第四十三話 製材所にて
森の上を飛んで行くと、木々がない場所が見えてきた。
あれが製材所か。あまり大きくないな。
製材所は縦百m、横二十五m、高さが十二mの平屋だった。
平屋の隣には作業員の休憩所用の掘立小屋が十軒、建っている。
製材所の周りに壁や塀の類は見えなかった。
製材所から四㎞離れた地点に着地して、ゆっくりと森を進む。
森の中では木を伐る音が響いており、活動は活発だった。そっと木陰から覗く。
ウシ型の自動人形を使いオート・マンが切り株を引き抜いていた。
大きく迂回して製材所の北側に回り込む。
同じ牛型の自動人形が丸太を牽いて行くところだった。
何だ、製材所では丸太にしか加工しないのか。
こそこそと確認する。製材所では南側から木材を入れて枝を落とす。
加工した丸太を北側から出して道で運んでいた。
警備のオート・マンもいるが百もいない。
人間が逃げる間だけ時間を稼げればよい警備だった。
ここをしっかりと守る気はないようだな。
フラヴィアからの合図がなければさほど疑う施設でもない。
見れば、いたって普通の製材所だ。だが、フラヴィアの姿は見えない。
指輪を使って反応を送る策を考えたが、止めておく。
不用意な合図はフラヴィアを危険に曝すかもしれない。
ここは慎重にことを運ぶか。時間はある。
夕方になると作業は終わる。製材所の大扉は閉じられた。
作業員は煮炊きをして、食事を交えて談笑をする。
影に化けて作業員の話を聞いた。作業員は移民であり出稼ぎの人間だった。
給金が良いので危険な森の作業を買って出た、か。
作業員の会話が、不意に停まる。作業員の視線の先を見ると、二人組の白の龍人がいた。
白の龍人たちは作業員に挨拶をしない。作業員も挨拶をしなかった。
まるで、お互いに無関心を装うのがルールのようだった。
龍人たちは製材所の通用口から中に入って行く。
怪しいな。何か、臭うぞ。
作業員の影から出てそっと製材所に近付く。通用口を開けて中に入る。
中は稼働を止めたオート・マンが並んでいた。
製材所らしく木を加工する道具がある。だが、先に中に入った龍人の二人組がいない。
おかしい、どこに、消えた。ざっと見て回るが龍人の姿はない。
用心しながら歩く。床に人が通れるほどの大きさの戸があった。
製材所には地下があるのか。何とも怪しい扉だ。
手を掛けると、鍵は掛かっていなかった。そっと戸を開けると地面があった。
触ると、地面にしては冷えていなかった。
地面に偽装した隠し扉か。無理やり開ければ開けられる。
だが、開けた事実は先の二人組に知られるだろう。どうする?
仕方ない。大事なのは、フラヴィアの安全だ。
偽装された地面に無理やり魔力を流し込み、仕掛けを作動させる。
地面が消えて、地下への階段が現れた。階段を五十段、下りる。
下は直径六mものチューブ状の通路になっていた。
通路は緩やかなカーブを描いており、左右に続いている。ところどころ、灯りが点いているので暗くはない。
地面を調べると、何か大きな物が床を擦った跡があった。
不思議に思うと、ガシャンと上で音がする。
階段の上を見ると、入口が金属扉で塞がれていた。
戻って扉を調べる。だが、中から開きそうになかった。
扉は頑丈で並の魔法では通用するようには見えい。
閉じ込めたつもりか。とはいっても、俺が全力を出せば破壊は可能なんだよな。
だが、どういう種類のトンネルなのかわからない。
破壊していいものかどうか判断が付かなかった。
とりあえず、フラヴィアを探そう。
通路に戻る。もう、侵入を隠すのは無駄に思えた。指輪に信号を送った。
数秒ほど待つと指輪から合図が帰ってきた。
右側の通路から距離五百mか。意外と近いな。
通路を小走りに進んで行く。目指す場所に来たが、フラヴィアの姿はない。
おかしいな。指輪の反応は確かにこの辺りからしたんだが。
もう一度、魔法で合図を送ると、壁の中から反応があった。
壁を注意して見る。壁の土は、後から塗られたものだとわかった。
壁を掘ると壁がぽろぽろと崩れた。魔法によって後から土を塗ったのか。
中から泥だらけになったフラヴィアが現れた。
フラヴィアは息をしていなかった。だが、指輪は反応していた。
「フラヴィア、大丈夫か?」
声を懸けると、指輪から微かに反応がある。
フラヴィアは体を仮死状態にして魂の一部を指輪に移していると予想した。
対象者を仮死状態にする魔法は、ある。だが、誰がフラヴィアを壁に隠した。
辺りを見回すが、それらしい人もダーク・エルフもいない。
フラヴィアを助けた。だが、フラヴィアを連れた状態で大崩壊は使えない。
周囲の魔力の流れを読む。辺りは魔力に満ちていた。
精霊界が近い影響だな。転移の魔法を使うと予期しない場所に出る恐れがあるな。
最悪、人間の陣地の真ん中に出たら、終わりだ。
もう少し、注意して魔力の流れを読む。魔力の流れには法則性があった。
魔力流れは精霊界を通して流れてきており、スンニドロと逆方向だった。
人間界から精霊界に移動して、流れに逆らわねば、どこかに出られるな。
だが、スンニドロと逆方向なら、人間がいる可能性が高い。
しょうがない。流れを遡って、スンニドロまで行くか。
大きな魔力の流れに逆らって精霊界を移動すると決めた。
普通の魔術士には不可能な所業だった。
ヘイズには自信があった。ヘイズは影で体を傷つけて血を流す。
血を霧状に変えてフラヴィアと自分を覆った。
そのまま、ベルワランダの名を三度、唱えて加護を願う。
ヘイズとフラヴィアの体が消える。
肉体を霊体に変えた。精霊界へは霊体でなくても行ける。
だが、霊体に体を変換できるなら精霊界で早く動ける。
精霊界への門を開く。魔力の流れがヘイズを押し流そうとする。
よし、この程度の流れなら逆らって飛べる。
霊体となったヘイズとフラヴィアはスンニドロに向けて飛んだ。
ヘイズとって、それほど難しい行動ではないはずだった。
だが、霊体となって精霊界を飛ぶヘイズを何かが追っかけてきた。
追ってくる速度は、かなり速かった。
また、相手は、かなり獰猛な気を孕んでいた。
直感的に思った。こいつは追いつかれるとやばい。




