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第八話 ウーゴの街の攻略戦

 苦しい夢を見た。人間の頃の夢だった。学校だか、会社だか、知らない。

 とにかく、嫌な夢だった。夢の中で俺は思う。次に生まれ変わるのなら魔物がいい。


 人間を喰らう魔物になりたい。憎い。憎い。この世の全ての人間を喰らってやりたい。

 目を覚ますと(うまや)の中だった。


 朝日だか、夕日だか、わからない。赤い光が窓から差し込んでいた。

 珍しいな。断片といえど、人間の頃の夢を覚えているなんて。


 起き上がると、心配そうな顔をしたマリアがいた。

「あの、ヘイズ様。大丈夫ですか? 何かうなされていたようですが」


「心配ない。時々嫌な夢を見るんだ。病気のようなものさ」

「ご病気、良くなるといいですね」


 悪くなる状況はあっても、良くなる未来はない。

 夢は何かを迫って来る。強くなれば、なるほどに。


 魔法薬で抑える処置もできた。だが、あまり魔法薬に頼ると体に悪い。

 マリアに愚痴を(こぼ)しても無意味だ。世は戦争の時代だ。


 弱さを見せれば足元を掬われる。たとえ、相手がマリアでも、だ。


「今は夕方か、それとも早朝か?」

「夕方です。ボレット様からのお呼びはありません」


「変わったことはあるか?」

「偉い人たちがもう長い時間、会議を開いています」


 ウーゴの街を攻めるかどうかの会議か。三傑の一人であるアーチは死んだ。

 マーリンもいないとなれば、絶好の機会。街を占拠できれば、街の人間を人質にできる。


 人質を取れば、マーリンも強力な魔法を使えない。さて、どう決断するか?

