第三話 使い魔と使用人
少女を拘束している器具を兵士が解いた。
ボレットが兵士に命じる。
「召喚水晶を運ぶわ。高価な品だから、丁寧に扱うのよ」
ボレットはヘイズにも命ずる。
「召喚水晶をしまってくるから、それまでここで待っていなさい」
兵士とボレットが出て行ったので少女に言い含める。
「俺の名はヘイズ。俺が今日からお前の御主人様だ。いいな」
少女は沈んだ瞳のまま頷いた。
「お前、名前は?」
「私の名はマリアです。御主人様」
ヘイズは優しく命じた。
「では、最初の命令だ。マリア。俺の呼称はヘイズ様と呼べ」
「わかりました、ごしゅ――。はい、ヘイズ様」
「それでいい、マリア。俺は名前で呼ばれるのを好む。それでだ、ここはどこだ?」
「ボルカニア地方のハンザの砦です」
記憶している地図を思い返す。
ここがハンザの砦か。とすると、シュタイン城への侵攻ルートだな。
シュタイン城にはウーゴの街を落としてから、侵攻するルートになる。シュタイン城は落とすとして、ウーゴの街でも戦果を上げられたら、お得だな。
「ウーゴの街は落ちたのか?」
マリアは悲し気な顔で首を横に振った。
「では、落ちそうなのか?」
「私には難しい内容はわかりません」
使えない生贄だな。仕方ないか。できる使用人はそもそも生贄にはされない。
「補給はどうなんだ? 軍の規模は?」
マリアはすらすらと答える。
「補給は問題ないと思います。私のようなダーク・エルフにも、具のあるスープとパンが回ってきます。軍隊の規模は三千人でしょうか」
後方の司令部は三千人の軍隊に不満なく食料や水を供給できる、か。なるほど、実力はある司令部だ。事前の予想通り、ここのオーク司令部は優秀らしい。
「近いうちに開戦はあるか?」
マリアは首を横に振った。
「わかりません。ですが、まだ戦争の空気は漂ってきません」
急いで進軍しなくていいところを見ると、他の軍団と歩調を合わせているのか。それとも、何か策を持って、街の攻略しようとしているのか。
補給が充分なら、どちらもあり得るな。
「ボレット様って、ここで、どれくらいの地位のお方なんだ?」
「ボレット様はボボモン中将の御息女で、作戦参謀です。階級は少佐です。ボボモン中将は、ここより十五㎞後方にある作戦司令部にいます」
「ボレット様にご兄弟姉妹はいるのか?」
「ボレット様には四人の兄弟と四人の姉妹がいます」
兄弟姉妹が八人とは多いな。とすると、身内内での出世競争も激しいかもしれん。兄弟間の力関係は非常に鋭敏な問題だから、マリアに訊いてもわかるまい。
「よし、大体わかった。あと、マリアよ。座って足の裏を見せろ」
マリアは素足だった。思った通り、足の裏は傷だらけだった。
マリアの扱いは良いくない。でも、貧しい者は施しの有り難味を理解する。
兵士だけが帰ってきた。
「ボレット様の命令だ。夕方まで陣内を見回って砦を把握せよ。夕食は外で兵士と一緒に摂れ」
「どこで眠ればいいですかね?」
「ボレット様の部屋は厩が近い。だから、厩で休め。生贄も厩に置いておけ」
マリアはヘイズより砦に詳しいので、砦を案内してもらう。
「まず、酒保に行きたい」
酒保に行って店員に頼む。
「マリアに合う靴が欲しい」
酒保の店員は、むっとした顔で告げる。
「うちは軍人相手の店だよ。そんな、小さな子に合う靴はないよ」
うん、知っていたよ。知っていて訊いた。
大事なのはマリアに靴をプレゼントしようとしている態度だった。
ヘイズはがっかりした態度を装い、マリアの足元をそっと見る。
「残念。だが、酒保では手に入らないか。後でどうにかする。今は我慢してくれ」
マリアは寂しげに微笑む。
「気にしていませんから。いつも裸足ですし」
マリアを気遣う素振りをする。
「いやあ、でも足が痛いだろう」
「少しだけです」
その後、砦内を歩き回って場所の確認を終える。軍の陣容もわかった。
砦の広さは一万㎡。二階建ての石造りで、大きくはない。
平野に造られたもので、防御にもあまり向かない。関所を強化した感じだった。
兵力はマリアが教えてくれた数に近く三千三百名。
軍の主力は歩兵が中心で弓兵と騎兵が少しで合計三千名。士官の数は三百名だった。
鎧兜は革と金属板を組み合わせて作られていた。武器は剣と短い槍だった。
鎧の造りは簡単で安価に製造されたもの。武器もそれほど質がよくない。精鋭部隊ではない。だが、一般的な人間の軍隊の支給品も同じような物。装備で負けてはいない。
攻城兵器があった。カタパルトはないが、頑丈な衝車が三台ある。
ウーゴの街の城壁や城門がどれほどのものかわからない。だが、衝車があれば破壊可能だな。
兵士を観察する。戦の前のぴりぴりした空気も、興奮した気配もなかった。
だれきって遊んでいる様子はない。酒も大っぴらには飲まれていなかった。
砦は破損個所があるものの、工兵により修繕が進んでいる。
あと、九十日もあれば補修は完了しそうだった。
兵士に混じって食事を貰う。
一般兵士、使い魔、下級使用人、奴隷も同じところで食事を貰う。
兵士との違いは肉が入っているかどうかだった。
スープは少し塩辛いものの、味はまずまずだった。
味はともかく、量が充分にある。兵士からは不満も出ていない。
夜に厩で空いているスペースに行く。
マリアの足のサイズをロープで測る。
「ちょっと、出かけてくる。桶に綺麗な水を汲んで、起きて待っていてくれ」
マリアを待たせ、外に出る。
他の兵隊に見つからない場所から家に帰る。
魔法陣を書き換えて、大手の悪魔の靴屋に飛ぶ。
靴屋の店員にサイズを教えて頼む。
「安くて丈夫な靴をくれ。走りやすいのが良い。外観とか、気にしなくていいから」
「モデルを気にしなくていいなら、セール品がありますよ」
「いいよ。それで。包装は要らないから」
ヘイズは靴を買って家に帰る。家で本物の契約書を焼く。
契約書の始末が終わると、靴を持ってマリアの元に帰った。
「靴を調達してきたぞ。マリア」
マリアは驚いていた。
ヘイズは用意されていた水でマリアの足を洗う。
マリアが痛そうにするので優しく声を懸ける。
「痛いか。少し我慢しろ」
「はい」と小声でマリアが応じる。
ヘイズはマリアの足を洗い終わった。
治癒の魔法でゆっくりとマリアの足の傷を治す。
「どうだ、気持ちいいか」
「とっても気持ちいいです。ごしゅ――。はい、ヘイズ様」
靴をマリアに差し出す。
「さあ、履いてみろ。サイズはピッタリのはずだ」
マリアが靴を履くとピッタリだった。はにかんでお礼を口にする。
「ありがとうございます。ヘイズ様」
ヘイズはにこにこ顔を造って応える。
「そうか、よかった。なら、寝よう」
貧乏人ってのは、靴の一足で感激してくれるからやりやすい。これから俺の役に立ってくれよ、マリア。なんせ、ここからしばらくは大きな仕事になる。使える駒は多いほうがいい。
ヘイズにとってはマリアに掛けた優しさは見せかけ。単なる投資だった。まだ、この時は。




