第四話 敵は外にだけいるとは限らない
翌朝、朝食を摂る。ボレットの部屋に顔を出す。
ボレットに話し掛ける時は笑顔を心懸けた。
「おはようございます。御主人様。御用は何かありませんか? ありましたら、なんなりとお申し付けください。部屋の掃除なり、買い物なり、戦争なり」
ボレットは不機嫌に命じる。
「用はないわ。ある時はこちらで呼ぶわ」
ヘイズはペコリと頭を下げて退出しようとする。すると、ボレットは呼び止めた。
「待ちなさい。やはり、用件を頼むわ。作戦司令部にいる父のボボモンに手紙を書くわ。昼にはできるから。持って行って大事な手紙よ」
「畏まりました、必ずや届けます」
昼まで時間があるので、マリアに厩の掃除を命じて、ぶらぶらする。
ヘイズは奴隷となった人間たちの動向をつぶさに見ていた。
奴隷の数は三十人。大半が若い女性で、洗濯や掃除をさせられていた。
男たちは水汲みや馬の世話をしている。
ヘイズは気になっていた。人間たちの目には怯えはあるが、絶望はなかった。
救助が来ると思っている。単なる思い込みなら、いい。だが、具体性を持つ希望なら、注意が必要だな。
ウーゴの街が落ちるのが遅れたら、シュタイン城戦に間に合わなくなる。
昼前に手紙を受け取り鞄に入れる。ヘイズは空を飛び、後方の作戦司令部に向かった。
作戦司令部までは十五㎞。普通のインプなら片道九十分。
ヘイズの全力なら十分と掛からない。
ヘイズは手紙を受け取ると、ゆっくりと砦を出る。
見えない場所に来ると、手紙を取り出す。手紙には魔法が掛かっていなかった。
封印系の魔法がないから重要な密書じゃないな。さて、何が書いてあるやら。
手紙に盗み見の魔法を使う。封蝋を外さずして中身を知った。
手紙の内容は簡単に要約すると以下の通りだった。
作戦は順調であり問題なし。後は他の兄弟姉妹の悪口が書いてあった。
いわく、私腹を肥やしている。軍紀を乱している。父を悪く言っている。王様を馬鹿にしている――など、中傷が多い。
そんな数々の兄弟姉妹の悪口を並べ、最後には私を当主にしてほしいと書いてあった。
兄弟姉妹の仲が悪いとは予想していたが、本当だったのか。それにしても、パパンに讒言するとは、やる仕事が子供だな。それとも、ボボモンの信用をよほど得ているのか。
どちらにしろ、知ったことじゃない。こんな、手紙は早く届けて帰るに限る。
手紙をしまって空を飛ぶ。
作戦司令部と砦の中間地点に来た時だった。誰かがヘイズを尾行してきた。空中で止まって振り返る。空間が揺らぐ、隠れていた存在が姿を現す。
相手は身長二m。鬼に似た顔。屈強な体と蝙蝠のような翼。相手は召使デーモンだった。
召使デーモンは茶の半ズボンを穿き、茶半袖のシャツを着ていた。
召使デーモンのランクはD。本来ならインプに勝ち目がなかった。
にやにやした顔で召使デーモンが語る。
「坊や、手紙を持っているな。いい子だから、手紙を寄越しな」
「嫌だ、と答えたら」
「なら、死ね!」と召使デーモンが激高した。
召使デーモンは氷結の魔法を詠唱した。
遅れて、ヘイズも逆治癒の魔法を詠唱する。ヘイズはわざとゆっくり詠唱した。
召使デーモンの魔法が先に完成する。
身も凍るような吹雪がヘイズを襲う。だが、ヘイズには痛くも寒くなかった。
ヘイズの逆治癒の魔法が完成する。
召使デーモンが全身から血を噴き上げる。召使デーモンが膝を突く。
「馬鹿な。インプごときに、後れを取るなんて」
ヘイズは召使デーモンを睨みつけて尋ねる。
「言え、誰に頼まれた?」
召使デーモンは慌てた。
「お前も、使い魔なら、わかるだろう。契約で言えるわけがない」
「そうか。なら、死ね」
ヘイズの影が槍のように伸びて、召使デーモンの胸を貫いた。
召使デーモンを影で貫いた瞬間に、召使デーモンに残ったわずかな記憶が見えた。
召使デーモンの主はオークの召喚術士だった。名はボラテリアだった。
ボラテリアか。先の手紙で中傷していたボレットの妹だな。召使デーモンを使い魔化していたところを見るに、実力はボレットと同等か。
影を召使デーモンから引き抜く。死んだ召使デーモンの死体を探る。
一通の手紙が出てきた。見かけはボレットの手紙と同じだった。
中身を盗み見の魔法で覗く。
内容は作戦行動が全く上手く行っておらず、原因は全て上層部にあるとするボルトレットの手紙だった。兄弟と姉妹の悪口は書いているものの、巧妙にボラテリアと一部の兄弟たちが悪く見えないような書き方をしていた。
俺を殺して、手紙をすり替える気だった。嫌だねえ、姉妹の醜聞ここに極まりって感じだ。
ヘイズは魔法で偽手紙に火を付ける。召使デーモンの死体も灰化の魔法で灰に変えた。
作戦司令部は人間の村を接収して設営されていた。
村の戸数は三百戸。駐屯する兵は三千人。
村は最初から接収するつもりだったのか焼けた建物はなかった。また、村が占拠されて時間が経っているのか、血の匂いもしない。
