第三十一話 スンニドロに向けて
先頭にいた龍人が前に進み出る。龍人は黒い鱗を持っていた。
黒の龍人は尋ねる。
「やけに村が静かだが、村のダーク・エルフたちはどうした?」
「皆さん、どこかに行ってしまいました。残っているのは私だけです」
「それでお前は何者だ? ダーク・エルフの使い魔か?」
「名前はヘイズ。小さな商いを営む商人です。このたびは、ベルトランド様より交渉役を命じられました」
黒の龍人は軽い口調で尋ねる。
「傭兵団の使いか。用件を聞こう」
「ベルトランド様はスンニドロの奪還を目指しております。ですが、兵力が心許ない。そこで、支援をしてほしい」
「具体的に何が欲しいとの要望はあるのか?」
「足りないのは兵です。兵を派遣してもらえると嬉しい」
「兵は派遣できない。だが、人間たちが操るオート・マンを止める魔道具なら、貸してやろう」
やけにすんなり話が進んだね。でも、タダではないのだろう。何を要求してくる。
「それで、見返りには、何を求められますか? 森の樹なら渡せるのですが」
黒の龍人は好意的に笑った。
「樹なぞ要らんよ。ただ、後で我らが困った事態に陥ったら助けてくれ」
報酬の後払いなら、ベルトランドにとって都合が良い。
だが、抽象的な対価は困らないだろうか? 無理な時は無理だと断ればいいか。
それに、ベルトランドはポンズ地方を平定するつもりだ。
成功した時は、たいていの物は渡せる。失敗した時は何も残らない。
だが、それは龍人も理解している。
「わかりました。それでは、支援のほどをよろしく頼みます」
ヘイズは会談を切り上げて帰ろうとする。すると、呼び止められた。
「待て。一つ聞きたい。龍人との接触は初めてか?」
これは、おかしな内容を聞く。過去に交渉をしているなら、既に向こうが知っている。
白の龍人たちは人間の味方なので、ベルトランドに味方する状況はない。
「私の知る限りでは初めてですね」
「そうか。なら、いい。では、我らはこの村を調べていくがいいか?」
「何かお探し物があるなら、お手伝いしますよ」
「手伝いは無用だ」
龍人たちは、そのまま村で一番大きな家に向かって行った。
こっそり様子を窺う。ヘイズを監視する視線を感じた。
だが、気付かない振りをした。
監視している人物は特段、手出しをしてこない。
しばらくすると、家から三人の龍人たちが出てくる。手には袋を提げていた。
家から何か持ち出したな。気にはなるが、襲って奪うわけにもいかない。
訊いても素直に教えてもくれないだろう。
家に帰りマリアを待つ。
翌朝、マリアと共に隠し砦に帰還し、フラヴィアに報告する。
「黒の龍人たちと接触でき、支援の約束を取り付けました。オート・マンを止める魔道具を、黒の龍人たちは貸してくれます」
フラヴィアが顰め面で尋ねる。
「それで、何を要求されたの?」
「別に、何も要求されませんでした。後で黒の龍人たちが困ったら助けて欲しい、と」
フラヴィアはヘイズの言葉を露骨に疑った。
「本当にそんな内容だったの?」
それは疑うわな。見方によってはタダ同然の支援だからね。
「嘘偽りは一切ありません。ただ、妙な質問を一つされました。龍人との接触は初めてか、と」
「それで、ヘイズは何て答えたの?」
「正直に初めてだと答えました。何か問題がありましたか?」
フラヴィアは澄ました顔で答える。
「別に、何もないわよ」
表情には出ていない。だが、ヘイズは、フラヴィアの嘘を感じ取った。
何だ、既に龍人との取り引きがあったのか。でも、なぜ隠す?
まさか、人間側の味方に付いている白の龍人とも取り引きがあるのか?
