第二十五話 下準備
滅多に顔を出さない刃物屋に行く。
刃物屋の店先には特売品として聖剣も魔剣も売っていた。
大安売りって感じが出ているな。パイロンの店より有り難味がない。
店先で商品の手入れをしていた狼男の職人に尋ねる。
「聖剣や魔剣の斬れ味は、どうなんだ?」
職人はヘイズに買う気がないと見抜いていた。職人は目も合わせずに答える。
「斬れるよ。物はピンからキリだけど、ウチが研いでいるからね」
「オリジナルって、どこに行けば手に入るんだ?」
職人が剣の刀身を確認しながら答える。
「あっても素人にはわかりゃしないよ。それに、オリジナルなんてあっても、使い魔の収入じゃ買えないね」
「工房に行ったら製法や見分け方がわかるかな?」
「もし、オリジナルとなった魔剣なり聖剣を鍛える技術があったとするよ。あったら、厳重に管理して、誰にも教えないね」
刃物屋にお客が来た。職人はヘイズとの会話を打ち切った。
銀行に行く。銀行は二階建て地下一階の石造りの建物だった。
広さは五百㎡と小さい。銀行は混んでおらず、空いていた。
貸金庫室へと続く金属の引き戸を使い、魔証で開ける。
地下に下りて行き、借りている金庫を探す。
金庫は壁に嵌まっている一辺が三十㎝の箱型だった。
箱の取っ手を握ると、魔法で静脈認証がなされ、扉が開く。
中には今まで手に入れてきた重要な品々が入っていた。
ヘイズは宝珠を布に包んで入れ扉を閉めた。
銀行を出る前に悪魔大銀貨二枚を下ろしておく。
銀行を出てアンジェ魔道具店に行く。
「召喚水晶作成用の魔水晶と送還用魔法陣を描く布を五枚売ってくれ。あと、生き血のインクもだ。ポンズ地方の魔法の地図もあれば欲しい」
アンジェは商品の入った箱をカウンターに置く。
「全部で悪魔銀貨百八十枚よ」
悪魔大銀貨を払って、お釣りの悪魔銀貨を貰う。
大きな麻の袋に、商品を入れてもらう。
「これからポンズ地方に行くんだが、何か情報があるか?」
アンジェが興味を示して尋ねる。
「あら、ヘイズも行くの?」
本来なら誰も行きたがらないポンズ地方に行く奴がいるのか。
「も、って何だよ? も、って。気になるな」
「私の顧客の中でも上客がポンズに行くのよ。ヘイズで六人目ね」
渡航禁止威地域なのに、俺で六人目か。結構、多いな。
「上客にポンズに行く理由を聞いたかい? 何て答えたか興味がある」
アンジェが指折り数える。
「仕事、冒険、金儲け、大儀、闘争、だって。ちなみにヘイズの目的は何?」
「俺は自分探しだな。俺は人生の目的を探すために行く」
アンジェは微笑む。
「変わっているわね。自分探しならもっと安全な場所でしたら? 案外と近くに落ちているかもしれないわよ。自分の生き方なんて」
「そうかもしれないな。安全な場所にあるかもしれない。だが、安全で、簡単に、すぐ、手に入る生き方ならきっと大して価値はない」
「そんなことはないと思うけど」
「俺には俺の道がある。そんなところだよ。なら、ちょっくら行ってくるよ」
「行ってらっしゃい。ちゃんと帰ってくる未来を期待しているわ」
マリアとの合流地点に行くと、マリアも大きな布袋を持って待っていた。
「ショッピング・モールで食事をしたら食料品を買って帰るぞ」
「はい、ヘイズ様」
荷物は多くなったが、二人で持てないほど大量ではなかった。
ショッピング・モールに設置されている魔法陣を使って家に帰る。
ヘイズは家の地下に行き、魔力が空の召喚水晶に魔力を込める作業をする。
召喚水晶はヘイズの力をもってしても、使えるようになるまで丸三日を使う。
途中でマリアが作ってくれた料理を食べて休憩を挟んで作る。