殺された人間は埋められた。生きている人間は奴隷として後方に連れていかれたな。
経験値と吸える命があったら良かった。だが、時間が経ち過ぎている。役得はなしか。
入口でオークの門衛に止められた。
「ボレット様からボボモン閣下への手紙を運ぶ途中です」
封筒を見せると、門衛は封蝋の紋章を確認する。
門衛は封筒を返して、親切に教えてくれた。
「そうか、行っていいぞ。ボボモン閣下の宿舎はあの赤い屋根の家だ」
宿舎の前には六人のオークの護衛がいる。
相手がインプだと知ると、無害だと思ったのか、形だけのボディ・チェックをする。
護衛と一緒に中に入る。高そうな鎧に身を包んだオークがいた。
護衛が敬礼して、身分の高いオークに声を懸ける。
「失礼します。ボボモン閣下。ボレット様から手紙が届きました」
ヘイズが手紙を差し出す。
ボボモンは渋い顔をして手紙を読んだ。
手紙を読み終わると、ボボモンは深皿に手紙を入れて魔法で火を付けた。
「ボレットの使い魔に尋ねる。軍の様子はどうだ?」
正直に問題ないと答えてもいい。
だが、ヘイズは面倒を避けるために、あえて遠回しに教える。
「兵士の皆さんは元気です。綺麗好きなようで、武具もきちんと手入れがされております。また、食事も美味しゅうございます。何も不満はございません」
ボボモンは少し思案する顔をしてから尋ねる。
「奴隷たちはどうだ? 反抗の兆しはあるか?」
反乱の兆しはない。だが、人間は希望を捨てていない。
正直に答えて、有能だと判断されても困る。できる奴と見れば、いいように使われる。
役に立つと評価を受けても、使い魔は所詮は使い魔。使い捨てにされる未来が見えている。
ヘイズは典型的な使い魔を演じた。
「申し訳ありません、ボボモン閣下。私は昨日、召喚されたばかり。なので、詳しい内情はわかりません。それに私のようなインプには、難しい判断はできません」
「なら、別の内容を尋ねよう。奴隷たちの目はどうだった? 人間たちの目に光はあったか?」
ボボモンは人間の士気の高さを危惧しているのか。これは、オークたちを脅かす何かがウーゴの街にあるな。ここに呼ばれたのは失敗か。
とりあえず、惚ける。
「目ですか? さあ、私めには、人間なぞ皆が皆、同じに見えます」
ボボモンは落胆した。
「もう、帰っていいぞ。ボレットには、くれぐれも功を焦るなと伝えよ」
「ははっ」と畏まって退室する。
ヘイズはせっかく作戦司令部まで来たので情報収集することにした。
酒場の屋根の上まで飛んで行く。鞄から蟲集めの香を出して焚く。
蝿が音を立てて集まってくる。
ヘイズは蟲を使役する魔法で、蝿の拾った音を聞こえる状態にした。
数十匹の蝿が陣内に飛んで行く。ヘイズは蝿の拾う音を屋根の上で寝転がって聞いた。
司令部のある村からシュタイン城に行くには三つのルートがある。
どのルートを通っても街が途中にある。
オーク軍は軍隊を三つに分けて、三方向から進軍。三つの街を落としてシュタイン城での決戦に臨む予定だった。三か所の同時攻略はあまり得策ではない。
だが、ボルカニアのオークにはボダン、ビビン、ブリモアの三つの軍閥があった。三つの軍閥は仲が良くない。
なので、オークの王は無理に協調させるより三方向から攻める作戦を採っていた。
ちなみにボレットたちはボダン軍閥だった。
軍閥同士を競い合わせて、人間を打ち破る作戦か。これは戦果によっては次の王がどの軍閥から出るかも影響するんだろうな。
帰ったのは夕方になった。ボレットに怒られるのを覚悟した。だが、ボレットは会議で外していた。会議は十五時から二度の休憩を挟んで続いていたので、長いものだった。
厩の窓からボレットの部屋の窓が見える。灯りでボレットが帰ってきた状況がわかった。
ボレットの部屋に出向いた。
「ご主人様。手紙の配達が終わりました。お返事として、くれぐれも功を焦るな、とボボモン閣下よりお言葉を預かりました」
「それだけ?」とボレットは不機嫌に言葉をぶつける。
しおらしく答える。
「他には、ございません」
ボレットはつんとした態度で命じる。
「わかったわ。ヘイズに新たな任務を授けます。簡単だけど重要な任務よ」
偉い人の簡単は、簡単じゃない内容が多いからな。
「どのような、仕事でしょう?」
「人間の街に潜入して、密書をジャスパーに届けてきて」
これは、いただけないね。普通のインプに人間の街に潜入しろ、だなんて死に行けって命ずるようなものだぜ。しかも、密書ってんだから人間の手に渡ったら困る代物だろう。
これは完全に功を焦っているね。パパンの危惧した通りに事態が運ぶぜ。
断りたい。だが、普通のインプなら契約があるので断れない。渋々、受けざるを得ない仕事だ。
なので、普通のインプの振りをするなら受けねばならない。受けた上で、偶然を装って成功させねばならない。
面倒な仕事が回って来たものだぜ。