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第五話 ウーゴの街と主従の指輪

 ボレットが冷たく言い放つ。

「ジャスパーは厩通りにある青い屋根の建物の二階に住んでいるわ。これが、ジャスパーの顔よ」


 ボレットが魔法を唱えると、風采の上がらない四十男の顔が空中に映し出される。

 ジャスパーの顔に特徴はあまりなく、どこにでもいそうな人間だった。


 覚え難い顔だな。

 顔を覚えると、魔法の映像はすぐに消える。


「密書は明日の夕方にはできるから、夜のうちに届けて」

 結構、急な仕事だな。普通のインプなら失敗するぜ。


 ボレットは机からウーゴの街の地図を出してヘイズに見せる。

 地図は大まかなものだった。詳しくは描いていない。


 地図を受け取ろうとする。ボレットが地図を返すように催促する。

「あげないわよ。この地図を一枚、作るだけでも相当の犠牲を払っているのよ」


 それりゃあないぜ。こんな複雑な街の地図を見て覚えろってか。

 これも、普通のインプには無理な仕事だ。


 ヘイズならできる自信がある。だが、今は一般的なインプを装っている。

「もう一度、貸してください」


「しょうがないわね、ちゃんと覚えなさい」

 ヘイズは大まかな通りとジャスパーの家を覚える。


 だが、仕事のできないインプなら覚えられない。

 困惑した態度を演じて後ろ向きな発言をする。


「やっぱり私には難しいですよ。人間の街に行くなんて。私のような弱いインプは殺されてしまいますよー。他の方に頼むことはできないんですかー」


 ボレットは冷たく発言する。

「泣き言は聞きたくないわ。生贄を渡したのだから、やりとげなさい」


 透明薬くらいくれてもいいものだが、フォローはなしか。

 届けるのが本当に大事な密書なのか疑問だな。


 もっとも、オークは人間の街に入れないから、他に手はないかも知れないが。

 がっくりと項垂れた仕草を採って仕事を受ける。


「わかりました。やるだけ挑戦させてもらいます」


 ヘイズはボレットの部屋を出る。

 人間の街の様子について、ほとんど情報を貰えなかった。独自に調べねばならない。


 ヘイズは夜のうちにウーゴの街に飛ぶ。

 ボレットたちがいるハンザの砦はからウーゴの街まで直線距離で十五㎞。


 ヘイズの翼ではすぐである。

 高度三百mから街を見下ろす。街にはが多く灯っており、住民は避難していない。


 上空から下を確認する。暗いが、インプの目には問題なく見えた。

 遠見の魔法を唱えて、街を見下ろす。


 街の規模は人口五千人クラスの街で、大きくはない。城壁の石壁は厚さ一m。高さは二十mしかない。


 城壁の内側に木で組まれた櫓が三十以上あり、弓兵が警備に当っている。

 門は木製。堀はなかった。


 守備兵は千から多くても千五百だな。オーク軍の優勢は変わりがない。これなら、明日にも攻めて、三日もあれば落とせそうだ。オークはいったい何を警戒している。


 魔力感知を掛けると、街を覆う魔法の存在が明らかになった。


 何だと? 小さな街一つだが、街全体を魔法の網で覆ってやがる。これは、魔術士が三百人は必要だ。ヘイズはもう一度、注意深く櫓の上を観察する。だが、魔術士はほとんどいない。


 想像に反して魔術士の数が少ないぞ。魔術士は三百人もいない。とすると、何か強大な力を持つ魔道具が街を守っている。または、魔術士三百人分の働きをする存在がいるのか?


