第三十九話 シンテイの決断
翌朝、朝食が終わるとヘイズはシンテイに呼ばれた。
テントにオウテイとライテイの姿は見当たらない。
シンテイが真剣な表情で切り出した。
「一晩よく考えた。悪魔大金貨十枚は貸せない」
驚きはしないが、妥協もしたくはない。
「では、いくらなら貸していただけるのですか?」
「金は貸せない。だが、困窮する盟友を捨てるのも忍びない。そこで、支援金として、悪魔大金貨を一枚だけ渡そう」
タダで悪魔大金貨を一枚渡だけす、か。困っているのはお互い様。なのに、義に厚いケンタウロスだ。
だが、ここで「はい」と引き下がるようでは、大きく儲からない。
「弱りましたな。私は、悪魔大金貨十枚を借りてこい、と命じられました。ここで、悪魔大金貨を一枚だけ貰って帰るなぞ、ベルトランド様に顔向けができません」
「ヘイズ殿が困るのは重々承知。でも、これ以上は譲歩できません」
「ならば、龍神を蘇らせる祭器を人間から奪ってきます。祭器を悪魔大金貨十枚と交換するのは、どうでしょう?」
シンテイの顔が厳しくなる。
「何のことですかな?」
「隠したいのでしょうが、こちらは既に知ってしまった。あるのでしょう? 龍骨ケ原には龍神を甦らす祭器が」
シンテイは「ある」とも「ない」とも答えないので、言葉を続ける。
「もうじき、人間は地下遺跡への入口に気が付きます。地下遺跡が見つかれば、祭器が人間側に渡る未来は目に見えていますよ」
シンテイの表情は厳しい。
「そこまでご存じなのですか」
「いかがですか? 駄目元で我らに頼ってみては。失敗しても腹は傷まないでしょう」
「祭器が悪魔大金貨十枚で手に入るなら安いかもしれん。すまぬが、もう少し時間をくれ」
「いいですが、あまり時間はないですよ」
ヘイズがテントから出て行くと、オウテイとライテイがテントに入って行く。
その後、他のケンタウロス族が入れ替わり、シンテイのテントに入っていく。
フラヴィアが不安な顔をしてヘイズに尋ねる。
「何やら、ケンタウロス族の動きが慌ただしくなってきたわね」
「重大な決断をする前触れでしょう」
「ヘイズは何をシンテイに進言したの?」
「遺跡の発掘現場に忍び込む。それで、大事なお宝を取り戻す。だから、悪魔大金貨をくれ、と頼んだだけですよ」
「何よ? そんな大それた内容を話したの? できなかったら大変よ」
「問題ないですよ。こちらには、召喚水晶があります。イフリータで混乱させて、その隙に、私が侵入して宝を奪ってきますよ」
フラヴィアは冷たく言い捨てる。
「そう簡単に行けばいいけどね」
昼過ぎにヘイズとフラヴィアはシンテイのテントに呼ばれた。
シンテイは真剣な顔で申し出た。
「ヘイズ殿の申し出を受けよう。もし、祭器を持ち帰ってくれれば、悪魔大金貨十枚で買おう」
豪儀な話だ。つまり、祭器にそれだけの価値があるわけか。
フラヴィアがやる気になって尋ねる。
「わかりました。では、間違いがあっては困ります。祭器の詳しい形状について教えてください」
シンテイの表情が曇る。
「実は祭器だが、どんな色や形なのか共に伝わっていない。ただ、資格ある者が手にするとわかる、とだけ伝えられている」
おいおい、それじゃあ偽物を掴まされるかもしれないぞ。
シンテイの言葉にフラヴィアも困惑する。
「それで、その資格を持つ者とはシンテイ様なのですか?」
「いいや、儂ではない。資格を持つ者の血統は絶えた」
フラヴィアが当然の疑問を口にする。
「それでは、祭器が本物かどうか、調べようがないでしょう?」
「だが、賢者リョウオウの遺言によれば、時が来れば自ずとわかる、と伝えられている」
これだから賢者は嫌いだ。後世に言葉を残すのはいい。
だが、もっとわかりやすくしてくれないと後世の人間が困る。
とはいえ、ここで「できません」と答える能なしにも、なりたくもなしだ。
フラヴィアの顔を見ると、フラヴィアは仕方ないとばかりに頷く。
ヘイズはシンテイの依頼を受諾した。
「難しい仕事になりそうですが、やってみましょう」
「よろしく、頼みましたぞ」
話が纏まったので外に出る。
フラヴィアがヘイズに尋ねる。
「悪魔大金貨を借りるのではなく、貰えるなら良い話だけど、簡単には行かないわよ」
「そうでしょうね。正面から挑むなら、兵の三千も欲しいところですな」
兵が欲しいは正直な感想だった。
「でも、そんな兵は、スンニドロにも居留地にもいないわ」
「あるのは召喚水晶が一個と、我らだけですね」
フラヴィアが困った顔をして尋ねる。
「ねえ、この仕事、上手く行くと思う?」
「行くかどうかではなく、やり遂げればならないのですよ」
「そうね。ベルトランドの頼みでなければ、とっくに帰っているわ」
フラヴィアは作戦が上手く行くとは思っていない。だが、対案となる名案もない。
なら、俺の考えに乗ってもらう。
「作戦はとても簡単です。フラヴィア殿に召喚水晶を預けます」
「私がイフリータを呼び出して発掘現場を襲っている間にヘイズが侵入するのね?」
「そうです。それで、私が祭器を奪います」
「普通は成功率が零の作戦よ」
並のインプには不可能だ。俺だって成功確率が五割もあるとは思えん。
だが、人間は昨日の侵入に際して、アーガンしか気付かなかった。
やれない作戦でもないだろう。
悪魔大金貨を五枚も貰う仕事はそれだけ難易度が高いって状況だ。
「やってみましょう。失敗しても失う物は召喚水晶だけです」
マリアは危険なので居留地に置いていくと決めた。
テントの中でマリアに言い含めておく。
「俺はこれから危険な仕事に赴く。流れによってはここに戻って来られない」
マリアは不安も露わに訊く。
「ヘイズ様が戻られない時、私はどうすればいいんですか?」
「俺が戻らない時は、お前の頭で考え足で行動しろ」
マリアは心配していた。
「私にできるでしょうか?」
「頭があって足があれば、できるさ。それにマリアは使える使用人だ」
「わかりました。できる使用人として考え行動します」
作戦にはケンタウロスの斥候が協力してくれた。
ケンタウロスの斥候に人間の発掘現場を見張ってもらう。
逐一、人間の動きを教えてもらう。
脚の速いケンタウロスの斥候を人間の兵士が捕まえるのは不可能なので、重宝した。
三日後の昼、さっそく発掘現場で動きがあった。
ケンタウロスの斥候が駆けて来る。
「発掘現場が慌ただしくなった。何かを発見したぞ」
フラヴィアが厳しい顔で伝える。
「なら、夜になったら、イフリータで夜襲を掛けるわ」
斥候はそわそわして急かす。
「そんな悠長な対応で、いいのか? 人間に祭器を持って行かれるぞ」
フラヴィアは冷静だった。行動を急ぐ斥候を諫める。
「慌てないで。チャンスは一回しかないのよ。昼だと侵入するヘイズに危険が及ぶわ」
「わかった。なら、今晩中にでも盗み出してくれ。人間に祭器を渡したくない」
今晩に襲撃を決行か。腕の見せ所だな。
【報告】漫画の第七話を掲載しました。「目次」の下ないしは「あとがき」の下の【マンガ第〇話】をクリッくすれば読めます。




