第四十二話 フラヴィアの足跡
大金は持ち歩かないに限る。
ヘイズは送還用魔法陣を使って家に帰ると、すぐに銀行に飛んだ。
銀行に悪魔大金貨を持ち込むと、簡単な鑑定がなされる。
通帳を見ると、しっかりと悪魔大金貨の記載があった。一気に金持ちになった気分だ。
悪魔大金貨を手にする前には、雑貨店の店主になる未来も考えた。
だが、こうして通帳の残高を見ていると、さらなる欲が湧いて来る。
いつでも危険な仕事は辞められる。なら、今すぐ辞めなくてもいいって状況だ。
銀行に来たついでなので、パイロンの骨董品店に顔を出す。
「ちょっと見て欲しい品がある。価値が知りたい」
泥棒袋の中を開けて、発掘現場から持ち出した盗品を見せる。
パイロンは年配の男の顔で鑑定をしながら老婆の顔で喋る。
パイロンの表情は渋い。
「これは学術的な価値があるかもしれない。けど、価格は付かないね」
俺は学者でも龍の研究者でもない。なら、俺にとっても無価値だな。
「そんなことだろうと思うけど、いくらかにでもならないか?」
パイロンは拒絶した。
「全部、買い取り不可能だね。どうしても処分したければ学者にでもくれてやりな」
そんなところか。あとでスンニドロに持って帰って、研究者にでもくれてやるか。
気になっていた内容を尋ねる。
「ところで、龍神を蘇らせる魔道具があったら、いくらになるかわかるか?」
パイロンは素っ気ない態度で切り捨てる。
「ありもしない品の価格はないよ」
「そう冷たくせずに、仮にあったら、だよ?」
パイロンは腕組みをして考える。
「そうだねえ、うちで買い取るならかい。本物だとしたら悪魔大金貨一枚かな」
随分と安いな。
「あれ? そんなもん? 龍神を蘇らせる品だよ?」
「価格ってのは、需要があるかないかだよ」
「龍人のお偉いさんに伝手かコネがないと売れない、か」
「逆にコネがあれば、もっと高く売れるだろうね。本物だったら、ね」
やはりベルトランドの後援者は龍人か。
新しい泥棒袋にガラクタを詰め、もう一枚、泥棒袋を買っておく。
アンジェ魔道具店で召喚水晶作成用の魔水晶と魔法薬を買って帰った。
三日掛けて家で魔水晶から召喚水晶を作っておく。
いつもと変わらない家だが、マリアがいないとどことなく寂しく感じた。
マリアがいなくなっただけ。それだけだが、何だか侘しく感じるな。
召喚水晶を作成して、棚に置く。送還用魔法陣を描いた布を鞄に入れた。
ポンズ地方に戻ろうとした時、ヘイズは足を止めた。
マリアが帰ってきているかもしれない。マリアには魔石をやる約束だったな。
ヘイズは抽斗から小さな屑魔石を出して鞄に入れた。
家の魔法陣からポンズ地方に飛んだ。
スンニドロに着くとマリアの姿を探していた。
「ヘイズ様」
声がした方向を振り向くと、マリアがいた。
マリアは召喚水晶が入った袋を、きちんと背負っていた。
「ただいま戻りました」
マリアの顔はやり遂げた喜びに満ちていた。
召喚水晶なんて喰えもしない重い物は捨ててくればいいものを、律儀な奴だ。
「そうか、よくやったな、マリア。偉いぞ」
マリアはふらふらしていたので食事を摂って眠らせた。
マリアは丸一日、眠った。
翌日、元気になったマリアに魔石を渡す。
「ほら、魔石をやる。酸っぱい奴だがな。これでまた魔力が増すぞ」
マリアは顔を輝かせた。
「ありがとうございます、ヘイズ様」
マリアは非常に酸っぱい魔石を頬をしぼめて食べる。
ガガタが宿にやって来た。ガガタの顔には心配の色がありありと出ていた。
「フラヴィアが戻らないのだ。何か知らないか?」
「無事なら、もう戻ってもいい頃。残念ですが、としか答えようがありませんね」
マリアも表情を曇らせて答える。
「私も召喚水晶を持って逃げるのが精一杯でした」
ガガタは落胆した。
「そうか。なら、何かわかったら教えてくれ」
ガガタが帰った後だった。ヘイズは頭がぴりぴりとした魔力の信号を感じ取った。
俺がフラヴィアに渡した指輪からのものだな。
誰かが指輪を拾って嵌めたのかもしれない。
だが、フラヴィアは生きているかもしれない。
信号はすぐに停まった。フラヴィアの最後の通信だった可能性もある。
だが、おおよその距離と方角はわかった。
スンニドロから北東六十㎞か。魔法の地図で確認する。
フラヴィアが最後に連絡を絶った場所がわかった。
人間がアローラの森の中に作った製材所だった。
捕虜として村や砦に連れて行くならわかる。
だが、捕虜として連行されたにしては妙な場所だな。
労働力として連れていかれた可能性は零に近かった。
人間には反抗もせず疲労もしないオート・マンがいる。
わざわざ反乱の危険性を冒すダーク・エルフを製材所で働かせるとは考え辛い。
これはちょっと妙だな。ガガタに教えてやるか。
フラヴィアの件で会いたいと伝えると、ガガタはすぐに会ってくれた。
「どうした? 何か思い当たる節があったのか?」
「フラヴィア殿に渡したままになっていた合図の指輪が反応しました」
ガガタが強い関心を示した。
「何と、フラヴィアは無事なのか?」
「そこまではわかりません。ただ、反応があった場所は人間が作った製材所なのです」
場所を訊くとガガタは首を傾げる。
「ケンタウロス居留地から随分と離れた場所だな。なぜ、そんな場所に?」
疑問は理解できる。歩いて移動できない距離ではないが、目的がわからない。
「もしかすると、別の誰かが指輪を嵌めただけの可能性もあります」
ガガタは弱った顔をする。
「行ってみないと、わからんか。でも、俺には今日からしばらく重要な任務がある」
ガガタは意味ありげにヘイズを見る。
俺に行ってもらいたいのか。だが、渡す物がないと見える。
タダ働きになるのは、御免だ。されど、本当に製材所なのかは俺も気になる。
俺の翼なら一時間も掛からない。一晩あればわかるか。
「仕方ありませんね。これは貸しですよ」
「すまぬ。恩に着る」
ヘイズは宿に戻るとマリアに一声懸ける。
「フラヴィアからの合図があった。一日か二日、出掛けて来る。マリアはここで待っていてくれ」
「わかりました。お気をつけて、ヘイズ様」
ヘイズは携帯食を買い、水筒に水を入れる。
木々の間をすいすいと飛び製材所を目指した。




