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あなたのためならなんだって  作者: 夏秋ふゆ
予想通りとイレギュラー
1/10

優先事項は一つだけ

「あ、ちょっと待って!」


 そろそろ帰宅しようかと立ち上がった私に、そんな声がかけられた。


「どうしたの、遥さん?」

「いや、えーっと。お、俺のこと好き?」


 休日の穏やかな昼下がり。会わないか、と幼馴染みのお兄さんから連絡があり、喜んで彼の家に駆けつけたところそうめんをごちそうされた。不満はあったものの美味しく平らげた、そのあとの発言である。


 ……正直、花の女子高生が十近く年上の男性にせっせと会っているのをなんと心得るか、と言いたい。しかも毎回お揃いの水色の腕輪をつけて、普段よりオシャレして、だ。

 動きやすさは損なわず、しかしかわいく見えるようにと考えたコーデ――大きめのシャツに短パンと薄手の黒タイツ――はバッチリ私に似合っている。機能性重視の大きいバッグはパステルパープルでかわいさと大人っぽさを演出。

 それなのに、遥さんは部屋着にいつもの腕輪だ。サイズを間違えたのか、細い体がパーカーを泳いでいるのでさらに小柄に見える。


 ああ、話がそれた。遥さんがあんまりなことを言うので現実逃避してしまった。


 ――好きに決まってるじゃないか。ヘンなものを寄せ付けそれに好かれる私の体質を理解を示してくれるだけじゃなく、私が運ぶ面倒ごとに対して歓迎し十年間も楽しそうにしてくれる。そんな相手、誰でも惚れると思うんだけど。

 『急に消える』とか『怖い』『何を考えているのかわからない』という評価の私には、本心で話せる人間なんて遥さんしかいない。


 そんなレベルで遥さんにべったりなのに。それを分かってるくせに『俺のこと好き?』ってヘタレるならいっそ蹴りを入れたい。


 私の不穏な空気を感じ取ったか

「ごめんなさい!」

 と勢いよく謝られた。察しはいいくせに鈍感ぶるから圧力をかけられているのだと、十分に反省して欲しい。


「いやー、あの。出来れば、俺と……」


 ……これは、もしかして、告白?

 たぶん、私はわかりやすくソワソワしていたと思う。私の様子を見て遥さんが苦笑して、口を開いた――その瞬間。


 いい雰囲気を邪魔するように床が光った。


「なに、この光?」

「……うん、転移系かな。召喚されたのかも」


 もはや驚きもない。この十年でどれだけ異世界に行ったり変な生物と関わったりしただろう。

 だんだんと床の輝きが増していく。


 完全に転移してしまう前にバッグを掴んでおく。うんざりしながら行ってきますと言おうとした時

「あれ、もしかして俺もトリップする……!?」

 という声が耳に入った。


 ――そんな、ダメ! 遥さんは私と違って悪意に慣れてない! あんなドロドロして面倒なことに遥さんをさらしたくない!


 そんな心の叫びも空しく、私と遥さんは異世界トリップした。


***


「おおー! 勇者どのの召喚が成功したぞ!!」

「勇者さま、世界を救ってください!!」


 最初に耳にしたのは世界が救われるという歓喜の声だった。聞き飽きた、(勇者)へ押し付ける希望の声。

 あたりを見ると、裕福そうなおじさんとふわふわしたドレス姿の女の子が目に入った。観察するようにこちらを見てくるのは、プライドの高そうな青年、置き物みたいにデカイ全身鎧人間、魔力が多い顔の見えないローブ人間。おじさんと女の子以外は喜びよりも警戒が大きいみたい。


 それにしても、『世界を救ってください』か……この発言にどれほど振り回されたことか。異世界を救ったという称号が、世界を越えても(ほま)れとなると信じて疑わない人間たち。


 まあ、でも。世界を救うだけでいいならまだましか。


「な、なあミハルちゃん。これどういう状況?」


 ボーッと考えていたから驚いて肩を揺らしてしまった。遥さんがいることを忘れていたので慌てて

「え、もしかして言葉が理解できてないとか? 通訳しようか?」

 と取り繕う。


「いや、ちゃんと聞こえてるんだけど……ミハルちゃん、話聞いてなかったね? 聞いてたらもっと反応があるはずだから」


 バレた。遥さんは私の嘘やごまかしにさとい。下手をすれば親よりも。


「うん、ごめんなさい。聞いてなかったです」


 素直に謝る。その素直さが面白かったのか、遥さんはクスクスと笑った。


「やっぱり……あのね、俺のこと間違って召喚しちゃったんだって。でも今すぐ帰すことは不可能だからどういう処遇にしようか……みたいな話をしてた。だから、俺はどうしたらいいのかなーと。ミハルちゃんに意見を聞こうと思って」


 他人の都合を全く考えていない発言。それを本人の前で言う無神経さ。だから偉い人間は嫌いだ。

 一瞬で頭に血が上った。あまりにひどい。どちらが上なのか理解させようと口を開いたが、それに重なって遥さんの声が耳に届いて止める。


「えっとまず、自己紹介からだよね……巻き込まれたらしい俺は、真中マナカハルカです」


 へらりと笑う彼に思わず毒気が抜かれる。さっきまで心を覆っていたどす黒い感情が解けていくのを感じて笑ってしまった。だから愛おしいの。

 つい笑顔になってしまったことを恥じながら

「私はミハル。世界を救うことに問題はないから、状況と戦力と敵の情報をください」

 と王っぽい人間に視線を向けた。


「おお、流石勇者どのだ! 理解がお早いうえに心優しい! すんなり頷いていただけるとは思ってもおりませんでしたぞ」

 豪華で動きにくそうな格好のおじさんは大げさに感激を表す。どうやらあまり面倒な人種ではないらしい。こういう権力を持つ人間には、助けてくれて当たり前だ、という態度を隠さず接してくるやつもいるから。嘘だろうと感謝を示すだけでマシな分類だろう……まあどれだけ有り難がろうと、異世界の人間を無理矢理召喚して帰らせることはできないと言う人間の好感度がプラスになるわけないが。


