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第二十八話 隠し砦の正体とベルトランド

 森の中を歩くこと一時間。崖になっている場所に出た。

 崖には高さ三m、幅四mの楕円の穴がある。


 穴の前には三人の虎の獣人が見張りをしていた。

 見張りの一人が不安な顔をしてガガタに話し掛ける。


「ガガタ中隊長。ダーク・エルフの村はどうでした?」

「村人が全員、消えていた。ベルトランドに報告する」


「そちらのダーク・エルフは生き残りですか?」

「いや、旅の商人と使用人だ。召喚水晶を売り込んできた」


 ガガタがヘイズに命じる。

「悪いが、ここで待っていてくれ。中に入れていいか、確認してくる」


 ガガタが中に入って行く。入れ違いで、真っ黒いローブを着た幽霊が出てくる。

 幽霊の顔はフードに覆われ見えない。だが、目だけが赤く爛々と光っていた。


 男はスワンプ・レイスだった。

 スワンプ・レイスがヘイズを見て立ち止まり、見張りに訊く。


「この見慣れぬ客人は、誰だ?」

「ガガタ中隊長と一緒にやって来た旅の商人です」


 スワンプ・レイスはフードを取る。フードの下には痩せこけた年配の男の顔があった。

 男の顔は、青白く骨が浮き出ている。顎髭は少しあるものの、頭髪はなかった。


「四番中隊隊長のレイだ。商人よ。名は何と言う?」

「ヘイズと申します。召喚水晶を売りに来ました」


 レイはヘイズの顔をじっと凝視する。

「ヘイズか。インプにしては大層な名だな。生まれはどこだ?」


 ヘイズの名付け親はベルワランダだった。だが、名前の由来は知らない。

 転生して物心が付いた時にはインプだった。


 インプとしての生を歩み始めた地は覚えている。

「リッテインの出身です」


 レイは光を嫌うのか、フードを被る。

「なるほど。リッテインの地なら黒魔術士のビクトル・ヘイズにあやかって付けたのだな」


 聞いた覚えのない黒魔術士だった。

「無知で申し訳ありません。ビクトル・ヘイズとはどんな人物だったのですか?」


「ヘイズはベルワランダを信奉する黒魔術士だ。姿を見た者はほとんどいない。最期は頭がいかれて異界より何かを召喚しようとして、死んだ」


 ベルワランダの信奉者ね。ベルワランダはお知り合いの名前を俺に付けたわけか。


 でも、何かを召喚しようとした、って言葉は気になる。まさか、俺の魂を呼び出すために死んだのか? 今となっては、知りようがない。あまり知りたくもない情報だな。


 レイは見張りに向き直る。

「ちょっと出かけてくる。夜には戻る」


 レイは、そのまま森の暗がりに消えて行った。

 レイが消えると、ガガタが戻って来る。


「ベルトランドが会いたいと言っている一緒に来てくれ」

 中に入る。洞窟は十mほど行った場所で行き止まりになっていた。


 ガガタが壁の一部を操作すると、壁が横にスライドする。

 奥には石造りの人工の通路があった。通路の天井には魔法の灯りがある。


 また、黴臭くもないので、空調も効いていた。

 ここは洞窟に偽装された施設だな。しかも、高度な設備を備えている。


 ヘイズの心を読んだかのように、ガガタが教えてくれる。

