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第六話 ボーア式暗号法

 夜の薄闇が訪れる頃、ヘイズは密書を受け取った。密書は封筒に入っていた。

 封蝋はごく一般的なものだった。封筒に魔法は掛かっていない。


 配達の途中で、盗み見の魔法で中を見る。

 中は一見すると無意味な記号の羅列が書いてあった。ボーア式暗号法か。


 ボーア式暗号法とは、オーク軍が一般的に使う魔法の暗号法である。

 密書を前に合言葉を唱えれば簡単に密書は読める。


 だが、合言葉がわからない場合は、記号の羅列にしか見えない。

 ただ、暗号の強度は、弱い。合言葉がわかれば、密書そのもがなくても良い。


 記載した記号がわかるのなら、中身を推測できた。

 記号の羅列をヘイズは記憶術の魔法で覚えた。


 ウーゴの街に近付き、夜が更けるまで待つ。

 感知魔法で、街を覆う魔法の網の弱そうな場所を空から探す。


 魔法の掛かりが弱い場所は八箇所あった。

 ランクBの魔物なら気取られず侵入できそうな場所が八方向、か。


 典型的な六龍二生の陣だな。

 八箇所のうち六箇所が罠。二箇所のみが本当に侵入に適した弱い箇所。


 弱点を隠しつつ、あわよくば敵を捕えんとする魔法陣だった。

 ヘイズは八方向のどの方向からも入らない。


 街の中央にある広場の上空に行く。夜の広場に人気(ひとけ)はない。

 広場の上から、そっと降下していく。


 魔法の網に触れそうになる場所で停まる。魔力の網を緩める魔法を展開した。

 ランクBクラスの魔物がヘイズと同じ真似をしたとする。


 魔法は作動して術者にすぐに知られる。だが、ヘイズは魔力に自信があった。

 ヘイズの魔力の干渉を受けた網の目は広がる。


 魔法の網にインプが通れる穴が空いた。ランクBの悪魔なら苦労する魔法の警戒網を、いとも簡単に潜り抜けた。


 暗闇の中、ヘイズは影に溶け込むように姿を変える。

 影から影へと移動する。ヘイズは目的の家を目指した。目的の家の窓は開いていた。


 そっと壁伝いに上がり中を覗く。一人の男が魔法の灯りを点けて、読書をしていた。

 ヘイズは窓から入って男の影に潜む。影から男の顔を窺うと、ジャスパーだった。


 ジャスパーの影を出る。

 ヘイズはジャスパーの一m後ろに立ち、ひそひそと声を懸ける。


「ジャスパーさん、ジャスパーさん」


 ジャスパーは振り向き、ヘイズの姿に驚いた。

 だが、大きな声を上げるのは、どうにか堪えていた。


 ヘイズは鞄から手紙を出す。

「オーク軍、作戦参謀、ボレット少佐からの密書です」


 ジャスパーは恐る恐るヘイズから密書を受け取る。小声で「西からパンプキン」と唱えて中を確認する。


 合言葉は「西からパンプキン」か。どれ、後で密書を読んでみるか。

 ジャスパーは密書を読むと、深刻な顔で天を仰いだ。


 どうやら、ジャスパーには良くない知らせだったか。

 ジャスパーは机の抽斗(ひきだし)から手紙を出してヘイズに渡す。


「俺からの密書だ。ボレット少佐に持って行ってくれ」

 無駄だと思うが中身を尋ねる。


「中身は何ですか?」

「開戦に関する重要な情報だ。くれぐれも。人間に知られるな」


 ほほう、オーク軍は、やはり何か策があったんだな。

 ヘイズが手紙を受け取ると、ジャスパーが怖い顔で確認する。


「待て。ここには、どうやって来た? まさか、空から侵入したのか?」


 ヘイズはさらりと嘘を吐く。


「いいえ。空には魔法の監視網があるとの事前情報を貰っていました。なので、荷物に紛れて侵入しました」


「そうか。それなら、いい。密書は必ず届けてくれ。密書は戦況を大きく動かす」


 窓からヘイズは飛び立った。ジャスパーに見えない位置で曲がって広場に行く。

 来た時と同じように、魔法の網を広げてヘイズは出て行った。


 帰る途中で、盗み見の魔法でジャスパーの密書の中身を見る。

 これもボーア式暗号法だったので、魔法で記憶した。


 すぐに帰ると有能と見なされる危険がある。なので、夜が明けてから帰った。

 ボレットは朝食中だった。だが、密書が来たと知ると、朝食を中断した。


 ボレットはヘイズの前で合言葉の「東からエッグ」と唱える。

 ジャスパーの密書の合言葉も頂いた。


