第五十二話 龍神召喚
龍人たちがベルトランドを四方から囲み、古の呪文を唱える。
ベルトランドを中心に直径五mの青白く光る魔法陣が形成された。
龍人の司祭がカップに赤い液体を注ぐ。
ベルトランドが聖剣を抜いて天に掲げた。剣がガタガタと震える。
ベルトランドの目が怪しく光った。聖剣から聖なる白い光が失われる。
黒い靄がベルトランドから立ち昇り、聖剣に纏わりつく。聖剣は黒い光を放った。
ベルトランドの奴、聖剣を無理やり魔剣に変えやがった。
ベルトランドが魔剣を地面に突き立てる。
軽い地震が起こった。地震は止まない。
龍人の司祭が魔剣の刃にカップの液体をかける。
魔法陣から大きな黒い光の柱が立ち昇る。
光の柱は空中で全長二百mにもなる黒い龍になった。
司祭が歓喜の声を上げる。
「やったぞ、神が復活された」
ベルトランドを見る。ベルトランドは血の涙を流していた。
召喚は不完全だ。ベルトランドへの負担が大きすぎる。
まずい、これは長くもたんぞ。
黒の龍神が大きく口を開けた。口から黒い光の塊を吐いた。
光の塊が人間の本隊を直撃した。
直撃だ。さすがに生き残るのは不可能だろう。
だが、直撃の寸前、人間の本隊から白い光が弾けた。
かき消された黒い光の中から、人間の本隊を守る白の龍神が出現した。
ベルトランドが血を吐いた。魔剣の光が弱まる。
このまま黒の龍神が負ければ、スンニドロまで一気に陥落する。
マリアが危ないと思った。
背に腹は変えられまい。ヘイズはベルトランドがいる魔法陣の中に入った。
体中に不快な痛みが走る。痛みに耐えつつ、魔剣に触れる。
魔剣が聖剣に戻らないように黒魔術を行使した。
「聞け闘争の神よ。我が願いを叶えよ。我が命を捧ぐ。この地にもっと憎しみと暴力を。我が敵に壮絶な死を」
体中の血が騒ぐ。命が魔剣に吸われる。魔剣は黒い輝きを取り戻した。
空中で白の龍神と黒の龍神が戦い始めた。龍神は互いに光の塊を吐く。
ヘイズが全力で力を貸しても魔剣の維持は三十秒が限界だった。
魔剣が聖剣に戻る。ベルトランドは限界を迎えて倒れた。
白の龍神が先に消え。五秒後に黒の龍神が消えた。
龍神同士の戦いは一分にも満たない。だが、天は割れ、地が裂けた。
人間の部隊は壊滅した。ベルトランド隊もフラヴィア隊も大打撃を受けた。
激しく戦っていたのが嘘のようだった。戦場から勝者が消えた。
気が付いた時にはベッドの上だった。
泣きそうな顔をしたマリアが、俺の顔を覗き込んでいた。
「よかった。御主人様」
「戦争は、戦争はどうなった」
マリアが暗い表情で答える。
「人間の部隊は壊滅。こちらも甚大な被害を出しました。防衛には成功しました。ですが、勝利と呼んでいいのかどうか」
「守りきれたのなら勝ちだろう。それにこちらに大きな破壊兵器があるとわかれば、人間もおいそれと手出しはできない」
マリアが不安な顔で異を唱える。
「逆だと思います。人間はこれでどうしても、私たちを滅ぼそうと思うはずです」
マリアの意見も理解できる。でも、現状ではこちらが龍神召喚を長く維持できた。
こちらから手を出さなければ、しばらくは手を出してこないはず。
「ベルトランドはどうした? 死んだか」
マリアは首を横に振った。
「ベルトランド様の容態は重要機密として秘匿されています」
力を貸した俺ですらタダでは済まなかった。ベルトランドが無事だとは思えないな。
ヘイズが元気になった三日後。ベルトランドは車椅子に乗って皆の前に姿を現した。
ベルトランドは元気よく宣言する。
「この度の戦いで俺たちは大きな犠牲を出した。だが、大きな力を手に入れた。この力があれば人間たちの好き勝手にはさせない」
歓声があがる。だが、兵士は知っている。
人間もまた同じ力を手にしている事実を。されど、誰もそのことには触れない。
ベルトランドの演説は続く。
「俺はここに新たな国を創ると宣言する。この地は俺たちのものになるだろう」
たいした自信だと思った。だが、ベルトランドのような自信家が建国王になるのかもしれない。さすがにまだ万全ではないのだろう。ベルトランドは演説を終えると、すぐに引っ込んだ。
指導者が無事で兵は安堵した。
ベルトランドの演説の後で、ガガタがヘイズの元にやって来る。
ガガタは柔和な笑みを浮かべヘイズを労った。
「このたびの戦い誠に助かった。それでだが、ヘイズを大隊長として正式に迎えたい。ゆくゆくはスンニドロの太守の地位を約束する」
龍神は人間でも呼べるとわかった。この地には旨味があるが、危険でもある。
「悪いが即答はできない。ここの人間は危険すぎる」
「今の世の中、安全な地などないぞ」
「それでも俺は俺なりに納得したい」
ガガタは渋い顔して引き下がった。
「考えておいてくれ」
ガガタが帰ったのでマリアに訊く。
「お前さえよければ、ベルトランドに頼んでここの大臣にでもしてもらおうか」
マリアははにかんで断った。
「お言葉はありがたいですが。私はヘイズ様のもとにいたいです」
「俺が出世の道を捨てスンニドロを去るとしてもか」
「私は、どこまでもヘイズ様に従いていきます」