召喚水晶を作り終えると、送還用の魔法陣の作成に掛かる。
魔法陣を描く布は特別な綿を使う。インクには生き血を使ったインク使用する。
布に描いた魔法陣に魔力を込めて完成させて戸棚に置いておく。
よし、これで準備は完成だ。
紅玉を準備してサンドラを召喚する。サンドラはすぐにやってきた。
ヘイズは紅玉をサンドラに差し出した。
「まずは前回の戦いの礼だ。受け取ってくれ。オークと人間の命の結晶だ」
サンドラは上機嫌で紅玉を飲み込む。
「私たちの努力の賜物ね。美味しいわ。それで次は誰を殺すの?」
「次はポンズに渡る。ポンズは人間が制圧した地域だが、情勢が変わる兆しがある」
サンドラは目をきらきらと輝かせる。
「それって大勢の人間が死んで命が失われるって意味? どうしよう、また美しくなっちゃう」
サンドラは能天気でいいな。羨ましいくらいだ。
「ポンズの地では龍神を復活させようって動きがある」
サンドラの態度は実に楽しそうだった。
「いいわね。面白そう。龍神を巡って、多くの血が流れるのね」
「ポンズの地には英雄が大勢やって来る。激戦が予想される」
サンドラは軽く言ってのけた。
「大丈夫わよ。ヘイズなら何とかなるって。今までだって何とかしてきたでしょう」
簡単に言ってくれるぜ。
「まあな、ハイリスク、ハイリターンは望むところだ」
「いいわ。何かあったら呼びなさい。加勢するわ。強い奴がいるっていったって、どうせ、私よりは弱いわ」
羨ましいね、この自信。実力に裏打ちされたものでもあるんだろうけど。
「わかった、なら、ポンズの地でも上手くやろう。俺に力を、サンドラに美を」
サンドラは帰っていった。
ポンズ行きの準備が整ったので、夕食の時にマリアに告げる。
「明日の朝にポンズに旅立つ。マリアも従いてこい」
マリアが不安な顔をする。
「わかりました。お供させていただきます」
表情が硬いな。無理もない。危険な場所だからな。
「ポンズは初めてか?」
「いいえ、私はポンズ地方のメローナ村の生まれです」
ポンズ生まれなのか。なら、嫌な思い出もあるだろう。
「行けば両親に遭うかもしれんな」
マリアは下を向き、暗い表情で語る。
「遭うかも知れません。でも、両親は魔法の使えない私を捨てました」
俺にも経験があるから、わかる。辛いよな。親に裏切られるって。
でも、俺は安い同情はしない。
過去は経験として受け入れても、囚われるものではない。
「恨んでいるのか両親を?」
マリアは痛々しい顔で首を横に振った。
「恨んではいません。ポンズは人間との勢力争いが厳しい土地。力のないダーク・エルフは、生きてはいけません」
言葉の上では恨んではないだろう。だが、マリアが常に本音を語ると限らない。
本音で語らなければならないとも思わない。心に壁がない関係は有り得ない。
「何があっても心を乱すなとは命令しない。俺に服従しろとも要求しない。ポンズの地ではマリアがやりたいようにやれ」
マリアが寂し気な顔で、無理に微笑む。
「やりたいようにやれとは、難しい内容をご命じになるんですね」
「簡単な仕事しかできない使用人を俺は必要としない」
「わかりました。捨てられないように努力します」
翌日、準備を整えたヘイズは家の地下の魔法陣を書き換える。
マリアに背負い袋を背負わせて、中に召喚水晶を入れて持たせた。
渡航禁止地域へは、並の腕の魔術師では移動できない。
理由は魔神側の勢力の増援が来ないように対策を講じているためだ。
だが、ヘイズは小さな魔法陣の助け一つで渡れた。
いざ、行かん、龍神が眠る危険な地であるポンズへ。




