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第二十四話 宝珠の価値

 マリアと別れた後、ヘイズは空を飛び一軒のカフェに入る。

 カフェの奥側の席には痩せこけたミイラのような男の悪魔がいた。


 悪魔に頭髪はなく、髭もない。ただ、双眸には黒い闇が宿っていた。

 服装は茶のトーガを纏い、木のサンダルを履いている。


 悪魔の名はダックス。知る人ぞ知る情報屋だった。

 ダックスと丸テーブルを挟み、向かいの席に座る。


 猫の獣人のウェイトレスが注文を取りに来た。林檎の発泡酒を頼む。

 ダックスはヘイズが向かいの席に着いても何も喋らず、身じろぎもしない。


 本当に死体のようにすら見える。

 ヘイズも無理に話し掛けない。テーブルの上にあった最新版の戦況予報を手に取る。


 ポンズ地方は▲印の危険から×印の渡航禁止になっていた。

 人間に制圧されたな、ポンズ地方は。


 人間側はレプラコーンと呼ばれる妖精族を仲間に引き入れていた。対して、魔神側はダーク・エルフがケンタウロス族とスワン・レイスと同盟を組み、戦っていた。


 戦況予報局が渡航を禁止しても魔法で移動できる。

 ただ、使い魔の契約書が発行されない。


 なので、待っていても召喚される可能性は限りなくゼロだった。

 これは直接、現地に飛んで策を巡らすしかないな。


 林檎の発泡酒が運ばれ、テーブルの上に置かれる。

 ウェイトレスが去ると、ダックスの双眸から一気に闇が溢れ出す。


 闇はヘイズとダックスを包んだ。

 暗闇の中でヘイズとダックスの姿だけが仄かに輝く。


 ここで初めて笑顔を浮かべてダックスが口を開いた。

「随分と景気が良いんだってな。ボルカニアでは上手くやったんだって?」


「まあまあだよ。ボルカニアはオークの手に落ちた。だが、隣がポンズじゃ、どうなるかわからん。ボルカニアも人間の手に落ちるかもしれん」


「一般的に見れば、ヘイズの読みは当たっている。人間はポンズをしっかり固めてから、他の地域にも進出してくる。人間はボルカニア、タダンテ、ソユースの三地方を手に入れるつもりだ」