「ここは、ダーク・エルフの魔術士の研究施設だった」


「施設の主が村の危機に施設を開放したのですか?」


「いや、ペペの村のダーク・エルフの話では、施設の主は姿を消してすでに二十年が経っている。緊急事態なので、勝手に使わせてもらった」


「主が帰ってきたら一悶着ありそうですな」


「なに、帰ってきたら、謝って許可を取るさ。もっとも、今のポンズの情勢を知れば、帰ってきたいと思わないだろうな」


 ガガタが部屋の前で立ち止まる。

「ここが団長の部屋だ。団長を紹介する」


 ドアをノックしてガガタが一声を掛ける。

「入れ」と返事があったので、ガガタは扉を開く。


 部屋の中は五十㎡の小さな居室だった。

 部屋は大きな机、椅子と本棚があるだけの殺風景な部屋だった。


 ただ、壁には不釣り合いな古びた剣が一振りあるのが気になった。

 机の上にはポンズ地方の地図がある。


 一人のダーク・エルフが地図を眺めながら、スケッチ・ブックに何やら描き込んでいた。


 ダーク・エルフの男の外見は、人間にして二十代後半。もっとも、ダーク・エルフは人間より長生きな種族なので、実際の年齢はもっと行っているかもしれない。


 髪は真っ白で、短い坊主頭。肌はダーク・エルフらしい褐色の肌をしていた。

 身長は百七十㎝より少し高いくらい。顔は丸顔で顔付きは優しい。


 白い口髭は綺麗に揃えられていた。

 ダーク・エルフの青年はスケッチ・ブックを閉じて立つ。


 気さくな態度でヘイズを迎えた。

「こんな場所にまで商売に来てくれるとは実に嬉しい。さっそく商品を見せてくれ」


 マリアが背負い袋を下ろして、中身を見せる。

 ヘイズはぺこぺこして商品を勧める。


「売りたい品は召喚水晶です。これで、イフリータが呼べます。イフリータと言えば戦いぶりは勇猛果敢。戦力は軍団一つに匹敵します」


 ベルトランドは召喚水晶を机の上に置き子供のように目をきらきらさせて見る。

「これは見事な品だ。それで、価格はいくらだ?」


「悪魔大銀貨で二十枚になります」

「ツケは効くか?」


 値切るのではなく、ツケと来たか。

 ツケで売ってもいいんだけど、普通の商人なら売らん。


 ヘイズは笑顔を浮かべ拒絶する。


「戦争が激しくなる昨今。明日にはお互いどうなるかわかりません。代金の支払いは商品と交換でお願いします」


 ベルトランドは笑顔を崩さず交渉してくる。

「まあ、待て。支払いを待ってもらうのだ。悪魔銀貨二十枚などとケチな値は付けん」


 支払いを先延ばしにする代わりに、値上げか。

 はてさて、本当に払う気があるのかどうか。


「支払いを先延ばしにするのなら、利息を貰わねば割に合いません。いかほど貰えるので?」

「金はない。だが、魔石がある。どうだ? 魔石と交換してほしい」


 おかしな話もあったものだ。魔石を出すなら、最初からツケにしてくれと頼まねばいい。

 ガガタが少しばかり慌てて、横から口を出す。


「おい、あの魔石をやるのか? あれは一個で、悪魔大銀貨三十枚以上の価値があるぞ」

「いいんだ。ただし、ヘイズには、サービスでやってもらいたい仕事がある」


 何だ? 俺に何かをやらせたいんだ?

