第三十七話 交渉スタート
叢が動く。人の上半身、六つがヘイズたちの前方二十mに現れる。
男たちは兜と革鎧で武装していた。
フラヴィアは武器に手をやるが、まだ抜かない。
マリアは不安気に辺りを見回す。
出現したのがケンタウロスの戦士だと自信がヘイズにあった。
ケンタウロスなら味方なので問題ない。
注意すべきは、七つめの気配がどう出るかだった。
ヘイズはそっと地面に降り立ち、身を隠す。
出現した六人の戦士は槍を構えていた。
「人間がここで何をしている」と凄む。
フラヴィアは怖い顔で言い返す。
「勘違いよ。私たちはダーク・エルフとインプよ」
「なに、本当か?」
戦士の一人がそろそろと近寄ってきた。
相手は予想通り、上半身が人間で下半身が馬のケンタウロスの戦士だった。フラヴィアとマリアを見ると謝った。
「人間と間違えて、すまなかった」
フラヴィアも武器から手を放す。
「草が邪魔して肌の色に気付かなかったせいにしてあげるわ」
マリアも戦いにならないと知り、安堵する。
戦士は質問してくる。
「それで、ダーク・エルフが何の用で、ここまで来たんだ?」
「私たちはスンニドロを奪還したわ。それに伴い勢力を強化したいのよ」
戦士の顔は渋い。
「わかる話ではある。だが、我らも、援軍を出せるほど余力がない」
「わかっているわ。そこで、なんだけど、お金を借りたいの」
「借金の申し込みか?」
「あなた方の指導者に会わせてちょうだい。詳しくは指導者とヘイズが話すわ」
戦士がヘイズに視線を向ける。
「ヘイズとは、そこのインプか?」
「そうよ。ヘイズは旅の商人で、ベルトランド団長から交渉役を任されたのよ」
「どうも。私がヘイズです。お互いに利益になる話をしましょう」
戦士はマリアを見ると申し出た。
「わかった。とりあえず、荷物を持ってやる。小さい子には重いだろう」
マリアがちらりとヘイズを見る。
「ご厚意に甘えなさい、マリア」
マリアは、召喚水晶以外の旅の荷物をケンタウロスに渡した。
ケンタウロスとフラヴィアの注意がマリアに行く。
ヘイズは自分の影から分身の三体を生成する。
誕生したヘイズの真っ黒な分身は、そっと叢に隠れる。
ヘイズは分身に謎の気配の始末を命じる。
「何をしているの? 行くわよ」
フラヴィアが促すので、ヘイズは「ただいま、行きます」と応じる。
ケンタウロスとフラヴィアが雑談をする中、ヘイズは分身の気配に注意する。
歩き出して十分で動きがあった。一体目の気配が消える。
すると、二体目、三体目も消えた。
ヘイズの分身はBクラス上位の力を持つ。それが、あっさり三体とも消された。
背後を気にする。謎の存在はヘイズたちを追っては来ていなかった。
俺と直接対決を避けて撤退したか。慎重な奴だ。
後方の安全が確保できた。
フラヴィアが話しているのとは別の戦士に話し掛ける。
「居留地の規模はどれほどなのですか?」
沈んだ顔で戦士が話す。
「前は五千人が暮らす壮大なものだった。だが、今は皆が散り散りになり五百人もいない」
ケンタウロス族も手痛く負けているか。
「それはお辛いですな。お金を借りに行くのですが、貸すだけ金はあるのですか?」
「金は嵩張らないので持って逃げられた。だが、これから金は我らも必要になる」
ないのであれば借りられないが、あるのなら借りられる。だが、交渉は厳しいな。
「他人に貸すほどはない、と」
戦士は素っ気なく答える。
「さあな。全ては長が決める。俺にはわからんよ」
「ワウグーン草原での人間の活動はどうなのです? 活発ですか?」
戦士は苦々しく語る。
「人間は俺たちの居留地を略奪し焼き討ちをした。その後、龍骨ケ原を占拠した。全くもって、忌々しい」
龍骨ケ原の価値に人間が気付いたか。それとも、白の龍人の手引きか。
どちらにしろ、先を越されたのなら秘宝の存在が気になる。
それとなく尋ねる。
「龍骨ケ原には、何があるのですか?」
「偉大なる賢者リョウオウの墓がある。人間たちは賢者の墓を荒らしている」
「墓には何か、お宝が眠っているのですか?」
「いいや。リョウオウの遺言により、墓には遺骨だけが納められている」
嘘を吐いている様子はない。
一般的なケンタウロス族には、龍骨ケ原の秘密は伝わっていないのか。
隠されている秘密は何なのか、秘密を聞き出すのもまた俺の仕事か。
ケンタウロス族の居留地が見えてきた。
居留地は草を刈って円形のテントを張っただけの簡単なものだった。女子供の姿が多い。
五百人といっても、半分は女子供。戦力になるのは二百がいいところか。
一番大きなテントに連れていかれる。直径が十二m。高さが二・五mのものだった。
長が住むにしては随分と小さなテントだな。
戦士が愚痴る。
「昔はもっと大きなテントが長の家だった。今はこのくらいしかない。許されよ」
「気にはしませんよ。今は有事ですからね」
フラヴィアと一緒に来ていた戦士がヘイズたちに指示する。
「長に面会が可能かどうか、訊いてくる。ここで待たれよ」
戦士が一人、テントの中に入る。
フラヴィアにそっと声を懸ける。
「思ったよりケンタウロス族が受けた被害は大きいですね」
フラヴィアが曇った顔で応じる。
「交渉は難航しそうね」
「簡単な交渉なら、成功しても悪魔大金貨を五枚も貰えませんからな」
フラヴィアはヘイズの言葉に驚いた。
「何ですって? ベルトランドはそんなに多額の報酬を約束したの?」
何だ? 聞いていなかったのか?