ガガタは教えてくれた。ベルトランドは才能があれば人間でも登用する国を創る、と。
白の龍人と関係があったら、問題だな。魔神勢力から敵と見做される。
勢力が小さい段階で人間と魔神の両方を敵にするなら、馬鹿としか表現しようがない。
その場合は、中隊長格の首の一つも取らないと、後が面倒だな。
中隊長たちは強い。だが、ヘイズなら殺せる自信があった。
もっとも、正面切ってやり合おうとは思わない。殺すなら罠に掛けて楽に葬る。
フラヴィアに報告をして三日が経つ。夕食後にベルトランドに部屋に呼ばれた。
ガガタと一緒に部屋に行く。ベルトランドは機嫌がよかった。
「遂にスンニドロ奪還作戦を行う時が来た」
動く時が来たか。でも、俺は戦闘狂ではない。
「私は旅の商人。戦闘には不向きですよ」
やんわりと拒絶してみた。
ベルトランドは気にせずお願いしてきた。
「わかっている。だから、無理を承知で頼む。ヘイズはイフリータを伴って先鋒を務めてくれ」
何でそんな大役を俺に任せる? 俺は表向き一商人だぞ。
「私が先鋒を? ますますもってお断りしたいですな」
ベルトランドは真剣な顔で頭を下げた。
「そこを、何とか頼む」
サンドラは強い。されど、気まぐれなところがある。
あまりサンドラには頼って欲しくないのが本音だ。
「イフリータは確かに強力。でも、支援なしでは勝てませんよ」
「俺もイフリータ一人でスンニドロを奪還できるとは思っていない」
当然といえば当然だ。馬鹿でなくて助かる。
「何か策があるのですか?」
「イフリータはオート・マンを止める魔道具が発動するまでの時間稼ぎだ」
「魔道具が発動したとして、勝てますか?」
ヘイズの率直な問いに対して、ベルトランドは嫌な顔をせず答える。
「スンニドロを守る人間の兵は三千。その内、二千五百はオート・マンだ」
「なるほど。オート・マンが動かなくなれば、四百対五百。勝ち目はありますね」
オート・マンが相手なら命が吸収できない。あまり旨味のない戦いになりそうなだ。
「そうだ、世界樹に掛けられた封印さえ解ければ、後はこっちのものだ。街のダーク・エルフも立ち上がり、スンニドロは奪還できる」
楽観的な見方だな。戦争とは上手く行かないものだ。
魔道具に頼った戦いは、魔道具に予期せぬ異常が起きれば失敗する。
負けられない戦いであれば、二の策、三の策を用意しておかなければ危なくて仕方がない。だが、ベルトランド側に二の策、三の策がないように思えた。
俺を信用せずに作戦の全容を明かしていない可能性もある。
だが、ベルトランドには、そこまで深い考えがないように感じた。
ベルトランドが負けた場合は聖剣を回収すればいいか。
聖剣が無理なら、ベルトランドの名を使って他の魔神勢力に取り入るのも手だな。
ヘイズはベルトランドが勝てなかった時の展開を既に考え始めていた。
負けた時の対応が浮かんで来る。先鋒を引き受けてもいい気がしてきた。
「いいでしょう。イフリータを指揮して先鋒を務めましょう」
「やってくれるか、ありがとう」
ヘイズはベルトランドと別れると自室に戻り、マリアに命令する。
「戦争でイフリータを伴って先鋒を務める流れとなった。マリアも来い」
マリアを戦地に連れて行く決断には躊躇いがあった。
だが、マリアをいつまでも子供扱いはできない。
この先も自分の傍に置くのなら、マリアには成長してもらわねばならない。
たとえ危険でも、戦乱の世なれば甘い事を言ってはいられない。
マリアが緊張した顔で訊く。
「私の役目は、何ですか?」
「マリアには泥棒袋を渡しておく。スンニドロが落ちそうなら、金目の物を回収してこい。負けそうなら、街から逃げるんだ。できるか?」
マリアにとっては初めての火事場泥棒だった。だが、マリアは、はっきりと請け負った。
「わかりました。やってみます」
「成功したら前回と同じ魔石をやる。さらに手に入れた品が高額で売れたら、もっと取り分を増やしてもよい」
マリアはやる気になっていた。
「魔石を、また、いただけるのですか?」
「そうだ、マリアの魔力はまた一段と強くなるぞ」
「わかりました。できるだけ、高価な品を泥棒してきます」
「ただし、罠には気を付けろよ。毒矢などを受けたら誰も助けてくれないぞ。袋を満杯にしても、死んでは意味がないからな」
「私は死にません。きっとお役に立ちます」
ヘイズが先鋒を命じられた五日後、黒の龍人たちから魔道具が届いた。
魔道具は石臼に似た直径八十㎝、高さ六十㎝の魔道具だった。
翌朝、魔道具を木枠の上に載せる。
木枠を担いでベルトランドの部隊は隠し砦を出た。




