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第三十五話 情勢と怪しい味方

 ヘイズは情報屋のダックスに会いにカフェへと向かった。

 ダックスはいつもの席にいた。向かいの席に腰掛け、林檎の発泡酒を頼む。


 林檎の発泡酒が運ばれると、ヘイズは闇に包まれた。

 闇に包まれるとダックスが話し出す。


「どうだい? ポンズ地方は美味いかい?」

「まだ何とも判断できないね。ただ、ダーク・エルフはスンニドロを奪還した」


 ダックスはヘイズの言葉に興味を示した。情報屋にとって生の情報元は大事だ。

「それで、どうなんだ? スンニドロは維持できそうかい?」


「スンニドロ戦に赴いた兵は四百。半分以上は残ったな」


 ダックスが渋い顔で忠告する。

「そんなに少ないのか? 人間が二千も兵を出せば、奪い返されるぞ」


「俺も人間側の攻勢は気にはしている。だが、スンニドロを占拠したベルトランドはスンニドロに留まる対応を選んだ」


「あまり賢い選択だと褒められないな」

「俺も同意見だが、ベルトランドは何か隠しているのかもしれない」


 ダックスが思案する仕草をして、持論を語る。


「スンニドロ、ダーク・エルフたちの古い都だ。隠し財産なり、兵器なりが眠っている可能性はある。だとすれば、留まる理由はわかる」


「帝国が兵を派遣する以外に、人間側の情報はないのか?」


 ダックスが真剣な顔で教えてくれた。


「あるね。神隠しだ。人間の領内で人間が突如として消える現象が起きている。しかも、百人や千人といった規模でだ」


「そいつは、奇妙だな。実はダーク・エルフのペペの村でも村人が忽然と姿を消している。スンニドロを解放した時にも、街のダーク・エルフはいなかった」


「噂では龍人が陰で動いているって話だ」

「龍人はペペの村でも見た。龍人は、ベルトランドとも取り引きをしている」


 ダックスはそっと顎に手をやる。ダックスの考える時の癖だった。

「やはり、神隠しの裏には龍人の影があるのか」


「あと、これはダックスだから教える。聖剣の行方がわかった」


 ダックスが興味を示した顔でちょっぴり身を乗り出した。

「なに、本当か? どこにある?」


「スンニドロを解放した傭兵団のベルトランドが持っている。俺が確認した」


「ヘイズが教えてくれたから、こっちも教える。実は魔剣の行方がわかった。魔剣は人間のエドムンドが所持している」


「ダーク・エルフが聖剣を持ち、人間が魔剣を持ったか」

「そういう事態になるな」


 これは、ベルトランドとエドムンドがぶつかるかもしれない。

 だが、現状では人間側が圧倒的に有利。聖剣は奪われるかもしれない。


 どうにか、エドムンドから魔剣を奪えないだろうか?