「交渉が成功した時の私の取り分は悪魔大金貨にして五枚ですよ」
「本当にベルトランドには呆れるわ」
テントから戦士が戻ってくる。
「長がお会いになる。入られよ」
フラヴィアとヘイズがテントに入る。
テントの中には三人のケンタウロスが座っていた。
二人は若く、一人は白髪の年寄りだった。若者の顔は似ているので兄弟だと思った。
兄は丸顔で、髪は短く目付きが鋭い。
弟も丸顔だが、髪は少し長い。顔付きは優しい顔をしていた。
三人には戦士としての風格があった。三人は質素な厚手の服を着ている。
あまりに質素な服なので、服装からは誰が長なのかわからなかった。
三人と向かい合って座る。
老人が口を開く。
「遠路はるばるよくおいでになった。儂が長のシンテイだ。横にいるのが、息子のオウテイとライテイだ」
兄がオウテイで弟がライテイだった。
フラヴィアとヘイズも名乗り挨拶する。
シンテイの表情は渋い。
「本来なら、同盟の客人が来たら手厚く持て成すところ。だが、今は戦時中ゆえに大した持てなしができない。許されよ」
フラヴィアがシンテイの挨拶に答える。
「承知しております。人間たちの横暴は目に余るしだい。共にこの難局を乗り切りましょう」
「わかった。それで、用件だが、事前に連絡があった援軍の派遣だな。援軍はいつ来る?」
援軍の言葉が出ると、オウテイとライテイが興味を示すのがわかった。
フラヴィアが表情を強張らせて答える。
「私とヘイズだけです」
フラヴィアの言葉にオウテイの顔に怒りが満ちる。
対照的にライテイはひどく落胆した。
まあ、そうなるわな。わかるよ、その気持ち。俺だって同じ立場なら落ち込む。
シンテイはフラヴィアの言葉を予期していたのか、落胆はない。
「そうか。ベルトランド殿も大変なのであろう。だが、大変なのもこちらも同じ。借金の件は諦めてもらいたい」
これも当然の反応だな。
ヘイズはちらりとフラヴィアを見てから、交渉に加わる。
「我らは二人。だが、ベルトランド様はシンテイ様を見捨てたりはしません。おい、マリア。召喚水晶をここへ」
マリアが背負っていた召喚水晶を下ろし、オウテイに見せる。
「援軍と名乗る以上、役に立たねば意味がありません。召喚水晶を持ってきました」
シンテイが真剣な顔で、召喚水晶を眺める。
オウテイとライテイも初めて召喚水晶を見るのか、興味を示した。
「これで、イフリータが呼べます」
シンテイの表情は渋い。
「イフリータは確かに強い。だが、呼べるのは一回だけ」
「一回の勝利が戦局を分ける場合もあります」
シンテイは質問する。
「なるほど。それでは聞きたい。金をいくら借りたいのだ?」
「悪魔大金貨にして十枚」
具体的な金額を出すとオウテイの顔が再び怒気を帯びる。
ライテイも、あり得ないとばかりに落ち込む。
長のシンテイの表情は崩れない。
「金は我がほうでもこれから必要になる。とてもではないが、悪魔大金貨で十枚は貸せない。だが、召喚水晶は欲しい。召喚水晶を悪魔大銀貨三十枚で買おう」
当然といえば当然の申しで、ここまでは想定内だ。
「私たちは、どうしても悪魔大金貨を十枚借りたい。では、この召喚水晶を使って龍骨ケ原を奪還すれば、悪魔大金貨を十枚、貸してもらえますか?」
龍骨ケ原の名を出すと、シンテイの眉が一瞬だが跳ねた。
やはり、龍骨ケ原は人間を踏み入らせたくない秘密があるのか。
「お主、何を知っているのだ?」
「何も知りません。だが、教えていただけるのなら、協力しましょう」
「一晩、考えさせてくれ」
初日の会談は終わった。
感触は悪くない。だが、シンテイが秘密を語ると限らない。
これは、俺が独自に動く必要もあるか。