 なるほど、ボボモンが功を焦るなと釘を刺したのは、これが理由だな。

 ヘイズは闇に紛れて街に近付く。警備の兵士の目を掻い潜る。


 街を覆う魔法の網に近付いて分析の魔法を掛けた。

 掛かっている魔法は二つ、矢避けの魔法と感知の魔法だった。


 ただ、感知の魔法の種類までは、わからなかった。

 これは、迂闊(うかつ)に空から飛んで入ると、中の術者に知られる魔法だな。


 インプで密書なんて運べば一発だな。インプも捕まり、協力者ともども捕縛される。

 果たして、この状況をボレットは知っていたのかどうか。


 ヘイズは空に飛び上がると、安全な位置から目的の家を探す。

 家が発見できたので帰還する。厩に戻ると、寝床は綺麗になっていた。


 寝ようとすると、先に寝ていたマリアが目を覚ます。

「お帰りなさいませ、ヘイズ様」


「悪い。起こしたか、寝ていいぞ」

「はい、おやすみなさい」とマリアは、こてっと眠った。


 寝顔を見れば、可愛い顔があった。まだ、子供なんだな。

 翌日、食事を摂り終わると、マリアが敬意を持って尋ねる。


「ヘイズ様。今日は何をしましょうか?」

「今日は特にない。好きに過ごしていいぞ」


 マリアが申し訳なさそうに申し出た。

「でも、何もしないのに、ご飯をいただくわけにはいきません」


「お前の分は俺が働く。そうだな、なら、魔法の練習でもして腕を上げておけ」


 マリアは悲し気な顔で告白する。

「私は魔法が使えません」


 意外だった。ダーク・エルフと言えば暗殺術と魔法で有名だった。

「何? ダーク・エルフだろう。両親か親族に魔法を習わなかったのか?」


「習いました。ですが、私は生まれつき魔力がないんです。だから、魔法が使えないんです」


 魔力無能症のダーク・エルフか。


 ダーク・エルフは厳しい環境に生きる。ゆえに、力のない子供は淘汰されると、ヘイズは聞いた覚えがあった。


 魔力無能症は治療方法がある。魔石の摂取だった。ダーク・エルフも適応する魔石を摂取する手法でゼロだった魔力は上がって行く。だが、魔石は高価である。


 また、魔石を食べたからといって、魔力無能症の者がどれだけ魔力が上がるかわからない。

 対して、既に魔力を持つ者は比較的、魔力の伸びが予想しやすい。


 魔石を喰わせるなら優秀な者に与えたほうが効率的である。


 マリアの部族に魔石があったかもしれない。だが、部族は部族の存続を考えてマリアに魔石を与えなかった、か。わからない判断ではない。


 だが、ここでヘイズは、マリアの価値を見直さなければならなかった。

 ヘイズも当然のようにマリアは魔法が使えると思っていた。


 マリアは使えないな。これは売り払って金にしたほうがいいのか。

 不安そうな瞳で、マリアはヘイズを見ていた。


 捨てられると危惧しているのか。当然の反応だな。

 さて、マリアをどうするか。少し考える。


 決断を急ぐのはよそう。今すぐ、売り払う決定をする必要もないか。

 食事はオークが出してくれるので、日々の食費が掛からない。


 また、マリアは難しい判断はできなくても、頭は悪くない。兵の数も答えられた。ボレットの身内も覚えていた。砦の中の場所もきちんと把握していた。


 魔法が使えても、馬鹿では手に負えない。

 ヘイズには魔石を作り出す能力がある。


 だが、今のマリアに魔石を与えるほどの魅力を感じなかった。

 ならば、これだな。


 ヘイズは拳を振り上げた。

 マリアが殴られると思ったのかビクッとした。


「殴りはしないよ」


 ヘイズが拳をゆっくりと下ろし、手を開く。古びた銅のリングがあった。

 主従のリング。指輪は主が従者に与える指輪だった。


 効果は主の魔力をちょっぴり借りて魔法を行使できる。

 理論上は魔力無能症の人間でも、詠唱の言葉を知っていれば、魔法を行使できる。


「ほら、これをやるよ。初歩的な魔法が使えるようになる指輪だ。嵌めてみろ」


 マリアは恐る恐る小指に指輪を嵌めた。

「俺がやった指輪をしていると、ごく初歩の魔法が数回は使える。試してみろ」


 マリアが光の魔法を唱える。拳くらいの大きさの光の玉が出た。

 魔法の言葉は知っているようだな。魔力がないだけは本当か。


 マリアは泣きそうな顔をする。

 何だ、魔力無能力症には主従の指輪は禁忌だったか。


「どうした、どこか痛むのか?」

「違います。初めて魔法が使えて、嬉しくて」


 マリアがまた他の魔法を使おうとしたので命じる。

「待て、マリアに命じる。お前にやった指輪の使用は、一日三回までだ」


 使用制限には意味があった。指輪はヘイズの魔力を使う。

 マリアが使い過ぎるとヘイズが使いたい時に魔法が使えなくなる危険性があった。


 使用制限の意味を教えてもよかった。

 されど、普通のインプは主従の指輪を持っていない。


 ましてや、主として他人に渡す真似はしない。

 正しく教える判断がヘイズの利になるとは限らなかった。


 マリアは恐縮する。

「でも、こんな高価な魔道具をいただいて、よろしかったのでしょうか?」


「主が従者に何をあげようが、主の勝手だ。感激したのなら、働いて返せ」

「わかりました。きっとお役に立ちます」


 指輪は靴と違って高価だから、役に立ってくれないと困るんだけどね。

 マリアを好きにさせる。


 夕方まで時間がある。ヘイズは魔法を使い、蝿でハンザの砦で情報収集に精を出す。

 わかってきた情報があった。


 ウーゴの街には三傑と呼ばれる凄く腕の立つ人間がいる。中でも、マーリンと名乗る魔術士は飛び抜けて強い。マーリンの実力は一人で軍団一個に匹敵する戦力と噂されていた。


 なるほど、街全体を魔法の網で覆った術者はマーリンか。これは三傑を切り崩し、マーリンを破るのに手を貸してやらないと、シュタイン城への道は開けないぞ。

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