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第三十六話 ケンタウロス族の居留地に向けて

 夕食の後、ベルトランドにヘイズは呼ばれた。

 ベルトランドは館の客間の一つを私室として使っていた。


 客間はコンパクトで機能的な部屋だった。

 ベルトランドはにこにこ顔で杯に酒を注ぐ。杯をヘイズに渡して酒を勧める。


「人間の残して行った酒だ。遠慮なく飲んでくれ」

「では、遠慮なく」と口を付ける。


 酒はオレンジの香りが残る、度数が低い酒だった。酒は魔法で冷やされていた。

 あまり高い酒ではないようだが口当たりは良かった。


 オレンジ・ジュースで酒を割ってあるな。インプだとあまり飲めないと、気を使ったな。

「それで、私めに何か御用でしょうか?」


「また、召喚水晶を仕入れて来たそうだな。仕入れて来た召喚水晶を売ってくれ」


 この程度の依頼なら問題ない。

 だが、こんな簡単な用件ではベルトランドが呼びはしない。


 ヘイズは微笑を湛えるように努力しながら、用心していた。


「商売ですのでお売りしますが、お代はいかほど頂けるのですか。もう、森の樹は充分にいただきましたよ」


 ベルトランドは笑って応じる。


「樹ばかり与えるつもりは、ない。あまり、あちらこちらに樹をやる約束をすると、森がなくなるからな」


「森がなくなれば、スンニドロを解放した英雄でも、無事ではいられないでしょう」

「ヘイズ殿の指摘する通りだ。今度はきちんと悪魔大銀貨で二十枚、払う」


 傭兵団に金はない。やはり、どこかの大金持ちが背後に付いたか。

「払っていただけるのなら、お売りしましょう」


「ただ、今は手持ちの金がない」

 何だ? 金持ちの後援者が付いた訳ではないのか?


 ヘイズはベルトランドの出方を窺う。

「ツケにはしたくありませんな」


「ツケにしろ、などと無理は頼まない。金は払う。だが、金を払う場所がスンニドロじゃない」

「と、言いますと」


「金はケンタウロス居留地で、ケンタウロス族が払う」

 怪しい話だ。他人の金で支払いを済ませようなど、商人によっては怒るぞ。


 ヘイズは取り澄まして指摘する。

「誰が払おうと、金は金です。ですが、ケンタウロス族は払いますか」


 ベルトランドは自信たっぷりに話す。

「払うさ。困っているケンタウロス族の救援に兵を派遣する。その見返りに金を借りる」


 無茶な考えではない。筋は通る。

 だが、兵を派遣するのにヘイズは反対だった。


 兵が倍になった。とはいえ、兵の数はいまだ千に満たない。

 ただでさえ少ない兵を割けば、スンニドロの守りはますます弱くなる。


「ベルトランド様は義に厚いお方ですな。でも、派兵は止めたほうがいい」


 ヘイズは、やんわりと問題を提議した。

 笑顔を崩さずベルトランドは答える。


「忠告はごもっともだ。だが、ケンタウロス族を助ける決断は情にあらず」

「何かメリットがあるのですか?」


「二つある。第一に、ケンタウロス族には交易で貯めた金がある」

 交易をしていたのなら金はあるな。だが、いかほどのものやら。


 案外、戦いで全て使い果たした危険性もある。

 内心を隠して相槌を打つ。


「軍を大きくするなら、金は必要ですな」

「だろう。第二に、ケンタウロス族は龍骨ケ原に眠る秘宝の情報を持っている」


 ほう、やはり、龍骨ケ原には何か秘密があるのか。


 普段のケンタウロス族なら秘密は教えない。だが、ケンタウロス族も拠点を落とされている。拠点を奪還できるなら、話は別だ。


 手を貸せば秘宝について喋るとベルトランドは踏んだか。

 俺も秘宝については知りたい。従軍して情報を得るのも、良いかもしれないな。


「龍の巣穴に入らねば宝もなし、との諺もありますからな。利益があるならいいでしょう」

「話がわかるインプで助かる」


「それで、兵はいかほど派遣するのですか?」


 ベルトランドは、さらりと言ってのけた。

「フラヴィアとヘイズ殿だけだ」


 ベルトランドの言葉に耳を疑った。

 おいおい、この大将は正気か?


