第二十七話 黒い飛竜
ヘイズから離れること二十m。
直径三十㎝の黒い金属の球体が時速三百㎞で落下してきた。
球体は地面から高さ四m地点で不自然に急停止して膨張する。
直径四mにまで膨らんだ球体は地面を転がりヘイズに向かってきた。
ヘイズは上空にさっと回避する。
球体はそのまま民家に衝突した。球体は壁を破って民家の中に入った。
ヘイズは魔力の矢の魔法を唱える。敵が姿を現すのを待った。
民家の天井を破って、黒い飛竜が現れた。
ヘイズは魔力の矢を放つ。矢は飛竜に命中した。だが、魔力の矢は弾かれる。
弱い魔力だと弾かれるのか。逆治癒は生体ではないから、効かない。
もっと魔力を込めれば魔力の矢でも破壊できる。だが、ガガタが見ている。
飛竜はヘイズを無視して、ガガタに上空から近づく。
西瓜くらいもある火の玉を連続で、ガガタに放った。
ガガタは大きな剣を振り回して、火の玉をいとも簡単に斬る。
ほう、あんなでかい武器を素早く振れるとは大した筋力だ。
だが、ガガタには空を飛ぶ飛竜に対して攻撃手段がないように思えた。
ヘイズは無駄とわかっていても、戦っている振りだけする。魔力の矢を放ち続けた。
ガガタの体が煌めき、湯気が立ち昇る。
体が一回り大きくなり、気合いと共に剣を振る。
剣から刀身を象ったエネルギー波が飛ぶ。
ガガタは仙気を使えるのか。
仙気とは神が人や魔物に与えた力。
才能に恵まれた存在が、良き師に恵まれ、厳しい修行の末に修得できる力だった。
ガガタのエネルギー波が飛竜を捉える。
飛竜の体に傷を付けることはできても、斬れない。
どうやら、仙気を飛ばす技は不慣れな様子。
今なら逃げる対応も取れる。だが、ヘイズは逃げない。
恩を売っておくか。仙気の使い手なら、下っ端ではないだろう。
ヘイズは高速で飛竜に飛びついた。
飛竜はヘイズを振り落とそうと暴れる。
ヘイズは暴れる飛竜の上で、魔力の鎖を詠唱する。
魔法が完成した。飛竜の首に魔法の鎖が巻き付いた。
鎖のもう一端を地面に向けて放った。魔法の鎖で飛竜が大地と繋がれた。
「縮め」と鎖に触れ、念じる。鎖が地面の中に吸い込まれていく。
飛竜は地面に引き寄せられるように、高度を落とした。
飛竜が地面に降り立つと、ガガタが走ってくる。ガガタは飛竜の胴を薙ぎ払う。
強い光を帯びた刀身が、飛竜を真っ二つにした。二つになった飛竜はまだ動いていた。
ガガタが二撃目、三撃目と入れると、動かなくなった。
動かなくなった飛竜を観察する。飛竜の中は複雑な機械仕掛けになっていた。
魔法で動く人形のゴーレムとは違う。魔法で動く機械のオート・モンスターとも違う。
こいつは、もっと複雑な構造だ。
ヘイズは咄嗟に危険を感じた。すぐに上空に退避する。
ガガタも走って飛竜から離れた。飛竜の体を中心に半径六mの空間が真黒になる。
闇はすぐに去った。闇が消えると地面ごと、すっぽりなくなっていた。
自爆しやがった。あの黒い空間は危険だ。巻き込まれたら存在を消されかねない。
これが、人間の造った兵器だとしたら、厄介だな。
飛竜クラスの兵器が量産されると、普通の魔物では太刀打ちができない。
ガガタが剣をしまって穴を覗き込む。
ヘイズはガガタの近くに行って確認する。
「これが、ポンズ地方で人間が使う兵器なんですか?」
ガガタは険しい顔で教えてくれた。
「人間が戦場に投入してきた兵器は量産型のオート・マンだ。飛竜ほど固くなく、火も吐かない。自爆もしない。それに、オート・マンの近くには指揮をする人間が必ずいる」
人間にはオート・マンを量産して戦場に投入できる魔道技師がいるのか。
オート・マンは簡単に造れる魔道兵器ではない。
オート・マンの量産とは厄介な能力をもった敵がいるものだ。
だが、人間の手による魔道兵器ではないとすると、こいつは、どこから来たんだ?
