第四十五話 国盗りの始まり
フラヴィアが帰ってきて数日、スンニドロは平和だった。
マリアは時間のある時にダーク・エルフの間を訪ね家族の行方を探っていた。
手伝ってやることも考えた。
されど、却って気を遣わせる気がしたので止めた。
マリアのやりたいようにさせておいた。
スンニドロに来るダーク・エルフやケンタウロスが合流して兵の数は増えていた。
それでも、現状では千を少し超える程度だった。
スンニドロを囲むアローラの森の結界は復元されず、人間はいつでも侵攻が可能だった。
ひとたび人間が討って出てくれば、防ぐ術はないように思えた。
誰もが言い出さないが、街には不安な空気が満ちていた。
このままではジリ貧。かといって、無理に攻めれば全滅、か。
とすると、ここは思い切った奇策が必要だな。
奇策はあった。ヂリア王国の国王のベネディクトは高齢であり、王子たちは仲が良くない。
国王を暗殺して国内に混乱を呼ぶ。人間を争わせて同士討ちをさせれば、兵は減らせる。ヘイズも力を吸収できる。
ただ、現状では国王の暗殺は困難に思われていた。
だからこそ、ここに抜け道があるかもしれないと感じていた。
こっそりと家に帰って祭壇を作り、死の精霊を呼び出す。
「定めある命あるものの管理者にして、安らかな死の担い手よ。汝に問う。ポンズ地方を治める人間の国王ベネディクトの命が尽きる日はいつだ?」
死の精霊は黙して語らない。
おかしい。供物が足りなかったか?
祭壇を確認する。悪魔銀貨も瓜もきちんと載っている。
その内、死の精霊は何も答えず薄くなり消えた。供物も残ったままだった。
誰かが死の精霊にベネディクトの死期を口留めしているな。
死の精霊を口留めするとは、中々の術者だ。
ここでヘイズは思い直す。本当に単なる口留めなのだろうか?
誰かがベネディクトを護っている可能性はないか?
死の精霊は定めある命ある者の寿命を司る。
腕の立つ術者なら死の精霊を恐ろしい暗殺者に仕立てる術も可能だった。
死の精霊をよく知る者なら、逆もまた可能。
俺一人で暗殺するのは難しい。だが、協力者がいればできるかもしれない。
どうする? 俺の黒魔術の力を動員して、ベネディクトを暗殺するか?
そこで、少し立ち止まる。
暗殺は危険か。国王の暗殺の裏にベルトランドがいると知れたとする。当然、次の国王候補たちは、ベルトランドを討って後継者に名乗りを上げる。
下手をすると、人間の兵が全てスンニドロにやって来るな。
首謀者は人間、もしくは白の龍人でなければ危険だ。さてどうやって、罪を被せよう?
後で考えればいいか。そもそも、俺が頭を悩ませる問題でもない。
スンニドロに帰ると、マリアがヘイズを呼びに来た。
「レイ中隊長が訪ねて来ていました。何でも、お知恵を借りたいとか」
「俺の知恵ね。大した頭ではないんだけどな」
「そんなことないと思います。この時代、生きておられるだけで有能な証明です」
「よせよ、マリア。褒めたって何も出ないぞ」
レイが宿舎にしている家に行く。
レイはダーク・エルフの芸術家の家を宿舎として使っていた。
家には元の主人の作品の抽象画が複数、飾られていた。
レイは主人の部屋にヘイズを招く。部屋はカーテンがしてあり薄暗い。
スワン・レイスは陽の光を嫌うからな。
丸い木のテーブルを挟んで向かい合わせに座る。
レイが改まって用件を切り出した。
「我らはスンニドロを奪還した。この状態をどう見る?」
「ここまでは悪くありません。ですが、先の展望がない、では、いただけない。人間に一矢を報いるのが目的ではないはずです」
レイは澄ました顔で尋ねる。
「そうだ。我らはここにベルトランドの国を建国せねばならない。可能だと思うか?」
「よほどの楽天家ではない限り不可能と答えるでしょうね」
正直な感想だった。
レイは真剣な顔で提案した。
「おおよそ不可能な建国の事業を成功させようではないか。貴殿と私で」
レイは本気でベルトランドの理想を具現化する気か。
「買い被りです。私は単なる一匹のインプに過ぎませぬ」
レイの本心が見えないので控えめに答えておいた。
「隠し立ては不用だ。もう、中隊長クラスは気付いている。ヘイズがただのインプではない事実にな」
ここまで来たら、隠すのも猿芝居と変わりなしか。
「わかりました。ならば、こちらからお尋ねしたい。どうやって人間を打ち破るつもりですか?」
「ヂリア王国にはまだ二万の兵がいる。ここに三万の帝国兵が加われば、どう足掻いても勝ち目はない。人間たちを分断して互いに戦わせる必要がある」
レイも俺と同じ策を考えたか。だが、どうする? 具体性はあるのか?