 密書の中身を読むと、ボレットは邪悪な笑みを浮かべた。


「ご主人様、何か良い知らせですか?」

「お前には関係ないわ。下がっていいわ」


 ヘイズは(しゅ)()で紙を買う。 記憶した密書二通の内容を厩に行って写す。

 悪戦苦闘しながらボーア式の暗号を解読する。


 暗号を解読していると、食事を持ってマリアがやって来た。


「ヘイズ様の食事がまだだと思ったので、貰ってきました」

「ありがとう。気が利くな」


 マリアが不思議な顔で紙を覗き込む。


「その記号は何ですか? 規則性があるようですが?」

「何って、秘密の暗号だよ」


「私が解いても、よろしいでしょうか?」


 ルールを教えたところで、マリアに暗号が解けると思えなかった。

「一人でやるより、二人でやるか? どうせ、暇だし」


 ヘイズはボレットの密書のほうをマリアに渡し、解読方法のルールを教える。

「よし。なら、お前は、こっちを頼む。合言葉は西からパンプキンだ」


 二人で暗号に取り組んだ。夕食前にヘイズは解読を終えた。

『マーリン 七日後 留守 強襲 されたし。 宝珠 寺院 地下 宝物庫』


 なるほど、マーリンは七日後にいないのか。マーリンのいない時を攻めて街を落とせと進言しているのか。寺院に宝物蔵があるなら、俺もいただくか。


 解読が終わったので、ヘイズは紙を燃やした。

 マリアの解読の進み具合を確認する。マリアも解読を終えるところだった。


 初めてにしては、解読の速度が速いな。マリアはやはり頭の良い子だな。

「できました」とマリアが笑顔で紙を見せる。


『三日後 アーチ 林檎園 誘き出せ 。暗殺 決行 する』

「林檎園って、どこかにあるのか?」


 マリアが知的な顔で教えてくれた。

「ウーゴの街から三㎞離れた場所に林檎園があります」


「アーチって何者?」

「三傑の一人ですね」


 ボレットは三傑の一人を暗殺して戦争をスムーズに進めたい。理想はアーチを暗殺してマーリンのいない七日後に攻め入る作戦だ。


 だが、三傑の一人、アーチが暗殺されたとする。果たして、マーリンが予定通りに街を開けるかが疑問だった。


 警戒して街から出ないとする。そうなれば、一番大事な街攻めの時に、逆に強力な魔術士を相手にする危険が伴う。


 暗殺も戦争もオーク軍の作戦行動だから、見守るしかないか。

 次の日、ヘイズは、こっそりと暗殺の舞台となる林檎園を見学した。


 林檎園を探ると、五人の人間の姿を見た。

 人間は百姓ではない。斥候と工兵だった。


 まずいね、これ。奴らがオークの協力者なら、いい。

 だが、人間側の兵なら暗殺が読まれているね。


 二日後、ボレットの部屋にヘイズは呼ばれた。

 ヘイズが入ると、ボレットは人払いをする。


「お前は明日、精鋭暗殺部隊と一緒に行動しなさい」


 アーチの暗殺に舵を切ったか。俺は感心しないな。

 ヘイズは困った顔で申し出る。


「私、暗殺は苦手です。支援魔法もろくに使えません」


 ボレットが馬鹿にした顔をする。

「別にヘイズに暗殺を期待しないわ。ヘイズの仕事は観察よ。アーチが殺される場面を確認してくればいいわ」


 暗殺は失敗しそうなんだけどね。

 ヘイズは上目遣いに、おどおどした態度で尋ねた。


「ご主人様。もし、その、暗殺が失敗したら、どうしますか?」


 ボレットは鼻で笑った。


「どうもしないわ。失敗した結果を持ち帰ってくればいいわ」


 おやあ、ボレットの態度は何か怪しいぞ。

「ははっ」と内心を隠して下がる。


 気になったので、マリアに尋ねた。


「精鋭暗殺部隊の隊長って、ボレット様と、どういう関係?」

「精鋭暗殺部隊の隊長は、ボレット様のお兄様です」


 なるほどね。成功すれば暗殺作戦を立てたボレットの手柄。

 失敗したら、仲の悪いお兄様の責任。どっちに転んでも、ボレットに利するわけか。


 ヘイズは心の中でほくそえむ。

 ボレットは幸運だね。アーチも、お兄様も、両方が亡くなるんだから。


 ヘイズの心は決まっていた。

 暗殺の現場に入って来る人間も、オークも、皆殺しにする。


 全員を力として吸収するつもりだった。

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