第五十三話 ビクトルの影
ヘイズとマリアは久々と家に戻ってきた。
家の無事を確かめると買い物に行く。
銀行で金を下ろすとマリアに多めにお小遣いを渡す。
「これで好きな物を買え」
マリアは顔を輝かせて喜んだ。
「お心遣いありがとうございます。ヘイズ様」
ヘイズはパイロン骨董品店に顔を出す。
「魔石を売ってくれ」
パイロンはしれっとした顔で即答する。
「あるけど高いよ。最近は値上がりしてきた」
「高くてもいい。良質な魔石をくれ」
ヘイズは悪魔大金貨をテーブルの上に載せる。
パイロンが目を見開き悪魔大金貨をしげしげと確認する。
「こいつは驚いた。悪魔大金貨か」
「危険な仕事続きだったからな。えらく儲かった」
パイロンがにやにやしながら尋ねる。
「どんな悪事を働いたんだ」
「いいだろう、どんな仕事だって」
パイロンは桐箱に入った魔石を見せてくれた。
サンドラ用に高い魔石を買う。マリア用にはもっと安い魔石を買った。
パイロンは高い品が売れてご機嫌な様子だった。
「がんがん儲けてじゃんじゃん使ってくれ。そうすれば俺もハッピーだ」
気楽に言ってくれるぜ。
ヘイズは次の金になりそうな情報を尋ねる。
「なんか、儲け話はあるか?」
「儲け話なんてない、といつもの俺なら答える。だが、今日は金をいっぱい使ってくれた。だから教える」
パイロンは言葉を続けた。
「スーラ地方に動きがある」
スーラは一年のほとんどが雪と氷に閉ざされた場所である。
寒い場所ではイエティが棲む。温かい場所には人間が住む。
イエティは魔神側に付いている。だが、人間との戦闘はない。
人間にとって、イエティが棲む場所は寒すぎる。
その逆に、イエティにとっては人間の棲む場所は暑すぎるのだ。
互いに相手の拠点を占拠できても不快なだけ。資源は蟹と魚しかない。
お互いの拠点は離れすぎていた。また、住んでいる人間もイエティの数も他の地方と比べて多くない。無理に戦争して負ければ致命的。なので、お互いに戦争を避けているという状況だ。
戦争がない地域は傭兵にとっては失業地帯。ましてや、雇用主が貧乏とくれば見向きもされない。
「なんだ、蟹漁でも勧めようってのか?」
「やりたきゃやれよ。蟹は儲かるって話だ。それでだ、なぜ注目かというとだな。最近スーラではリヴァイアサンが活発に活動しているらしいんだ」
水の上位精霊か。戦争がなければ呼ばれない存在だ。一体、二体なら偶然もある。だが、複数体いるのなら誰かが何かをしている。まだ、情報が出回っていないのなら儲け話の可能性もある。
「わかった。気にしておく」
合流したマリアは、生鮮食料品を両手いっぱいに抱えていた。
にこにこしたマリアが教えてくれた。
「ヘイズ様に美味しい料理を作ろうと思いまして」
「もっと自分の物を買えばいいものを」
「えへへ」とマリアは笑った。
家に帰り、マリアを連れて地下室へ降りる。
魔法陣を召喚用のものに書き換える。
サンドラを呼び出した。サンドラの機嫌は良い。
「報酬を支払うよ」
ヘイズが魔石を渡すと、サンドラの顔が輝いた。
「いいの? これ上物よね」
「今回は儲かったから色を付けた」
サンドラは魔石を飲み込んだ。恍惚の表情を浮かべる。
「美味しいわ。魔力が体に染み渡る。次も活躍するから上質なのをお願いね」
「それなんだが、スーラでリヴァイアサンを相手にするかもしれない」
サンドラが途端に不機嫌になった。
「私、寒いとこ嫌いよ。それにリヴァイアサンって苦手」
「わかっている。ちょっとの間、お別れだ」
「いいわ。戻ってきたら教えて」
サンドラが帰ったので、マリアに魔石を渡す。
「これがマリアへの褒美だ。前回よりも上質な魔石だ」
マリアは魔石を口にすると顔を綻ばせる。
「酸っぱくない。甘いです」
マリアの基礎魔力が上がった。高い魔石だから一般的なダーク・エルフ並みにはなっただろう。 ちょっと奮発しすぎた気もするが、先行投資だ。
「高いやつだからな。もっと働けばもっと良い魔石をやる」
「これからも頑張ります。ヘイズ様」
マリアは機嫌よく地下室を後にする。
視界が一瞬光った。
次の瞬間、俺は白く広い空間にいた。魂の空間だった。
青いローブを着た小柄な黒魔術士がいる。
目は爛々と光るが顔はよく見えない。
黒魔術士の名はビクトル・ヘイズ。
ヘイズの中には二つの魂がある。ヘイズは二人で一人の転生者だった。
一人は兵頭景孔。もう、一人がビクトル・ヘイズだった。
ビクトルは語る。
「こちらは順調だ。兵頭そっちはどうだ」
「俺のほうも問題ないぞ、ビクトル」
ビクトルは笑う。
「それは結構。神への道は開かれた。龍神はきっと我らに味方する」
兵頭はビクトルを怪しく思っていた。
だが、魂は不可分なので協力し合う必要があった。
全ては神となり、この世界を変えるため。
ビクトルは澄まして語る。
「兵頭、スーラに向ってくれ。誰かが私の邪魔をしようとしている。遺産泥棒だ」
ビクトルは死ぬ前に研究成果をいくつも残している。
隠されたビクトルの遺産の一つを誰かが盗もうとしているのか。
あれは俺たちのものだ。誰にも渡さない。
「わかった。回収に向かう」
「頼むぞ。こちらはベルワランダを欺くのに忙しい」
視界が光ると、兵頭はヘイズとなり地下室にいた。
インプに転生を応援いただきありがとうございます。本作品は区切りがいいのでここでいちどストップします。スーラ編をやるかどうかは未定です。
【宣伝】よろしかったら一話だけでも見ていってください。
2021.02.18 新作はじめました。『老婆・ロード』