ガガタは何かを見定める顔でヘイズに向き直る。
「それにしても、敵の背に飛び乗るとは勇敢なインプだな」
おっと、これは隠している俺の実力を疑っているね。
ヘイズはいともに簡単にできた行動を、さも難しかったように語る。
「いやあ、このままではガガタ殿がやられるのではと、無我夢中でした」
「飛びついた後の魔力の鎖も見事であった。某の飛刀の気を受けて落ちない飛竜を地面に引き摺り下ろすのだからな」
「たまたま効いたのでしょう。飛竜が油断したのかもしれません」
ガガタは、じろりとヘイズを見る。
「そうだな。油断は命取りだな」
ヘイズはガガタの視線を気にしない。
「とりあえず、場所を替えませんか?」
「いいだろう。使用人を連れて来い。俺が隠し砦まで案内する」
ヘイズはペペの村を出て、マリアと合流した。
「ペペの村は、村人が姿を消していた。近くに魔神勢力の隠し砦があるから、合流する」
「村人の行方が気になりますが、人間に遭ったら危険です。すぐに移動しましょう」
マリアを連れてガガタの元に行く。
三人で森の中を歩いて行く。先頭を歩くガガタに質問する。
「戦況予報局の情報ぐらいしか知りませんが、現状はどうなんですか?」
ガガタは、さも大したことないと言わんばかりに、言ってのける。
「悪いとしか言いようがない。もう、主力部隊は壊滅してちりぢりになった。おそらく、ポンズの地にいる最も大きな勢力が我らだろう」
「数にして何名ですか?」
「リーダーのベルトランドに付き従うは四百名だ。対する人間は二万人近い」
各地に散っている勢力を合わせても、四千いけばいいほう。戦力差が五倍、か。
これは勝ち目がない。ここまで悪いと、戦況予報局も嘘を書くわけにはいかんか。
マリアが暗い顔でガガタに質問する。
「援軍は来ないのですか?」
「ボルカニア地方のオーク、タダンテ地方の獣人連合、ソユースのフラウたちに、要請は送っている。だが、送られてくる様子はない」
援軍はなし、か。これでは、先行きは暗いな。
マリアは不安な顔で尋ねる。
「人間たちの動きは、どうなんですか?」
「人間は帝国が周辺国家を纏めてヂリア王国に増派を決めた。人間の軍はこれで五万にも六万にも膨れ上がるだろう」
ここまで力の差が開けば逃げるしかない、と普通は考える。
「絶望的な戦力差ですね。皆さんはどこかに逃げるおつもりですか?」
ガガタは決意の籠もった顔で断固とした口調で語る。
「他の奴らは、知らない。だが、俺は、リーダーのベルトランドと共に戦う」
リーダーに従いていっても、良い結末にならない。
「従いていくと、何か良い展開があるのですか?」
「成功すれば、ベルトランドが作る新しい世界が見える。失敗しても死ぬだけだ」
ヘイズは何となくガガタを理解した。ガガタは持たざる者だ。
引き継ぐ土地もなければ、家族も持たない。
ゆえに一発逆転を目指して夢物語に付き合っている。
ガガタの考えには賛同できない。だが、興味を示した振りをして訊いておく。
「新しい世界ね。ベルトランド殿はどんな世界を作ろうとしているのですか?」
「実力ある者だけが優遇される不平等な世の中だ。ベルトランドの目指す世界では、たとえ人間といえど、力さえあれば上に行ける」
「そんな国を魔神は許しますかね?」
「誰の許しも必要としない。必要とあれば神や魔神すら敵に回す。ベルトランドはそういう男だ」
幼稚で馬鹿げている。そんな世の中など到来はしない。
やって来たとしても一時の現象だ。すぐに、他の国家と同じ道を辿る。
ベルトランドに妻子ができれば、親類を重用する。
国が大きくなり、忠臣ができれば、国家安定のために家柄を重視する。
いつまでも戦乱の混乱期のまま国家は大きくなれない。
ベルトランドには魅力はあるのかもしれない。だが、単なる夢想家だ。
夢を見ているに過ぎない。夢を見るのは自由だが、付き合う義理はないな。
ヘイズはポンズの地に残された魔神勢力に幻滅を感じていた。