「言うは易しですが、実行するのは難しいですよ」
「そこで知恵を借りたい。何か良い作戦はないか?」
ヘイズはこの時点でレイが何か考えを持っていると感じた。
これは俺を試しているな。
試される態度は癪だが、答えてやるか。巡り巡って俺の利益になるかもしれん。
「国王を暗殺して後継者争いを起こします」
レイが険しい顔で意見する。
「それでは軍が大挙してスンニドロにやって来るぞ」
レイの指摘は当たっている。スンニドロに兵を向けさせない策はある。
「国王のベネディクトには自然死していただく」
「そう簡単に人の生死を操れるかな?」
方法はある。死の上位精霊を買収すれば、死期を早められる。
危険な方法ではあるが、やれる自信はあった。
ただし、妨害が入ると難しい。
国王に自然死してほしい、と願う人間の味方が必要だ。
「俺の黒魔術なら可能です。ただし、万全を期したいなら、手引きする人間が欲しい」
レイの赤い目が、ぎらりと光る。
「内通者がいるのなら、やれるのだな?」
「やっても良いですよ。ただし、暗殺後はどうします? 暗殺後に人間に一致団結されては、意味がない」
「国王は遺言状を残して法務大臣に預けてある。これを偽造する」
死後に争いが起きないように残してある文書が争いを呼ぶとは、皮肉だ。
「ならば二通を偽造する計画をお勧めします」
「一通は正当な後継者と反目する王族に渡すのはわかる。もう一通はどうする?」
「帝国に渡るようにすればいい」
レイはヘイズの進言の意図を理解した。
「正当な後継者、偽の後継者、帝国の推薦者の三者で争うようにするのか」
「帝国には領土的な野心がある。でなければ、隣国に軍を派遣したりしないでしょう」
確信はない。だが、外れてもいない気がした。
レイは目をすっと細めて、依頼した。
「では、国王の暗殺を頼む」
国王には死んでもらう。だが、国王の暗殺が目的ではない。目的はもっと先にある。
「お待ちを。人間がどう行動するかわからない以上、兵の増強は不可欠です」
「隣接三地方に援軍を再び催促する」
白の龍神が復活の兆しがあるのなら援軍は集まるかもしれない。
だが、総勢で一万も集まれば良いほうだ。
「期待するのは構いません。ですが、主力が援軍では士気も上がらないでしょう」
他人頼みの戦と見れば、誰だってやる気はしない。
レイは冷静に答えた。
「土地や地位を失った浪人者を集める」
「戦時予報局が渡航禁止にしている現状ではいかほど集められますかな?」
「三千は集める」
人間が同士討ちでどれだけ兵を減らすか、わからない。本隊が四千では少な過ぎる。
だが、金もないのに兵を集めれば逆に反乱を招く。
「多額の金が掛かりますな」
「金はどうにかする」
大事な話なので確認しておく。
「それで、全てが上手く行った時はいかほど貰えるんですか?」
「そうだな。支払いは森の樹でいいか」
真面目な話だよな。ヘイズが疑うと、レイが表情を和らげる。
「冗談だよ。スワン・レイスだって、たまには冗談を口にするものさ」
この手の冗談は二度目だな。
「それで、いくら貰えるのですか?」
「スンニドロの太守の地位を約束する」
住民はスンニドロにほとんど戻って来ていない。
危険を冒して得る報酬が廃墟同然の街の太守では嬉しくない。
「森の樹を貰うのと大して変わりませんよ」
レイは真面目な顔になって告げる。
「いいや、スンニドロにはヘイズや人間が知らない価値がある」
世界樹は人間界に十本とない珍しい樹である。何か秘密があっても不思議ではない。
「秘密とはいったい何ですか?」
「軍事的な機密も絡むゆえ、今は、まだ教えられぬ」
怪しい話だな。だが、俺は精霊界と繋がる不思議なトンネルを見ている。
精霊界を通してだが、魔力の流れもスンニドロから吹いて来ていた。
スンニドロには秘密がある。しょうもない秘密なら困るが、信じてもいいだろう。
「わかりました。国盗りに動いてみましょう」
レイは気味悪く笑った。
「国盗りか。実にいい響きだ」