「二人では援軍と呼べない。ケンタウロス族は怒りますよ」

 ベルトランドの表情は明るい。さも、失敗はないと言いたげだった。


「そこで、召喚水晶だ。召喚水晶を持って行くなら二人だけでも恰好が付く」

 いくら借りるかは知らない。だが、これでは大した額は借りられない。


 やんわりと失敗を暗示する。

「ないよりは、いいでしょうが、それでも落胆するでしょう」


「そこはそれ。何とか言い含めて金を借りる」

 気になったので率直に尋ねる。


「ちなみに、いくら借りたいのですか?」

「悪魔大金貨にして十枚を無利子で頼む」


 悪魔大金貨にして十枚なら、悪魔大銀貨に換算して千枚にもなる。

 召喚水晶は良くても悪魔大銀貨で二十枚。


 まともな神経の持ち主なら、「金は貸さないから召喚水晶を売れ」と命じる。

 これは無茶な仕事だな。成功する見込みがないぞ。


「いくらフラヴィア殿が優秀とはいえ、この取り引きが成功するとは思えません」

 ベルトランドは不思議そうな顔をする。


「何を勘違いしているのだ。話を纏める人物はヘイズ殿だ」

 これは本職の商人でも無理だな。交渉事の域を超えている。


 できない仕事は、安請け合いしない。

「さすがに、これはお断りしたい」


 ベルトランドは堂々と構えて頼んだ。

「まあ、待て。大変な頼み事をするのだ。召喚水晶の買い上げとは別に報酬を払う」


 大した額ではないだろう。でも、気になったので訊いておく。

「いかほど、いただけるので?」


「借りてきた悪魔大金貨の内、五枚はヘイズに渡す。もし、悪魔大金貨十枚を借りられたのなら、五枚はヘイズの取り分として払おう」


 借りられたのなら、その時点で大きく儲けられるわけか。だが、怪しい話だな。

 俺に払う悪魔大金貨も、何だかんだ理屈をつけて取り上げる気かもしれん。


 ヘイズは疑った。だが、同時に話を成功させた時のメリットも理解していた。

 悪魔大金貨が五枚を貰えたとする。貰った時点で俺の収支は大幅にプラスだ。


 ここいらで危ない橋を渡るのを止めて、リタイアする将来もあるな。

 あとはマリアを使用人として雇い、どこかで雑貨屋を開く未来もできる。


 もしかして、俺の進むべき道は、危険な世界から足を洗う展望か。

 ヘイズが考えていると、ベルトランドは頼む。


「どうだ? 失敗してもヘイズは何も失わない。引き受けてはくれないか」

「わかりました。借財の申し込みをしてきましょう」


 ベルトランドは気をよくして杯を手に取る。

「では、我らの輝かしい未来を願って乾杯しよう」


 ヘイズも杯を持ち賛同する。

「我らの輝かしい未来に、乾杯」


 ヘイズとベルトランドはオレンジ酒を飲み干した。

 翌日、マリアに召喚水晶と荷物を持たせる。


 マリアには少し重いと思ったが、あえて持たせた。マリアは召使である。

 主人であるヘイズが召使を気遣っては、フラヴィアの手前、格好が付かない。


 ヘイズがどう心の内で思っていようと対外的な誤解は避けたほうが良い。

 立場をはっきりさせたほうが、回り回って、マリアのためにもなる。


 マリアは荷物を背負ったが不満一つ漏らさなかった。

 森の中を通る秘密の通路を使い、二日でアローラの森を抜ける。


 森の先にはダーク・エルフの村があるはずだった。だが、人間たちが占拠している可能性があるので迂回する。


 少人数だったので、人間に見つからずに済んだ。

 三日目には広々とした草原に出た。草原の草は背が低く、一mほどしかない。


 フラヴィアが穏やかな顔で教えてくれた。

「ここがワウグーン草原よ。徒歩で四日ばかり行った場所にケンタウロス族の居留地はあるわ」


「それにしても随分と背が低い草ですね」


「ワウグーン草は、どんなに高くなっても百五十㎝を超えて生長しない草なのよ、それに、今年は雨が少ないから、草の生育が遅れているって話よ」


 マリアがフラヴィアの言葉を補足する。


「聞いた覚えがあります。ワウグーン草原は元荒れ地だったそうです。そこをケンタウロスの賢者が種を蒔いて草原にした、とか」


 フラヴィアはマリアを褒めた。

「よく知っているわね。ワウグーン草原ではワウグーン草ぐらいしか育たないのよ」


 マリアが利発に語る。

「ワウグーン草は草食動物とケンタウロス族しか食べない草だとも聞きました」


「そうね。でも、こんな場所でも人間はいるから、気を付けてね」

 農業には不向きな土地でも畜産には向いている土地なんだろう。


 おおかた、馬や羊を飼って暮らしているんだな。

 ヘイズたちはワウグーン草原に足を踏み入れた。


 ヘイズは軽く宙に浮き、顔を草の間から出す。

 三人が進むこと二時間。休憩を摂っていると、何かがこっそり近づいて来る気配がした。


 数は六か。人間の兵士にしては少ない。気配の消し方が慣れている。ケンタウロスだな。


 フラヴィアがそっと警告の声を懸ける。

「誰かがこっちの様子を窺っているわね」


 マリアが怯えた顔をする。

「人間か、レプラコーンでしょうか」


 フラヴィアは緊張した顔で意見する。

「わからないわ。ケンタウロスかもしれないわ」


 相手はケンタウロスだと思ったが、おどおどした振りをする。

 だが、ここでヘイズたちの様子を窺う七つ目の気配に気が付いた。


 七つ目の気配はあまりにも微弱だったので、ヘイズですら感知が遅れた。

 気配はヘイズたちの後方十五mにいた。


 どうやら、独り別格がいるな。こいつは、どっち側の勢力だ?

 別格の相手には、フラヴィアもケンタウロスも気付いている様子がなかった。

休載のお知らせ。5月27日まで休載します。次回更新は5月28日です。

漫画第四話の掲載は予定通りに5月16日頃です。

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