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第五十話 トロルの勇者ボンダ

 謁見の間は岩肌をくりぬいて作られた、平べったい円柱状の空間だった。

 天井までの高さは五mある。トロルが立っていても頭はぶつかることはない。広さは直径が三十㎡はある。そこに、革の武具で身を固めたトロルが十二人いた。


 正面には、一回り小柄なトロルが座っていた。

 顔にペイントがあり、革鎧ではなく布鎧を身に着けている。


 布鎧には呪術的紋章が描かれているのが見えた。

 Aクラスのトロルだ。すると、奴がボンダか。空間中央に案内され床に座る。


 ヘイズはそこで壁際の柱に身を隠している十三人目の存在に気が付いた。

 気配の消し方が上手いな。正面中央奥の奴よりできる。とすると、ボンダは隠れているほうか。ボンダはSクラスだと感じた。


 ヘイズが気付くと、それはボンダにも伝わった。ボンダは柱の陰から姿を現す。

 姿格好は正面中央奥のトロルとそっくりだった。Aクラスは影武者か。


 Sクラストロルが正面中央奥に向かう。

 他のトロルたちが間隔を広げ座る空間を作った。


 Sクラストロルが座り、微笑みつつ名乗る。

「この村を預かるボンダだ。訳あってお主を観察させてもらった。許されよ」

「お互い初対面ゆえ、警戒するのは当たり前です」


 ボンダの表情と物腰は柔らかい。されど、気を許している感じではなかった。

「スンニドロの使者よ。用件を聞こう」

「援軍を出してください」


 ボンダは顎に手をやる。

「援軍を出す見返りに我らは何を得る?」

「スンニドロが落ちれば次はトロル領が危険です。ここはスンニドロを支援するのが賢明かと」


「我らには天然の要塞プレダルト山脈がある。トロル領は独力で守れる」

「アローラの森も天然の要塞。ですが、人間は深く侵入してスンニドロを落としました」


「我らではプレダルトの地を守り切れないと?」

「ダーク・エルフと同じ失敗を犯す必要はないと思いますが」


 ボンダとヘイズの視線が絡む。

 ボンダはしっかりとヘイズを見据えて決断した。


「わかった。援軍の件はどうにかしよう」

 いやに物分かりがいいと疑った。


 Aクラスのトロルが驚きの声を上げる。

「兄上、話が違います。この者を試すのではないのですか?」


 ボンダは顔を(しか)めて意見する。

「試す必要はなし。俺では勝てぬ」


 ボンダはあっさりとヘイズの実力を認めた。

 場に動揺が走る。


 ボンダと戦っても負ける気はしなかった。

 だが、武力を重んじるトロルが戦わずして負けを認めた判断は意外だった。


 ボンダは他のトロルとは一味違う。

 できる奴が仲間になってくれる流れは嬉しい。だが、でき過ぎるなら問題だな。


 力や魔術の腕が立つよりも、知恵が回る奴のほうが厄介だ。

 ヘイズは内心を押し隠して笑った。


「ありがとうございます。これで胸を張って主人の元に帰れます」

 ボンダは自然な態度で質問する。

「主人とはベルトランド殿のことか?」


 顔で笑って、心で警戒した。

 ボンダめ、俺がベルトランドに敬服していないと見抜きやがった。


 やはりこいつは切れ過ぎるかもしれん。

 ボンダの真意に気付かぬ振りをして惚ける。

「マリアは私の従者です。私が忠誠を誓うのはベルトランド様です」


 会談は終了した。

 帰り道はトロルの商人ではなく、ボンダの弟のアンダが送ってくれる。


 アンダは話しかけても会話に乗ってこない。明らかに不機嫌だった。

 そのうち、行き止まりの場所に出た。三方を岩肌に囲まれた場所だった。


 良くない予感がした。

 行き止まりの場所でアンダが怖い顔で命令した。

「俺と試合をしてもらう」


 違うと思いつつも、念のために確認する。

「試合はボンダ殿の命令ですか」

「兄は知らない。だが、これでは他の者が納得しない」


 トロルの戦士長クラスの謀議か。ボンダがこの展開を読めなかったとは思えない。

 あえてやらせたか。

 アンダなら殺さなくても余裕で勝てる。だが、普通に勝っては面白くない。


 マリアが毅然と申し出た。

「ならば、主人に代わって私が相手をしましょう」


 ボンダは、自分より小さいマリアの申し出にますます不機嫌になった。

 マリアは自分の実力を知っている。アンダの実力がわからないほど馬鹿でもない。


 危険だが勝算はある。マリアには強欲の指輪がある。

 ヘイズの魔力供給があれば、マリアは実力をはるかに上回る力が出せる。


 とはいっても、マリアの戦闘センスは良く知らない。

 Aクラスのトロル呪術師が相手では勝つのが難しいかもしれない。


 マリアは真剣な眼差しでヘイズを見つめた。

 信頼するか。


「アンダ殿。マリアに勝てたら相手をしましょう」

 アンダの顔が怒りに歪む。対照的にマリアはすぐに魔法の詠唱を開始した。


 隙を突かれたためにアンダが出遅れた。

 後から魔法を唱えたのではスピードで負ける。


 アンダは力任せにマリアを殴り上げた。体格差は五倍以上ある。

 拳を受けるとマリアは宙に跳んだ。だが、落下してこない。


 攻撃をただ受けたのではなく、マリアは浮遊の魔法で宙に逃げていた。

 今度はアンダとマリアが同時に魔法を唱える。ほぼ同時に魔法が完成する。


 アンダの唱えた火球がマリアに命中して空で爆発する。

 だが、マリアは無傷だった。マリアは魔法で対魔法障壁を張っていた。


 マリアはそこから威力が弱くなるが詠唱が早くて済む短縮詠唱で魔力の矢を連打する。

 魔力の矢がアンダに降り注ぐ。


 アンダは飛行系の魔法を持っていなかった。武器は近接用の杖。

 魔法は全て対魔法障壁に遮られる。アンダは攻撃手段を失った。


 威力が弱い攻撃でも数がくればダメージは蓄積される。

 狭く三方を岩に囲まれた場所での戦いなので逃げ場もない。


 マリアの連続攻撃にアンダは膝を突いた。

「それまで」


 声のした方向を見るとボンダと商人が立っていた。

 マリアが攻撃を止める。


 ボンダがアンダに近付く。

「この痴れ者が」


 ボンダがアンダを殴りつけた。

 アンダは一撃でノック・アウトされた。


 頭を下げてボンダが詫びる。

「愚弟がした不始末をお許しください」


 ヘイズにはボンダの魂胆がわかった。

 アンダがヘイズに挑むように仕向けたくせに。


 種族内でガス抜きをする。同時に借りを作った流れにして援軍の話を運ぶ気だ。

 全てはボンダの手の上であり、アンダは見事に踊らされた。


 ボンダの思考は読めたが指摘はしない。

 ただで、援軍など出ないものだ。


「納得していただけるのなら、こちらは問題ありません」

「そういって拳を下ろしていただけると助かる」


 ボンダは倒れたアンダを軽々と担ぐ。

「私は弟の処罰があるので失礼する」

 ボンダは追及が及ぶ前に場を後にした。


 ヘイズはマリアを褒めた。

「でかしたぞ、マリア。あとで褒美をやろう」


 マリアは顔を輝かせて喜んだ。

「もったいないお言葉です。ヘイズ様」

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