 さて、遥さんが身の置き場がなさそうにしていることは気づいているけれど、話が進まないので後回し。ごめんね。


「困っている人を救うのは好きですから。出来れば皆さんの紹介をしてもらっても?」

「構いませんぞ。こんな狭苦しいところからは移動しましょう」

「いいえ大丈夫です。世界を早く救いたいので、できるだけ手続きは短くお願いします。むしろ一週間後にでも出立できるように進めてください」


 勇者らしい余裕を持った笑みを浮かべると目を潤まされた。この台詞はだいたいどの世界でも言ってるんだけど、みんな違和感を覚えないらしい。私ならそんな聖人ぶった奴、めちゃくちゃ怪しむ。きっと彼らはタダほど恐いものはないと知らないのだろう。


「おお……! 素晴らしい! では、申し訳ないですが式典なども無くしていきましょう! 確かに行動は早い方が好ましい!」


 うむうむと首を振るおじさん――さっきからこの人しか話してないことを鑑みるに、たぶん王様なんだろう――が他の人間に目を向ける。


「では……アルベルト、メアリー、バルド。自己紹介をしてくれ」


 王が目をやった順に、性格悪そうな王子っぽい青年。脳内お花畑っぽい少女。強そうで無口な鎧。


「お初にお目にかかります、勇者様。こんな可愛らしいお方が勇者だとは驚きですね」


 王と同じ淡い金髪に青目のロン毛。二十代前半かな。


「どうもありがとう、アルベルト様」


 にっこりと笑うと同じように笑い返された……食えないやつだな。


「ご、ごきげんよう勇者さま! よろしければ異世界のお話を聞かせてくださいませ!」


 王と王子と同じ淡い金髪に青目のふわふわロング。私よりも年下だと思う。


「余裕があれば、是非よろしくお願いします、メアリー様」


 こういう勇者に夢をみてそうなタイプは捕まったら面倒だ。逃げよう。


「……よろしく頼む」


 鎧着てるしバイザーを上げてくれなかったので容姿年齢ともに不明……しっかしこの鎧、でかい上に隙間がほぼ無いね。動きづらくないのかな。魔術で工夫されてるのかな?


「こちらこそ、バルド様」

「自分は騎士だから“様”も敬語もいらない」

「わかった、よろしくね」


 頑固そうな気がする。私の得意な性格ではなさそうだけど、ここにいるってことは優秀な人間なのだろう。関わる機会は多そうだ。


 さっさと終わらせて遥さんと話したいので巻きで行く。そこの魔術師っぽい人間について言及!


「えっとそこのローブの、男の人ですか? あなたも自己紹介をしてもらっても?」

「彼はロードといって、世界でも有数の魔術師なんですよ!」


 姫が答えてくれた。ふーん、確かにずいぶん魔力が多いもんね。そんなふうに勝手に納得していると

「ミハルさま」

 と魔術師が突然しゃべりだした。


「覚えているでしょうか? そちらの年月はわかりませんが、以前スライムを拾ったことがあるでしょう」


 あるも何も、あれが遥さんと初めて出会った時だし。異世界関係で唯一の良い思い出だ。


「ありますが……もしかして、あの時の?」


 くすりと魔術師が笑う。ローブで隠れてるにしても線が細い男だ。まあ魔術が使える分、腕力も一般人より強いだろうけれど。


「いいえ、ボクの友人が、です。どうぞこちらへ」

「ロード魔術師。彼女は使命ある勇者ですよ? 勝手に呼び出したりは――」

「ついていきますよ」


 王子の発言を遮り彼について行く意思を示す。さっさとここを離れて遥さんに説明したい。魔術師の口振りからしてこれから向かうのは人の少ないところだろうし、罠だとしてもたぶん何とかできるだろうし。


「え、信用していいの?」

「うん、大丈夫。遥さんに何かある前に私が守るからね」


 不安そうに聞いてきた遥さんにそう答えると、彼は落ち込んだように肩を落とした。『俺は役立たずだ』とか考えこんでいるんだろう。


 申し訳ないけどフォローは入れられない。こういう事態に慣れてるのはナイショだから。

 でも、だからこそ。私は何度も異世界に召喚されたことがあるからパターンが読める。遥さんを守るためにこの知識を総動員しないと!

 放っておくことが増えるかもしれないけれど、私にとって何よりの優先事項は彼を無事に帰すこと。嫌われたって構わない。


 人知れず決意を固める。手始めにこの空気の悪い空間から出てしまおう。

 だから、振り返ってにっこり笑った。


「では、すみませんが失礼しますね。お願いがあったら皆さんを訪ねます」

「あ、ああ。そうしてくれてかまいませんぞ」


 状況についていけてなさそうな王の返事を聞き、私と遥さんとローブ男は小部屋から立ち去った……あ、王の名前聞いてないや。






21/11/21

大筋には関係しませんが一話から七話まで改稿しました。

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