魔術を込めた道具が代わりをするんだ。荷物を仕舞っておける魔術具を持ってるの」
ロードが手のひらを上にして指輪の一つに魔力を流す。すると瞬きのうちに鍋が出現した。
「ただ仕舞ってるだけだから、生モノは中で腐っちゃうし生き物は入れられないけど。すごくラクでいいよね」
「へー、便利! 羨ましいな」
「君にも一つあげるよ。この指輪を一つの鞄だと考えながら魔力を込めればいい。君の身体より大きな物は入れられない」
シンプルな指輪を受け取り左の中指に嵌める。そしてバッグから取り出した投げナイフを仕舞ってみる。お、消えた。出てこい、と念じる。出てきた! 想像通りの場所にきちんと出現する。
次は左手ナイフを上に投げる。仕舞えない。ならばとキャッチして仕舞い、上空をイメージして取り出そうとしてみる。段々出現高度を下げていって、今度は右手でもやってみて――ふむ。
実験の結果、指輪の周囲、半径一メートル程度の範囲に取り出せることが判明した。しかし仕舞うときは触れていないとダメ。うーん、よく出来てる。重たいものを取り出すとき、手のひらの上に出てこられたら潰れちゃうもんね。
これ、すっごく便利だ。ぜひ他の世界でも流通してほしい。戦闘に組み込めばかなり有利に運べる。まあつまり、敵がこういった方法を使うかも、ということだ。警戒しておこう。
「手慣れたものだね」
私の行動をじっと観察していたロードが思わずといったように笑う。
「何事も試してみないとね」
茶目っ気たっぷりにウィンクすると彼は更に笑みを深めた。
「殊勝な心がけだね……あと、移動に関してだけど、途中まで転移陣を使うから。毎回魔王の居城は違うんだけれど、いろんな所に移動陣があるからだいぶラク出来るんじゃないかな」
道中の魔物を殺さなくていいのか、と思ったけれど、遥さんのためにさっさと進みたい。この国がどうなろうと私の知るところじゃないので
「魔王の居場所は分かってるの?」
と聞くに留めた。
「魔王の居場所というか……ティタスの居場所が分かるね。君も遥の居る所が分かるでしょ?」
平然と言うロードに私はギョッとして顔を向ける。
「わかんないよ? むしろどうしてロードは分かるの?」
私が心底不思議そうに言ったからか、彼は目を丸くした。
「そりゃ、そういう魔術具を持たせてるからね。ミハルだってその腕輪、相手と繋がってるものになってるはずだけど?」
え?
まじまじと自分の腕に嵌められた水色の透明な石を見る。魔力の結晶。なのに私の魔力と交じることなく触れている。
これで、遥さんの場所が分かるの?
「方法を教えてあげる。さぁ目を閉じて。集中して。相手のことを考えて。その魔晶石の魔力を追って」
彼の声に大人しく従う。目をつむると自然と遥さんが思い浮かんだ。
ふと、パチ、と音がした。
――分かる。いる。
唐突に、線で繋がったように、腕輪のある場所が分かった。
特に打ち合わせた訳でもなく、ロードと同時に東を見た。
「……遠いね」
「うん、かなり。早くあいたい」
「東はどんなところ?」
「気候は穏やかに安定していて食べ物は美味しい。そういう意味では、心配しなくていい」
「そう」
手を伸ばす。この手が届く位置に、早く立ちたい。
「行くしか、ない」
低い声が耳を揺らした。意識を引き戻す。振り向くと、バルドが静かに立っていた。
「……そうだね。ここで何を言ったって変わる訳でもない」
彼なりの励ましに笑みをこぼす。
気弱になるなんて私らしくない。結局なるようにしかならない。
そう切り替えているうちにロードがバルドに話しかける。
「いきなり現れるから驚いたよ」
「すまない」
「まあ、大丈夫、なんだけど……」
彼は必要最低限の鎧しか身に着けていなかった。旅おいては当たり前のことだけれど、元々が鎧人間だったためにロードが驚いた顔で視線を上に下に動かしている。
黒の短髪に濃い青の瞳が日に当たって輝く。
私の倍近い身長に筋肉がしっかりついている身体。その要所要所にピカピカに磨かれた銀色の防具たちが着けられている。
ハーフアーマー、ガントレット、肘と膝。盾と大剣は背中に背負っているらしい。
冷たい雰囲気を持つ顔立ちが私をじっと見つめた。
「……本格的に、鎧止めるんだね」
引き結ばれていた口元がふと緩む。
「ああ。勇気を貰ったから」
「そっか」
ふわりと流れた柔らかい空気にロードが首を傾げた。
「いつからそんなに仲良くなったの?」
「ちょっと前にね」
「へーえ」
やめて、そんな怪訝な目で見ないで。私だって不本意なの。好感度は最低限が理想なのに!
……うん、まあ。それも、考えたって仕方ない。
「――ねぇ二人とも。覚悟は出来てる?」
私は小さく問いかけた。
「できてなかったらここにいないよね」
「勿論だ」
力強い肯定に唇を吊り上げる。
感謝の代わりに髪を高く結んだ。遥さんからもらった大切な結い紐。これが汚れたり地に着いたりするときは、私が死ぬとき。ただそのときだけだ。
「さぁ、行こう」
遥さんが無事ならいい。身体にも心にも欠けが一つもなくて、健やかで、笑っていたならいい。
そうじゃなければ世界ごと滅ぼしてやる。私の全てを賭けて脅威を排除してやる。
――そう。
私は遥さんのためならどんな人間でも殺せるし、自分勝手なこの世界だって救う。
遥さんが笑っていない世界を生きる理由なんてない。だから、彼が幸せでいるためなら何でも出来る。
あなたのためなら、なんだってしてみせる。
決意を胸に、私は一歩踏み出した。