「仕事と、言われますと?」


「実はこの研究施設の地下には大きな魔力が流れている。施設の主の言葉を借りれば、龍脈と呼ぶ」

龍脈ね。龍神と関係していそうな言葉だな。


「大層な名前ですから、かなり大きな魔力の流れなのでしょうね?」


「そうだ。その龍脈を操る装置がここの研究施設にはある。装置の使いかたはわかった。だが、装置のある部屋に行く前室をベヒーモスが守っている」


「まさか、ベヒーモスをイフリータで排除せよ、と御命じですか?」


「そうだ。ベヒーモスは強い。我らには四百名の精鋭がいる。だが、ベヒーモス相手では全滅もあり得る」


 あるね、全滅。ベヒーモスはずっと召喚状態では置けない。召喚状態を保つなら魔力の絶え間ない補給が必要だ。


 つまり、ベヒーモスは龍脈から魔力の供給を受けている。魔力が切れがない以上、ベヒーモスは全力で、いつまでも戦える。


 普通なら、戦いたくない相手だ。

 いくら召喚水晶があっても、勝てる確率は、せいぜい一割以下だ。


 勝ったとする。召喚水晶の費用を引いて、残る報酬が悪魔大銀貨十枚では合わない。

 ヘイズがうんと答えないとベルトランドは困った顔で頼む。


「やってくれ。ここの施設で龍脈の流れを変えれば、スンニドロの中心部にある世界樹に魔力を供給できる。世界樹が復活すれば、スンニドロ奪還が可能なんだ」


 マリアも森を守る結果が消えていると教えてくれたな。結界が復活すれば人間の森への侵入を阻める。


 だが、スンニドロは一度は陥落している。

 また、同じ方法で結界が破られはしないだろうか。


「奪還したはいいですが、またすぐに奪い返される危険性があるのではないですか?」

「危険性はある。だが、スンニドロを奪い返せば意義は大きい」


 なるほど、まんざら無計画に抵抗活動を続ける気はないのか。

「弱りましたな」と返事を濁す。


「わかった。ならば、こうしよう。ベヒーモスを退けてくれたら魔石を一つ。スンニドロが奪還できたら、森の樹を一万本、やろう。伐って持って行くといい」


「アローラの森はベルトランド様の物ではないでしょう。いくらスンニドロを取り返した英雄でも、勝手に森の樹の売却は許されませんよ」


「別に問題はないさ。俺はスンニドロだけで満足するつもりはない。俺はポンズ地方を平定する。次は、人間の世界に討って出る。俺は大きな国を創る」


 来たよ。夢想家の世迷い言が。大言壮語するだけなら誰でもできる。

 だが、ヘイズは、ここでベルトランドが持つ剣が気になった。


 もしや、あれは魔剣か聖剣のオリジナルって状況は、ないだろうか?


「話が大きくなりすぎて、従いていけません。ですが、ちょっと、気になることがあります。壁に掛かっている剣を見せてもらえませんか」


 ガガタの表情が険しくなる。だが、すぐに元に戻った。

 ヘイズはガガタの表情の変化を見逃さなかった。


 ベルトランドは笑顔で壁から剣を外して渡してくれた。

「見るだけならタダだ。どうぞ、見ていってくれ」


 柄を握っただけで力を奪われそうになった。

 この剣は普通じゃない。注意しながら、少しだけ刀身を抜いてみる。刀身は美しい。


 だが、見ているだけなのに、震えそうになる大きな力が宿っていた。

 聖剣だ。聖剣のオリジナルはベルトランドが持っている。


 ヘイズはすぐに刀身を鞘に戻した。聖剣に触れてタダで済んだと思われたくない。

 肩ではあはあと息をする演技をした。


「出過ぎた真似をして、すいませんでした。剣はお返しします」


 ベルトランドは剣を機嫌よく受け取る。

 だが、ヘイズはベルトランドの空気が変わった流れを敏感に感じ取った。


 まずかったな。聖剣は並の魔物は掴む振る舞いさえ危険な品。

 俺はそれを少しとはいえ抜いた。ベルトランドには俺の実力を見抜かれたかもしれない。


 ベルトランドが剣を壁に掛けて訊いてくる。

「どうだ。それで、やってくれないか? ベヒーモスの排除を」

 

 ガガタが背後でそっと扉の前に移動する気配がした。

 こいつら、ここで拒否したら俺を斬る気か。


 ガガタ一人なら、どうにかなる。ベルトランドだけでも切り抜けられる。

 だが、二人を同時に相手にするには危険に思えた。


 横のマリアを見る。

 マリアは状況がよく見えていないのか平然としていた。


 こうなれば、やるしかないか。

「いいでしょう。召喚水晶を使って、ベヒーモスを排除しましょう」


 ベルトランドは機嫌よくヘイズの肩を叩いた。

「快諾してくれて本当に助かる。きちんとやり遂げたら、魔石と森の樹を一万本、渡す」

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