「他には何か情報はあるか?」


「もう一つ気になる情報がある。地鳴りだ」

「アローラの森で活動していたが、地鳴りを聞いた覚えはないぞ」


「地鳴りが確認されている場所は二箇所。アローラの森の南にあるフレダルト山脈とアローラの森の西にあるワウグーン草原だ」


 まだ行っていない場所だな。

「共通点はあるのか?」


「わからない。だが、フレダルト山脈には龍骨谷がある。ワウグーン草原には龍骨ケ原がある。どちらも、かつて龍神がいたとされる場所だ」


 龍神由来の地か。なら、隠し砦にあった研究施設が気になる。


「気になる話だな。実はアローラの森の地下には龍脈と呼ばれる魔力の流れがある。ペペの村の近くに研究施設があった」


 ダックスが眼光も鋭く意見する。


「もしかすると、龍脈はアローラの森で分岐して、龍骨谷や龍骨ケ原と繋がっているのかもしれんな」


 可能性はあった。

 アローラの森で龍脈が分岐しているなら、世界樹は何らかの役目を負っている。


 やはり、ベルトランドたちは秘密にしている内容がある。

「他に有意義な情報はあるか?」


「人間がスワン・レイスの住む毒の沼地で何かを探している。捜索は軍を使いかなり大規模にやっている。何を探しているかは、わからん」


 毒の沼地は経済的にも軍事的にも価値はない。あるとすれば、やはりここにも隠された何かがある。ポンズ地方はずいぶんと色々と秘めた地だな。


「わかった。気に留めておく」

 ヘイズは悪魔銀貨十枚をテーブルの上に置く。


 闇が去りテーブルの上の悪魔銀貨が消えた。

 ヘイズは後に残った林檎の発泡酒を飲むと、カフェを後にした。


 マリアとの待ち合わせには時間があったので、傭兵斡旋(あっせん)所に行く。

 傭兵斡旋所は小さな傭兵団が共同で作った事務所である。


 主に傭兵の受け入れと仕事の斡旋をしていた。

 事務所は傭兵団に加入したい種族で溢れていた。


 だが、仕事を引き受ける窓口は空いていたので、すぐに対応して貰えた。

 受付のコボルドの事務員に訊く。


「ポンズ地方の拠点を防衛する任務を頼みたい。何人まで派遣できる?」

 事務員は表情を曇らせ首を横に振った。


「ポンズ地方に行く傭兵なんて、いませんよ。いたとしても馬鹿に高くなります」

「一人あたり、悪魔大銀貨一枚とか?」


「十日で悪魔大銀貨一枚を出せば、行く奴はいるかもしれません。ですが、今のポンズ地方の情勢なら、百人や二百人が行ったところで、戦況は変わらないでしょう」


 やはり、来る奴はいないか。

「大手の傭兵団ならどうだ?」


「大手はもっと高いですよ。金のためならどんな仕事も引き受ける黄金の(つるぎ)団なら来てくれるかもしれません」


 黄金の剣団は知っていた。有名大手の傭兵団である。入団資格は厳しいが、給金も良い。

 実力も高くここぞという大きな戦に雇われる。ただ、雇うには多額の金が掛かる。


 事務員も報酬の高さを指摘した。


「黄金の剣に頼むのなら悪魔大銀貨ではなく、悪魔大金貨を用意する必要がありますね。しかも、大量にね」


「大量の悪魔大金貨は用意できないな」

 ヘイズは外から味方が来ない状態を確認できたので、マリアとの待ち合わせ場所に行く。


 待ち合わせ場所にいたマリアはニコニコしていた。

 菓子で買える笑顔か。こっちは安くて助かる。


 召喚水晶には作り置きがあった。召喚水晶と送還用魔法陣が描かれた布を補充する。

 マリアに召喚水晶を持たせて、スンニドロに戻った。


 スンニドロに戻ると、明らかに兵が増えていた。

 増えた兵はダーク・エルフばかりではなかった。


 スンニドロの解放を聞きつけてやって来たにしては、不思議だった。

 ガガタがいたので尋ねる。


「兵士が増えましたね。どうしたのです?」


 ガガタが明るい顔で教えてくれた。

「スンニドロ解放を聞きつけてやって来たダーク・エルフが百名いる」


「獣人、スワン・レイス、ケンタウロス、オーク、オーガ、蜥蜴(とかげ)人、昆虫人もいますよ」


 ガガタが胸を張って答える。


「横の繋がりだ。ベルトランドが立ち上がったと聞き傭兵時代の友がやってきた。友軍は三百名。これに、仕官を目的にした浪人が百名ばかり加わった」


 ダーク・エルフが故郷を解放する目的で団に加わるのは理解できる。

 職にあぶれた浪人が一旗あげんとして加わるのも、まあ、わかる。


 だが、傭兵の加勢が気になった。

 傭兵は利で動く集団。団長同士の個人的な付き合いはあるかもしれない。


 だが、三百名の傭兵が見返りなしに加勢にするとは思えなかった。

 傭兵事務所の事務員も「ポンズ地方に行く傭兵はいない」と断言していた。


 ベルトランドに金はない。傭兵の報酬を森の樹で払うことは不可能。

 これは、何か大きな見返りがあるか、誰かが大金を投じたな。


 兵力は三百名から八百名と二倍以上になった。だが、万を超える人間と戦うには、まだ乏しい。これからさらに兵士が増えるといいのだが、軍隊の規模が大きくなれば、兵糧も金もいる。


 果たしてベルトランドたちは、どこまで勢力を拡大できるかが見ものだな。

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