 人間はボルカニア地方の他に隣接する、あと二つの地方も狙っているのか。

 三つを取るつもりなら、ヂリア王国だけでは不可能だ。人間は連合軍を準備している。


 人間の連合軍がいるならポンズ地方に入り、魔物の側について戦う決断は無謀に思えた。

「確認だが、ポンズ地方で人間が崩れる見通しはないんだな?」


 ダックスは少しだけ身を乗り出して、にやりと微笑む。

「ない――と普通の情報屋なら、答えただろう。だが、俺の見方は違う。ポンズ地方では最近、黒の龍人たちの活動が活発だ」


 龍たちは二つの勢力に分かれ、魔神と人間にそれぞれ味方していた。

 龍の血を引く人間に似た種族の龍人もまた、魔神と人間の陣営に分かれていた。


 人間に味方する勢力を『白の龍人』、魔神に味方する勢力を『黒の龍人』と便宜的に呼んでいた。

 魔神勢力に味方する龍人の動きね、いったい何を画策しているんだ。


「詳しい情報はないのか?」

 ダックスは胸を張って自慢する。


「おいおい、俺を誰だと思っているんだ? 俺はそんじょそこらの情報屋と違う」

「もったいを付けるなよ。それで、何を握っているんだ?」


「龍人たちは神々の時代、神をも恐れさせた龍の神。龍神を蘇らせようとしている」

 龍神を蘇らせようとしているなんて話は、普通なら信じられない。


 だが、ベルワランダが「人も魔物も大勢、死ぬ」と予言していた。

 龍神が復活するのなら、あり得る話だ。


 ダックスの情報とベルワランダの予言は合致する。死がポンズ地方を覆う。

 ダックスが邪悪な笑みを浮かべる。


「きっと、また大勢の魂が冥府に送られてくるぜ。俺はそいつが楽しみだ」

「あんたの楽しみはどうでもいいよ。他に面白い情報はないのか」


 ダックスは力強い顔で断言した。


「ある。聖剣と魔剣だ。龍神を復活させるには聖剣か魔剣、どちらかが要る。戦争に深く絡みたいのなら、どちらかを手に入れるんだな」


「片方でも手に入れば大金持ち。二本とも手に入れば大富豪か」

 ヘイズは魔法を唱えて使い魔証を出し、テーブルの上に置いた。


「使い魔証の中身を、問題ないように書き換えてくれ」

「何だ? 依頼人を喰っちまったのか? 悪い使い魔だぜ」


「偽の契約書を見抜けない奴が間抜けなのさ」

 ヘイズは財布から悪魔銀貨十枚を取り出し、テーブルに置く。


 ダックスがヘイズの使い魔証の上に手を置いて呪文を唱える。

「よし、これで問題ない。お前は優等生で、ちょっとばかりついていない使い魔だ」


「騙し、騙され、が俺たちの世界だ。俺だって、いつ主に喰われるかもしれん」


 ダックスが含み笑いを漏らして激励する。


「ヘイズが食われる事態はないと思うがな。さらなる活躍を期待しているぜ。お前は見ていて楽しい。冥府に来るのは、もっと後でいいぜ」


 闇が消える。ダックスは何事もなかったかのように動かないミイラに戻った。

 テーブルの上に載せた悪魔銀貨だけが消えていた。


 ヘイズは使い魔証を魔法でしまい、林檎の発泡酒を口にする。

 カフェを後にすると、パイロン骨董品まで飛んで行く。


 パイロン骨董品店に入ろうとすると、扉が開く。

 龍の顔を持ち、灰色の鱗が付いた体を持つ龍人が出てくる。


 龍人の客か。灰色の鱗とは珍しい。

 店に入って、カウンターの向こう側にいるパイロンに尋ねる。


「龍人のお客って珍しいな。何を売っていったんだ?」

 パイロンが青年の顔で答える。


「そんな、お客は知りませんよ」

 顧客の個人情報は、常連相手といえど漏らさないか。


 パイロンらしいと言えばパイロンらしい。

 商売人には商売人の道徳がある。


「そうか、なら俺の見間違いだな。忘れてくれ。今日はちょっとこいつを見てくれ」

 ヘイズは鞄から宝珠を取り出し、カウンターに置く。


「ボルカニア地方で手に入れた。人間が持っていたお宝だ。いくらになる?」


 パイロンの正面の顔が老人の顔に替わる。

 宝珠を手に取り魔法を唱える。渋い顔をして机の上に宝珠を置く。


 表情が悪いな。高額査定は望めないのか。でも、悪魔銀貨千枚以下はないだろう。

 パイロンがカウンターの下から一冊のバインダーを取り出した。


 バインダーは表題に懸賞魔道具一覧とあった。

 懸賞魔道具は知っている。魔神や上層部が探している魔道具だ。


 見つければ、かなり高額で買い取ってもらえる。

 懸賞魔道具を手に入れたのなら本来なら美味い話だ。


 だが、なぜ、パイロンの表情が渋いんだ。

 ヘイズはパイロンの表情が気になっていた。


 パイロンはバインダーを、ぱらぱらと最後まで確認する。

 確認が終わると、もう一冊のバインダーを出してきて、ぱらぱらと捲る。


 パイロンの手が止まった。表情を曇らせて呟く。

「やはりだ。やはり、そうだ」


「何だよ? 気になるだろう。思わせぶりな態度は止めてくれ。わかるように教えてくれ」

「こいつは懸賞魔道具だよ。人間側のな。ただし、魔神側では懸賞魔道具に指定されていない」


 パイロンが渋い顔をした理由がわかった。

 宝珠は人間に売るのと魔神に売るのとでは価格が二十倍は違う。


 高額の買い取りを求めるなら、人間と取り引きしなければならない。

 パイロンぐらいになれば人間との伝手(つて)もある。売るとすれば買い手を見つけられる。


 だが、人間側が探している懸賞魔道具を人間に流せば問題になる。

 役人に知られれば捕まる。だが、普通に市場に流せば買い取り価格は低い。


「ちなみに、普通に売ったらいくらだ?」

「悪魔銀貨にして二千枚が良いところだ」


「一応、訊く。人間側の価格を参考価格として教えてくれ」

「人間なら、悪魔銀貨換算にして五万枚で懸賞金が掛けられている」


 価格差が二十五倍か。人間に売りつけられれば大金持ち。

 だが、失敗すれば捕まった上に品物は没収か。どうりでパイロンの表情が渋いわけだ。


「仲介に入ってくれた奴に悪魔銀貨一万枚。パイロンに悪魔銀貨二万枚。俺が悪魔銀貨二万枚。計算しても、儲けは市場に流す十倍か」


 パイロンが顔を歪めて拒絶する。

「おいおい、止めてくれよ。俺を巻き込まないでくれ。リスクがでかすぎる」


「わかった。とりあえず、宝珠は銀行の貸金庫にでも預けておくか」


 パイロンが厄介事から逃れられたおかげか、ほっとした顔をする。

「そうしてくれ。俺もあまり店には置きたくはない」


 ヘイズは宝珠を鞄にしまった。

「あと、聞きたい情報がある。聖剣か魔剣について知りたい」


 パイロンはげんなりした顔をする。

 カウンターの下から剣の束を取り出す。


「こいつが聖剣」


 パイロンがもう一束、剣の束を取り出す。

「こいつが魔剣だ」


 何か賞味期限切れの安売りの野菜みたいだな。

「随分と扱いが悪いな。それに、こんなにあるのか?」


 パイロンがうんざり顔で教えてくれた。

「倉庫に行けば二十束以上あるぞ。一束が十振りだから二百振り以上だ」


「有り難味がないね。もっと少ないものだと思ったよ」

「今は戦争中だからな。量産乱造されているのさ、聖剣も魔剣もね」


「俺の探している剣は龍神を蘇らせる剣なんだ」


 パイロンが顔の前でぱたぱたと手を振る。

「龍神なんて、いない、いない」


「俺も怪しい話だと思った。だが、ダックスがいるって太鼓判を押すから、怪しいんだ」


「俺は信じないね。でも、ヘイズが欲しい聖剣なり魔剣なりがあるとすれば、量産品の元になった、オリジナルだな」


 原型があるから量産できる、か。あり得る考え方だな。

「オリジナルかどうか、なんて、どうやったらわかるんだ?」


 パイロンは当然顔で素っ気なく答える。

「値段だろう。きっと、オリジナルがあったらべら棒に高いはずだ」


「値段の他に何かないのか? 見極める方法」


「わからんね。本物を見た経験がないからな。でも、龍神を甦らそうって奴がいるんだ。なら、そいつは見分ける方法を知っているんだろう」


 なるほど先ほどの客がそうか。灰色の龍人は、見分け方を知っている。

 だから、骨董品や武器屋を回って探しているんだな。


 だとすれば、現地に行って龍人サイドに入ればわかるな。

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