 夜になる。オークの兵士たちも街を攻めるのかどうかの話をしていた。


 オークの話で三傑の一人がわかった。ハーフ・エルフのセシルだった。


 女性だが、弓を執れば一㎞先の林檎を射抜く。

 剣を取れば、兵士百人に匹敵する。魔法にいたっては精霊をも召喚する。


 さすがに噂は誇張だと思う。だが、アーチの件がある。セシルにも何か秘めたる特殊な能力があるのかもしれない。


 夜が明けると、軍の動きが慌ただしくなっていた。陣内に戦の空気が漂う。

 マリアも暗い顔で語る。


「戦の気配がします」

「そうだな、兵士の顔が変わった」


 ボレット付きのオーク兵が厩にやって来る。

「三日後の昼に開戦だ。お前も心の準備をしておけ」


 オークは朝でも夜でも戦える。だが、どちらかといえば、夜の戦いを好む。

 昼に作戦行動を採るのなら、やはりマーリンのいない時を狙って街を落とす気だな。


「わかりました。御親切にありがとうございました」


 マリアが怯えた顔で訊く。


「私も戦場に行ったほうがよろしいでしょうか?」

「マリアは俺の財産だ。財産を戦場に持って行く奴はいないよ。ここで待機だな」


 マリアは戦争が怖かったのか、ほっとした顔をする。


「お気遣い、ありがとうございます」

「気にするな。マリアはできる仕事をしたらいい」


 戦争の準備期間中にヘイズはボレットがいない隙に部屋に侵入する。

 街の地図を盗み見て、寺院の場所を覚える。


 よし、あとは当日に忍び込んで、お宝をいただこう。

 開戦前日には、砦を守る千の兵が司令部よりやって来る。


 簡単な引継ぎをする。

 翌朝、オーク軍三千三百はハンザの砦を出た。


 ヘイズもボレットの使い魔として従軍する。

 約十五㎞の道のりを三時間掛けて踏破する。そこで二時間の休憩を取る。


 ハンザの砦からウーゴの街まで道が整備されていたので、衝車(しょうしゃ)は問題なく通れた。

 ボレットは陣の最後尾、街の東門から八百mの地点にいた。


 戦争が始まる。衝車を守るように歩兵が縦に長い列を組み進んでゆく。

 弓の射程に入ると、矢が飛んで来る。オーク剣士隊は矢を大きな盾で防ぐ。


 オークの軍勢は衝車を押して黙々と進む。

 衝車が城門から百mのところに来る。突如、空に直径十mの魔法陣が描かれる。


 魔法陣からはみ出さんばかりの大きな火の玉が降ってきた。

 火の玉は衝車に命中すると、衝車を焼き尽くした。


 ボレットの周りの将兵が慌てる。

「魔法だ。マーリンの魔法だ。マーリンがいるぞ」


 ボレットが険しい顔で怒鳴る。


「マーリンがいるのなら、私たちを狙って来るわ。今の攻撃は魔道具によるものよ。マーリンはいないわ。作戦を続行してください」


 司令官が命令する。

「作戦続行。今日中にウーゴを落とすぞ」


 二台目の衝車が進んで行く。だが、これも同じく魔法で焼かれた。

 将の一部が焦る。


「衝車はあと一台しかありません。次の衝車を焼かれては、街を落とすのに甚大な被害が出ます」


 ボレットが叫ぶ。

「敵は魔道具を消費しています。あのクラスの魔道具が敵にあると危険です。衝車を犠牲にして消耗させられるのなら、衝車を進めるべきです」


「作戦続行」と司令官が厳しい顔で叫ぶ。

 三台目の衝車が進む。三代目の衝車は焼かれなかった。


 衝車が門の前に到着する。衝車の丸太が門を叩く音がする。

 これは、街が落ちたな。


 もっとも、ここでマーリンかセシルが出てくれば戦況は変わるかもしれんが。

 二十分、衝車が門を叩く。オークの軍勢から歓声が聞こえる。


 門が壊れたな。城門に向かっているオーク軍から赤い花火がある。

 司令官が安堵する。


「門が壊れたぞ。突撃せよ」


 ちょっと安易に考え過ぎですよ。中はどうなっているか、わかりませんよ。

 オーク部隊が街にどんどんと吸い込まれていく。


 中が気になったので、ボレットに進言する。

「もう、勝敗は決した様子。中を見てきましょうか?」


 ボレットは素っ気なく命じる。

「そうね。ちょっと見てきなさい」


 ヘイズは空を飛ぶ。城門付近の戦闘は終わっていた。

 門の付近には人間とオークの死体が転がっている。


 街の中で耳を澄ませば、戦闘音が聞こえてくる。だが、悲鳴はない。

 妙だな。取り残された人間の苦しみの声がない。


 上空三百mまで行く。上から見ると、街には一般人の姿が見えなかった。

 遠見の魔法を使う。人間は街中にバリケードを作って応戦していた。


 なるほど、非戦闘員を逃がしたか。戦闘員だけで市街戦をやる策だな。

 人間は街中の地理を熟知している。対して、オークは地理に(うと)い。


 待ち伏せや奇襲で、できるだけオークの数を減らす気か。

 これは、もうちょっと、戦争が長引くな。


 ヘイズは寺院に向かって飛んだ。寺院の周りに六人の兵士がいた。

 目を盗んで寺院に侵入する。少し強めの感知魔法を使う。


 下から反応があった。寺院の中を飛び回り、地下への階段を発見する。

 地下に下りて怪しい扉を発見する。


 扉を開ける。クロスボウの罠があり、矢が飛んできた。

 ヘイズは軽く矢を手で掴んで捨てる。


 宝物庫だが宝珠らしきものは見当たらなかった。

 また、実用的な魔道具はなくなっていた。


 残っているのは、美術品や工芸品ばかりだった

 人間に持ち出された後か。オーク軍が先に来た様子はない。


 セシルはいなかった。非戦闘員もいない。宝物も持ち出されている。

 街が落ちると読んで、セシルが非戦闘員を大勢、連れて逃げたか。


 ヘイズは戦争前に、オーク軍内で情報を集めていた。だが、大勢の非戦闘員が街から出た、との報告はオーク軍に入っていない。セシルめ、敵ながら見事な手並みだな。


 ヘイズは鞄から容積が五ℓの泥棒袋を取り出し口を開ける。

 三十点ばかりの美術品や工芸品が泥棒袋に吸い込まれる。


 泥棒袋は魔法の袋。中には見掛けの百倍の物が入る。

 重さも吸い込んだ物は百分の一になるので重くはない。


 どうせ、オークには美術品や工芸品の価値なんてわかりはしまい。俺が貰ってやるよ。

 ヘイズは泥棒袋を鞄にしまう。クロスボウの罠を回収して物置に捨てておく。


 見つからないようにヘイズは外に出た。人間に用心しながら空を飛び陣中に帰る。

 ボレットはヘイズを見ると、不機嫌に叱る。


「遅いわよ。何をしていたのよ」

「面目ない。人間に追いかけ回されておりました」


「それで、中の様子は、どうなの?」


「街中で人間はバリケードを造っています。地理を活かして人間は戦っております。街中の通りは狭く、こちらは中々進めません」


 将の一人が司令官に進言する。


「門は壊れました。一度、兵を引いて態勢を立て直しましょう。ここまで来れば、二、三日、街を落とすのが遅れても問題ありません」


 別の将が司令官に献策する。


「いや、こうなれば、街に火を放つべきだ。中に残る人間を蒸し焼きにしてやろう。火攻めのほうが、我が軍の損害は少ない」


 ボレットも方針を提示する。

「火攻めは反対です。街にある財物が焼けます。もし、宝珠が残っていたら、王からお叱りを受けます」


 宝珠は持ち出されてないんだけどね。でも、教えてやる必要はなし。


 司令官が決断する。


「よし、街の東側を支配下において兵を休ませろ。人間は我らと違って夜目が利かない。夜戦で決着を付ける」


 ヘイズも伝令役を仰せつかったので、各隊に飛び司令官の指示を伝える。

 オーク側の兵が多い状況もあり、街の東側の占拠はスムーズに行った。


 オークたちが飯を食い休憩する。人間は地の利を活かすためか討って出てこなかった。

 夜になると再びオーク軍が侵攻する。だが、戦闘音は起きず静かだった。


 夜戦に出て九十分後だった。オークの伝令が司令部に入って来る。

「人間側の残存部隊が見当たりません。夕方には西門から逃走した模様」


 オークたちの顔が綻ぶ。

 司令官が命令を出す。


「よし、街を落としたぞ。生き残った人間を見つけたら、殺すなよ。奴らは奴隷兼盾になってもらわねばならない」


「はっ」と伝令が出て行くと、別の伝令が入って来る。

「申し上げます。寺院を捜索しました。ですが、宝珠はありませんでした」


 司令官が顔を歪める。

「予想はしていた。人間が持って逃げたか」


 気になったので、ボレットに尋ねる。


「ご主人様、宝珠って何ですか?」

「お前は知らなくていい話よ」


 教えてくれてもいいのにな、ケチ。

 ウーゴの街での戦いは終わった。跡片付けが始まる。


 ヘイズはそっと空に舞い、戦場に散った命を回収する。

 さあ、経験値ちゃんを、いただきますか。


 吸い上げた命の味から、戦争の結果を、だいたい予測する。

 オーク側の死者は六百名。人間側が二百名。Sクラスの反応はなし。


 街は落ちたがオーク側の死者が多いな。少ない兵でよく戦ったと、人間を評価すべきか。

 ウーゴの街は落ちた。だが、本番はシュタイン城戦である。


 シュタイン城戦ではもっと多くの命が散る予定だった。

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